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3話

 

 あれから通常通りに授業が進んでいった。ただいつもと違うのは、空席だった左隣に今村之人君という転校生が座っているということ。彼の授業態度は良好で、こっそり携帯をいじる事なく黒板と手元のノートを視線が行き来している。ちらりと見えた彼の字は、男の子にしては綺麗というかむしろ達筆だった。書道でも習ってたのかなってぐらい。それを見た後に自分の字を見ると、正直落ち込む。

 そして授業終了の本鈴が鳴る。やっとお昼だ。教科書類をしまおうとした時、ふと影がさして、気になって見上げるとそこにはバッグを持った今村さんがいた。


「香住、一緒にご飯食べない?」


 彼女がそう言った瞬間、周りの人たちは相変わらず談笑をしながら、ちらちらと目線をこちらに向けるようになった。

 真逆の性格や見た目で、今まで接点のなかった私を今村さんが急に昼食に誘ったとあって、気になるのだろう。

 私も傍観する立場だったら、チラ見しちゃうかも。


「良いよ。」


 私の軽い口調での返答に、さらにあたりの声が多くなった。今村さん、気にならないのかな。


「あ、之人も来て。」

「俺はついでみたいだね。まあいいや、わかった。」


 之人君は苦笑しながらも了承し席を立った。

 今村さんの従兄弟であり、しかも美貌の転校生と一日とかからず噂となった彼も一緒するとなって、さらに視線の数が増えた。


「あの、志信も良い?」

「もちろん。いつも一緒に食べてたもんね。」


 今村さんの許可も得たことだし、明らかにこちらを遠目で見ていた志信のところに行き、今村さんたちも一緒に昼食を取る事を伝える。ちょっと不服そうな顔をしてるけど、強制事項だと悟ったのか、何も言わずにバッグを持った。


「んじゃ、付いて来て。」


 そう言って先頭を颯爽と歩く今村さんに、私達三人は付いて行った。ただ歩いてるだけなのに、今村さんはモデルさん並に綺麗でかっこいい。きっと、姿勢が良いからなんだろうな。

 なんて勝手に今村さんを分析している間にも、彼女はずんずん進んで行き、階段を上って扉を開ける、その先には青空が広がっていた。


「屋上で?」

「そ。」


 今村さんは中央に腰を下ろすと、早々に弁当箱を取り出した。それにならって、私達も腰を下ろし、各々昼食の用意を始めた。志信はコンビニで買ったパンやおにぎり、私と今村さんはお弁当。というか、今村さんはお重だった。高校生の昼食にお重って……。


「今村さんのお弁当って豪華だね。お母さんが作ってくれるの?」

「いや、作ってんのはお手伝いさん。いつもはもうちょっと少ないけど、今日は之人が転校してくるから特別。」


 お手伝いさんなんて言葉を事も無げに言いながら、割り箸を之人君に渡す。彼は小さく礼を言うと、それを受け取り、お重に手を伸ばした。


「二人も食べて。」


 そしてバッグからもう一膳割り箸を取り出し、志信にも渡した。本来なら二人で食べるように作られたお重なのに、私達が食べても良いものなのか。と思いつつも、お重を見てみると明らかに二人では食べ切れなさそうな量なので、在り難く少しつまませてもらった。とはいえ、私はお弁当があるから本当に少しだったけど、いただいた出汁巻き卵は美味しかった。


「で、今日のことなんだけど。」


 そう切り出した今村さんの雰囲気、口調は何となくいつもより堅く感じた。


「二人とも誰にも言ってないみたいだったから、このまま他言無用でよろしく。それと、二人ともには今村家に来てもらいたい。」

「今村さんちに?」


 私と志信は顔を見合わせる。

 現状維持は良い。というか、あんなこと人に言えるわけがない。冗談なんかじゃなくて、本気で言ってもどうせ笑われて終わるに決まってる。でも、なぜ今村さんの家に行く必要があるのか。まあ、警察に行って被害届を出せと言われても困るのだけど。


「あたし達はアレを(あやかし)と呼称するんだけど、その妖っていうのは“()”になるものしか襲わないの。」

「“エ”って何だ?」


 聞きなれない単語だと私は思っていたけど、志信もそうだったようで今村さんに問うた。


「えさ。」


 とても淡白な答えだった。


「妖は力を有する者を好み、捕食する。そして、その被捕食者は大抵今村に連なる力を持つものが多い。」


 その考えでいくと、さきほど襲われた私か志信のどちらか、あるいはどちらも今村家に連なる力を持つ存在、ということになる。朝の一件ではどうなのかわからなかったから、それを確認するって意味で来てもらいたい、んだと思う。多分。でもわかんない。


「今村はそういった者達を集めている。だから、あんたたちにはうちに来てもらう必要がある。」


 まあ、そうだろうな。私の読みは外れてはいなかったらしい。

 拒否権は、ない。今村さんの言葉にもそう含まれているのはわかってるし、その瞳が何より拒否するという選択肢を与えなくさせている。一人だったら正直嫌だったけど、何より志信がいる。私より遥かにしっかりしている彼と一緒なら大丈夫だ。


「わかった。どのみち、俺達はそう言うしかなかったんだろうしな。」


 今村さんは何も言わない。沈黙は肯定なり、というやつだろう。

 話がまとまったところで、楽しい昼食タイムの再開となったのは言うまでもない。


 その後、予鈴とともに屋上を後にした。本鈴がなって、授業が始まってもなかなか身が入らない。今村さんちに行って、何をするのだろう、何をされるのだろう。

 それでも板書だけは何とか頑張る。そうして約一時間の授業を終えた。うん、長く感じた。

 入れ替わりに担任の青沢先生がやってきた。


「はい、今日もお疲れ様。この後学級委員長の今村さんはちょっと残って下さい。あーあと、清田君も。では、おしまい。さようなら。」


 そういうと青沢先生は教室を後にした。

 今村さんと、志信は呼び出しを食らってる。待ってた方がいいよね?そう之人君に言おうとしたら、さっさと帰る準備をしていた。


「先に行ってて、だって。」

「え?でも……」


 会話する暇なんてなかった。


「何で、そう言いきれるの?」

「さっき翔華がこっち見て言ったんだ。」


 私は聞こえなかった。というより、先生が話してたから、大抵の人は黙ってたんだと思うのだけど。


「まさか、読唇術、みたいな?」

「そ。みたいな。」


 高校生でそんなことできちゃうんだ。


 そういう間にも、彼はちゃっかりとバッグを肩にかけていた。こうしてはいられない、ということで私も慌てて準備をする。といっても、さっきの授業の用意をバッグに入れるだけだったから、そう時間は要らなかった。


「じゃあ、行こうか。」


 促され、私は一つ頷くと彼の隣を歩いた。

 うん、わかっていたけど、正直たびたびの視線が痛い。彼は気付いていないのか、どこ吹く風という様子で世間話をしてる。なんか十人に一人の割合で女の子達がこっちを見てくる。そりゃそうだよね、こんなにかっこいい男の子と私みたいなのが一緒に歩いてるんだから。あ、さっきの子たち、後ろで「彼女持ちとか残念……」って言ってる。いやいやいや、彼女とかそういう関係じゃないから。だから頑張ってアタックすればいいと思うよ。


「ねえ、香住さん。さっきから心ここに有らず、って感じなんだけど、もしかして緊張してる?」


 その言葉にはっとする。彼にも分かるほどに、私は考えこんでいたらしい。


「ごめん、ちょっとぼーっとしてた。」

「ふーん。あのさ君、ぬけてるって言われない?」

「えっ失礼。言われないよ。」

「……そう。」


 なんだかその間が気になるんだけど。


 そしてその後、世間話に戻る。好きな教科や苦手な教科、動物では何が好きか、どんな食べ物が好きで逆に嫌いなものは何か。本当に、ごく普通の会話だ。クラスメイトと下校する、ありふれた風景。


「ねえ、之人君って人見知りしないタイプ?」

「何でそう思ったの。」

「だって、会って初日の私と、普通に会話しながら下校してるんだもん。」


 そう言うと、彼は小さく笑った。何がおかしかったんだろう、人の沸点ってわからない。


「するかしないかで言えば、まあ、する方かな。」

「ふうん、そうなんだ。」


 お昼にみんなで食べながら秘密を共有したのが功を奏したのかもしれない。

 ちなみに私も、どっちかといえば人見知りするタイプです。一緒だね。


 そうこうしているうちに、住宅を抜け、どっかの森の中に入り、森の中にしては小奇麗な道を歩き始めた。五、六分歩くと突然開け、そこには高い木塀、大きな門、その奥にさらに大きなお屋敷が見えた。


「ここが、今村さんちなんだ……。」


 ここらで今村の名を知らない者はいないくらいに権力を持つお家で、私有地もかなりのものだってのは理していた。

 していたけど、予想外に大きい。というか、規格外だ。この町に、こんな大きな家、もといお屋敷があるだなんて知らなかった。


「さてと、じゃあ、行こうか。」


 之人君に導かれるままに、私はその門を潜った。


 立派な庭園を横目に、スタスタと先を歩く之人君の後を付いていく。

 古風なお庭で、まさにお屋敷使用ですという感じ。池には橋が架かっていた。もしかしなくても、鯉とか泳いでたり……?

 やがて向こうに、玄関の前に立つ一人の女性の姿見えた。


「ただいま、ユキさん。」


 年の頃はおそらく二十代後半で、身に纏う薄緑の着物がよく似合っている。だからなのか、楚々としている印象を強く受けた。


「おかえりなさい、翔華様からお話は伺っています。」


 しっとりとした素敵な声で「翔華様」と呼んでいた。あの今村家のお嬢様だし、当然といえば当然なのかもしれない。

 今村家とは、この町のほとんどの土地を所有する言わば地主であり、町長も今村家には頭があがらないほど裏で実験を握っている噂もあったりなかったりする。


「香住さんですね。初めまして、ユキと申します。」

「初めまして、香住秋穂です。」

「こんなとこで自己紹介も何だし、中に入らない?」

「あら、私としたことが。そうですね、どうぞお入り下さい。」


 玄関の扉をがらがらと引き、ユキさんはにっこりと促してくる。

 私なんかには敷居が高い家だなあ、なんて考えている間にさくさくと勝手知ったる何とやらで入っていった之人君の後を慌てて付いていく。こんなところで一人置いていかれる方がよほど嫌だ。

 少し歩くと、だだっ広い和室についた。座布団が用意されているし、みんなでここに集まって話をするのだろう。

 之人君は上座に近い座布団に座った。なので私は下座の末席も末席である座布団に腰を下ろした。といっても、座布団は五枚しかない。

 先ほど自己紹介したユキさんはいつの間にか姿を消していた。こんな大きく、かつ静かな部屋に之人君と二人きりなんて、気まずすぎる。


「あの、之人君、」

「ねえ。」

「っはい?」

「俺のことは、名前で呼んでくれるんだね。」


 沈黙を打破するために決死の覚悟で口を開いたにも関わらず、見事なまでに言葉を被せられた。小気味良いくらいに、鋭利なナイフですっぱりと切られたような、そんな気持ちになった。

 それはさておき。


「どうして?」

「いや、俺がどうしてって聞きたいんだけどな。」


 苦笑気味にそう言われた。


「香住さんって今日見ててわかったんだけど、人のことは苗字で呼ぶタイプだよね。」


 ああ、清田は名前で呼んでたね、と言う。

 だから気になったんだろう。別に深い意味はないし、説明するほどのことでもなのだけど、聞かれたからには答えないといけない。


「だって、今村さんと苗字同じだから、どっちも苗字で呼ぶと紛らわしいかなって。前から今村さんは今村さんって呼んでたし、そうすると名前で呼ぶとしたら後から会った之人君の方だなって。あと、志信は幼馴染で、ずっと昔からそう呼んでるの。」


 之人の家は共働きで、お父さんに至っては長期的に帰らない仕事をしている人だった。だからよくうちで預かっていた。

 小さい頃から言葉通りずっと一緒だった志信。もう兄弟のようなものであり、家族を名前で呼ぶことなど当たり前。


 私の説明に納得したのかしてないのかはわからないけど、之人君はそうなんだ、と言ったきり黙ってしまった。

 沈黙再び、と思ったのも束の間、廊下を歩く音と人の話す声が聞こえる。がらり、と障子が開けられ、今村さんと志信と、後ろに小柄な女の子がついて入ってきた。


「待たせて悪かったわね。さて、みんな座って頂戴。」


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