5話
その後夏南ちゃんには、今村さんに言われたとおり屋敷を案内してもらった。
ただ、全部を見て回る時間は無かったから、日常生活に使用するところだけを重点的に教えてもらった。自室はもちろんのこと、お手洗いや洗面所とお風呂、稽古場になる道場、他のみんなの部屋や中庭。
「それにしても、さすが今村家。」
そろそろ食堂に向かった方が良いとのことで、夏南ちゃんに案内されながら私と志信は感想を言いあっていた。
「純日本家屋に、この広さ、期待を裏切らないね。」
「沢山の方がいらっしゃいますから、客間が多い分広く感じるんだと思います。」
なるほど。というか、普通のご家庭に客間はそんな数多く存在するもんじゃないからね、まずそこから驚きだからね。
かくいう私と志信も、当面は客間に寝泊まりすることになった。なったのだけれども、広い。こっそり数えてみたら、二十畳あった。しかも床の間もついてて、生花が飾ってあるという。ちなみに、ユキさんが生けているという。ユキさんって、お手伝いさんの鑑だと思います。何でもこなせる素敵なお姉さん。夏南ちゃんが羨ましい。
「ところで、香住先輩。清田先輩とはどんなご関係なんですか?今日、一緒に登校してたって聞きましたけど。」
この質問、久しぶりに聞いたから懐かしい。
入学したての頃は、私たちの関係を知らない同じクラスを始め他のクラスの女の子がよく聞きにきた。
もってもての幼馴染をもつ宿命のようなものだと理解してたから、ちゃんと答えてたけども。
そういうわけで、私たちは幼馴染で、家も近いから一緒に登校するということをご理解いただけたわけだから、こういった質問をする人は最近ではいなくなっていた。
(新入生の子は、上級生に聞きにくいだろうし。)
下級生、つまり今年入学してきた一年生の中でもやっぱり志信の人気は健在のようで、志信とすれ違った後にきゃっきゃしてるのを何度か見たことがある。
(つまり夏南ちゃんも志信のこと……?)
先輩、と呼ばれて、夏南ちゃんの方を見てみると、何だか困ったような顔をしていた。
「何か勘違いしてるみたいですけど、私、清田先輩のファンとかじゃないですから。ええ、まったく、これっぽっちも。」
「おい、篠田。本人を前にしてそこまで言うか、普通。」
「はい、言います!」
「お前な……。」
飄々と言ってのける夏南ちゃんに、脱力。今の志信はそんな感じだった。
女の子に対して、そういった態度を取るのは志信にしては珍しくて、正直驚いた。
「志信が女の子にそんな砕けた態度とるの珍しい。仲良しなんだね。」
「明らか、恋愛感情が無いからじゃないですかね?」
つまり、夏南ちゃんから、志信にベクトルがまるで向いていないという。
今まで志信の横で志信を私が見る限りでは、寄られた女の子には必要最低限で接して基本的に女の子には興味無いようなそぶりをする。
そんな志信にとって、同じ生徒会役員で、自分を恋愛対象として見ていないはずの夏南ちゃんは仲間意識が芽生えやすく、打ち解けることが出来たのだろう。
「あ、先輩の幼馴染さんに魅力がないっていうわけじゃないんですよ?ただ、私には別に好きな人がいるってだけで……。」
「そっそうなんだ。」
焦ったようにフォローをいれてくれた夏南ちゃん。でもその手の話題にどう反応したらいいかわからなくて、当たり障りない返事しかできなかった。
殆ど私と夏南ちゃんが話しながらだったけど、どうやら食堂に着いたらしく、夏南ちゃんが襖を開けてくれた。
(うわー。)
一言で言うと、長い。
おそらく三十から四十人は席に着くことができるであろう長方形の長いテーブルが中央に置かれている。
旅館の宴会会場を思い起こす。
(ここが、食堂?)
食堂というと、何となく学校や会社の食堂だったり、食堂屋さんのそれを思い浮かべる。というか、思い浮かべてた。大っきいテーブルが何個かあって、パイプ椅子が何脚も用意されている、あの食堂風景を。
ある意味、良い意味で期待を裏切られた。
この屋敷には、やはりこういう食事部屋であるべきだ。
「随分大きなテーブルだけど、まさか今からこんなに人が集まるのか?」
「いいえ。これが標準仕様なんです。この大きさで、数人でしか食べないってことに違和感を感じるようですけど、みんな徐々に慣れてくみたいです。」
それはつまり、慣れるほどにここを利用するくらいこのお屋敷に滞在するということなのか。
ホームシックにならないことを祈ろう。
さすがに襖の所で立ち話をするのも憚られてきたので、その部屋に入った。
「席は好きなところにどうぞ。」
「好きなところって……。」
「迷いますよね、やっぱり。まあ、みんな、早く来た人から奥の方に詰めて座ってきますよ、だいたい。」
始めからそう言ってくれれば良いのに。なんて思いながら、奥の方に詰めて座る。
私の前が、志信、そしてその隣が夏南ちゃんになった。
「早かったんだね。」
そう言って入ってきたのは、私服姿の之人君だった。赤いラインが入った黒のジャージなんだけど、身長もあるしおしゃれに着こなしている。
彼はにこにこと笑いながら、私の隣に腰を下ろした。
「私服だと印象変わるね。」
「え?あ、ああ、そうかな。ていうか、会話のキャッチボール出来てないよね。」
「そうかな。」
香住さんらしいな、と笑いながら言われた。
その笑い方は不愉快にさせるものではなく、どちらかと言えば好ましいものだった。
「あー、集まってる、集まってる。」
がらり、と襖を開けて入ってきたのは、之人君と同様に私服姿になった今村さんだった。黒いインナーに白いニットのカーデ、しかもミニスカ。耳には水色のピアス?イヤリング?きれい系なお姉さんってかんじの格好。
それなのに、手に持っているのは刀。
一見ちぐはぐな組み合わせだけど、今村さんはなぜかかっこよく見える。
今村さん、之人君、二人の私服を見て思い出す。夏南ちゃんだ。
彼女はさっきの顔合わせの後、私達を案内してくれてたから着替える暇がなかった。そのため、今も制服である。
「夏南ちゃん、着替えたかったよね?」
何のことだろうと小首を少し傾げる仕草は、普通の女の子がやれば気取って見えるかもしれないが、彼女がやるから可愛らしく見える。
「今村さんたち着替えたみたいだけど、私達を案内してくれてたから着替えられなかったよね。ごめんなさい。」
そう言って謝ると、夏南ちゃんはにこっと笑って、良いんですよ、と言ってくれた。
うん、良い子だ。夏南ちゃんって、良い子だ。
「さて、そろそろご飯にしますか!」
今村さんがそう言って之人君の隣に腰を下ろした直後に、すらり、と襖が開けられたかと思うと、そこにはユキさんがいた。
お盆には沢山のお皿が乗っている。
「皆さん、お腹が空きましたでしょう。」
お盆に乗っていたお皿をどんどん並べて行く。それらは彩りや盛り付けの趣向がこらされている上に、栄養バランスも考えられているように見える品々だった。
ユキさんは一度空になったお盆と共に部屋を出たかと思うと、今度は汁椀とご飯茶碗の乗ったお盆を持ってきてそれぞれの前においてくれた。
「おかわりもあるので、遠慮なくおっしゃって下さいね。」
そして、ドアの付近に下がって行った。
「冷めないうちに食べようか。」
今村さんの言葉を合図に、夏南ちゃんや之人君がそれぞれのタイミングで箸をつけていく。
私と志信は顔を見合わせた後、各々いただきます、と言って料理に箸をつけた。
(うわあ!)
驚いた。お料理はどれもこれも予想以上の美味しさで、ふと昼に食べた今村さんのお重を思い出した。
そしていつもはこんなに食べないというのについつい食べ過ぎてしまった。来た初日にこんなに食べる客人、しかも女の子ってどうなんだろうと思い、夏南ちゃんと話しながら食べている今村さんを之人君越しにちらりと見てみると、同じくらいの量を食べていた。これは普通の量なんだと安心して夏南ちゃんを見て絶句した。
(あ、あれ?)
夏南ちゃんの前にあるお皿の料理の減りが異様に早い。もうそろそろなくなりそうだった。
「びっくりしただろ。」
私の考えていることがわかったのか、之人君が苦笑しながら若干ひそめた声で言う。
「あの子、小柄な割によく食べるんだよ。」
にも関わらず、ぽっちゃりさんじゃないなんて羨ましい限りです。
「人一倍頑張り屋だから、修行もハードだし、その分お腹が空くのかもね。」
なるほど。運動量が多い分、食欲旺盛で、摂取したものは体に脂肪としてつかない、そういうことなのか。
根っから文系気質の私には真似出来そうにもない。
「そういえば……」
口を開いたその時に、すぱん、と小気味良い音をたてて襖が開けられ、そこには一人の男の人が立っていた。