7話
みんなと談笑しながらの夕食は本当に楽しかった。ただし若干奏季さんが酔っているのか何なのかはわからないけど、やや絡み気味で隣に座っている志信が被害を受けて若干迷惑そうな顔をしていた。
「なーなー志信ってモテるだろー。そういう顔してるもんなー。や、俺には負けるけど!」
「モテないです。そうですね、大負けです。」
「なーんて流してるけど、奏季くんの言うとおり、清田先輩ってすっごくモテるんだよ。ですよね、香住先輩!」
奏季さんの言葉に雑に返した志信を苦笑いで見ていると、夏南ちゃんに話題を振られ、一斉にみんなの視線がこちらに集められる。
突然のことに飲んでいた緑茶を吹き出す、なんて古典的な驚き方はしなかったけれども、それなりに驚いた。
「そうだね、志信は確かにモテるよね。のわりに彼女いないね。」
志信の形の良い柳眉がぴくり、と動いた。どうやら今の発言は地雷だったらしい。
「や、今はね、今は!ちょっと前まではわりといたもんね。」
だんだんと志信の表情が消えて行く。
フォローを入れたつもりが、それどころか地雷第二弾を踏んでしまったらしい。元カノネタはアウトということか。
今の私は蛇に睨まれた蛙状態です。冷汗だらだら。
「まーまー、そう怒りなさんな。」
一方的な冷戦状態の中を切ってきたのは志信を宥める軽い口調の奏季さんだった。
ことの発端は貴方です、と言えない私は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
微妙な表情をした私をよそに、再び奏季さんは志信に絡んでいく。さっきのネタを中心に話をしているようで、志信から恨みがましい目を向けられるも慌てて逸らしてしまう。それが余計に志信の眉間の皺を増やしてしまうということを、目を逸らしたままの私が気付くはずもないのだけど。
とにかく、しばらくこの話題には触れないでおこうと私は思った。
「お腹いっぱい、ご馳走様でした。では翔華様、お先に退席させていただきますね。」
「はいはーい。」
いつの間にか志信をいじる側に加担していた今村さんがひらひらと手を振った。
今村さんの許可も得て立ち上がろうとした夏南ちゃんは、ふとその動作を止め、こちらを見た。
「香住先輩も食べ終わったんですよね?」
「う、うん。」
殻になった茶碗と湯呑を見て、夏南ちゃんはそう尋ねてくる。
「この後一時帰宅ですよね?準備に時間かかるでしょうし、先に退席して帰宅しちゃったらどうです?」
正直、その申し出はありがたかった。
食べ終わったものの、居心地が悪いとまではいかないにしろ、いまいち話題についていけずにいた私としては、夏南ちゃんのお誘いはとても魅力的に感じた。
もしかしたら、自分が気付かないだけで気持ちそわそわしていたところを察してくれたのかもしれない。
本当のところはよくわからないけれども、頷かないわけがない。
「じゃ、じゃあ、私も失礼させてもらおうかな。」
今まで私と夏南ちゃんのやりとりを見ていた今村さんが、わかったとばかりに頷いた。
「そうだね。何かと要り用のものが多いから準備に時間がかかるものだし。うん、香住達は先に帰っちゃいな。」
ご理解いただいてるようで何よりです。でもよくよく考えてみると、一時帰宅に付き合わされることを之人君は知ってるのだろうか。さっきの様子からして知らないような気がする。
そんな私の疑問を解消するかのように、今村さんは言った。
「之人なら多分自分の部屋にいると思うから、声かけてみて。断らないと思うけど、もしダメだったら奏季君たちと一緒に行ってくれる?」
「わかった。」
「ちなみに之人の部屋は、清田の向かいだから。」
「うん。」
さきほど夏南ちゃんに案内されたときに、志信の部屋も一緒にまわったからわかる。あそこか、という見当はついている。
このままここにいると本当に退出する機会を失いそうなので、もう一度退出すると伝えると、今村さんからじゃあね、と返事がきた。ので、今度こそ部屋を出ることが叶った。
薄暗い廊下を歩いていると、隣りにいた夏南ちゃんがぽつりと言葉をもらした。
「疲れましたよね?」
びくりと私よりも小柄な彼女の方を見ると、申し訳なさそうな表情をしていた。
「香住先輩って、ああいう大人数でわいわいしてるのって、苦手なんじゃありません?」
ずばり、図星である。
あまりにも的を射過ぎていて、何と返せばいいかと迷っていると、夏南ちゃんは慌てて言った。
「あ、責めてるんじゃないんです!言い方が悪かったですよね、すみません。」
逆に謝られてしまった。
「ううん、私こそごめんね。空気悪くしちゃったよね。」
「いえ、そんなことないです!ただ、こちらではああいう風にみんなで食べることが多いのですし、慣れていただけると嬉しいです。もちろん難しければ自室でゆっくり食べることもできます。」
「うん。」
慣れる、のだろうか。慣れるほど、ここに滞在するのだろうか。
先のことはわからないのだから、その疑問は愚問だ。
「そういえば、さっきの奏季さんって人が志信の教育係になるんだね。」
「はい。ちょっと癖のある感じの人なんですけれど、面倒見も良いですし戦闘力で言えば当代において最強なんです。」
だから適任なんですよ、と彼女は続けた。
ちょっとどころではない癖がある感じだけれど、あの見た目に反して面倒見もよく戦闘力が高いらしい。見た目で判断しちゃいけない。それが今回わかった。
その後他愛無い会話をしていると、分かれ道に差し掛かった。左を行けば之人君や志信の部屋があり、右を行けば私が借りてる部屋がある。ちなみに夏南ちゃんは自宅からここに来ているらしく、必要に応じて客間に泊まっていると案内してもらったときに教えてもらった。本日はお泊りとのことで、私の隣の部屋だった。
「じゃあ、ここでお別れですねー」
もし何かあったら遠慮なく声をかけて下さい、と言った夏南ちゃんに頷くと、右の廊下の奥に消えて行った。
夏南ちゃんは本当に良い子だな、と思いながら左の廊下を静かに歩いて行く。
志信の向かいの部屋、つまり之人君の部屋の前まで来るとかすかに紙を擦る音が聞こえる。本でも読んでいたのだろうか。そう思いながらも右手で数度ノックをして名乗ると、ややあってからドアが開かれ、さっきと同じ格好の之人君が若干驚いたような顔で立っていた。




