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29話

 

 深々と燈織さんの刀に貫かれたまま、鈍い音をたてて倒れる。

 かつてのユキさんの体は、その刀を中心としてさらさらと砂のように崩れて消えていく。


「……秋穂様」


 最後の力を振り絞り、ユキさんはこちらを見ることなく、声だけを発する。

 燈織さんは警戒してか、これ以上私が前に進まないようその腕を伸ばす。


「マヤ様がお待ちです。早く、お戻り下さいね……」


 そして最後は一気に崩れ、砂として残ることなく、跡形もなく消え去った。

 骨も服、何も残らない。まるで最初から誰もいなかったかのように。あれは夢だ、と言われたら信じてしまいそうだ。


 圧倒的な恐怖、緊張、それらから解き放たれ、私はその場に座り込んでしまった。


 私に優しくしてくれたユキさんはどこにもいないし、その痕跡は記憶のみという事実がただただ悲しい。


「また腰抜けた?」


 くるりとこちらを向いた燈織さん。その手に持つ刀はどす黒い何かがついている。

 それはきっと彼女の中に流れていたもの。これは消えたりはしないのか、とぼんやりと考えた。


 燈織さんは懐紙を取り出すとどす黒いモノをしっかりと拭った刀を鞘に戻す。本当に小刀で、刀身もあまり長くはない。こんなので戦っていたなんて信じられない。

 やはりぼんやりとしたまま燈織さんを眺めていると、刀を上着の内側にしまい、懐紙を掌に載せる。するとそれは急に生じた炎に焼かれて消えた。この炎は彼の能力なのだろう。何でも有りか。


「妖は跡形もなく消える。やっぱり彼女は妖になっていたんだね。」

「何で……そんな……」


 さっき言ってたけど、と燈織さんは言う。

 ユキさんは分家である篠田に生まれたことから、能力を持っているのはわかっていた。なので覚醒し、訓練した後、血の選定という妖の血を飲む今村に連なるものの通過儀礼をしたところ、戦闘員としての適正はないと判明したらしい。そうなった者は、後方支援だったり直接現場にかかわることのない仕事に携わるということで、お手伝いさんとなったという。しかしその後、血を分けた妹である夏南ちゃんに適正が見られる。本来なら前衛が出来るほどの能力を持つが、治癒能力にも恵まれていたため、後方支援となりしかも篠田家の当主になった。そういう背景がユキさんの劣等感に触れたのだろう、と。


「覚醒しても適性のない人間なんてざらだし、自分はだめだったけど身近な存在は適性アリだったっていうのもよくあることだよ。まあ、彼女は受け入れられなかったんだろうね。そして天の一族に付け入れられた、と。」


「一体誰が……。」


 燈織さんが問うた時、ユキさんは言わなかった。


「ナリとマヤじゃない?」


 あの二人知ってる?と聞かれたので、今の天の一族を束ねている人たちと聞いた、と答えた。


「兄のナリと妹のマヤ。宮がいなくなって、この二人が治めてる。喧嘩っ早いのはマヤだけど、直情型だからこんな回りくどいやり方はしない。誰かの指示があったのだろうけど、マヤが言う事を聞くのはナリぐらいだ。だからナリの指示によりマヤが接触して、その血を与えたんじゃないかな。最後彼女もマヤの名前を呼んでたし。」

「でも他の人から名前を聞いてたって可能性も有るんじゃ……」

「少人数ゆえに仲間意識の強い一族だから、名は基本明かさない。マヤは話せばすぐにばれるけど、ばれたところで痛くも痒くもないはずだよ。」


 名前はそれだけ大事なものなのだろう。それをウイさんは教えてくれた。そして私の名前も知られている。仲間意識を持たれているのだろう。


「ユキさん、マヤさんを信じてたんだろうね。天の一族になって、こちら側よりも劣等感に苛まれることなく生きていけると思ってた。」


 すると皮肉気に燈織さんは鼻で笑った。


「天の一族が柱の一族を受け入れるなんてありえない。そもそも妖化させた時点で、柱の誰かが討ち取るのなんてわかりきったことだったのに。」

「それじゃあ、最初からユキさんは……」

「まあ君を連れ出すための使い捨ての駒ぐらいにしか思われてないよ。」


 死ぬ最後の時まで、マヤさんという天の一族のことを考えていたユキさん。最期の言葉は、大切なはずの夏南ちゃんや家族に向けてではなく、私に対して戻るようにということだった。それだけ天の一族に対して強い思いがあったのに、実際は使い捨ての駒にしか思われていなかったなんて。とてもやるせない。


 そんな私とは対照的に、燈織さんは切り替えが早く「さて」と切り出した。


「妖の気配が消えてった。みんな討伐したみたいだ。」


 さすが若い子は体力が違うねえ、と妙に年寄りじみたように言う。

 ……何千年と生きる、というと語弊あるか、存在している燈織さんだからまああながち外れではないのか?


「で、どうするの?」

「どうするって?」

「こんなことしてまでおそらく君を連れ戻そうとしてるんだ。天の一族に戻る?それともこのまま柱の一族にいる?」

「……」


 劣等感があったユキさんを利用された。私といた志信も危ない目にあった。之人君を始め、みんなが助けに来て戦っていた。そして私がいる限り、また同じようなことが起きるのかもしれない。

 今村に居続けるために色々模索してみたけど、結局無駄に終わった。


 私はもうここにいてはいけない。


(ウイさん、来て。)


 前に言われた。その通りに強く念じると、音もなく背の高い男の人が現れた。

 真っ黒な髪、黒いスーツ、しかし目だけが若葉のように青々としている。


「お待ちしてました、秋穂様。」

「……烏じゃないウイさんを初めて見ました。」


 耳に馴染む低音、かつ呼んですぐに来たことからこの人がウイさんだと分かる。

 するとウイさんは私と共にいる燈織を見て、眉根を潜めた。


「お前は」

「なるほど、秋穂ちゃんは選んだんだね。」


 しかし燈織さんはそんなウイさんの様子を気にも留めていない。


「うん。あのねウイさん、私さっき襲われたの。もともと柱の一族だったけど血を分け与えられて妖になってしまった人で、何があったか知らないですか?」

「襲われた?馬鹿な、貴方を連れてくるよう指示をしただけのはず。」


 やはり連れていこうとしていた。


「そう……誰がやったかわかりますか?」

「ナリ様は、一族である貴方様が柱の者共といることを憂いておられた。だからマヤ様に、貴方様をお連れするよう指示を出されました。そしてマヤ様は、御し易い者に血を与え、柱の一族に打撃を与えつつ貴方様を連れてくるよう命じたはずです。」


 燈織さんの予想が的中した。

 ナリ様もマヤ様も、自身で迎えにくることなく、他の者を使う。柱の一族の人間をなんとも思っていないことが窺える。


「ウイさん、私、もうここにいられないです。」

「秋穂様、」


 屋上への扉の向こう側が騒がしい。

 階段を登る音が段々と近づいてくる。


「香澄さん!」


 ばたん、と扉を開けててやってきたのは之人君だった。その後ろからは今村さんも現れる。奏季さんと志信は来ない。


「之人迂闊に動くな、ウイがいる。」


 ウイさんがどういう者なのか知っているのだろう、二人は臨戦態勢をとっている。之人君は手を刃にかえ、今村さんは日本刀を構えている。


「香澄さん、危ないからこっちに。」


 之人君の言葉と同時にゆっくりと立ち上がる。

 そして、ウイさんを背に、之人君と今村さんと向かい合うようにして立つ。


「志信は?」

「消耗が激しいから奏季君に夏南ちゃんとこに連れてった。香澄、」


 私の問いに答えてくれた今村さんの言葉を最後まで聞けなかった。


「私のせいだった。私のせいで、こんなことになった。」


 二人は訳がわからないという顔をしている。


「落ち着いて香澄。とにかくこっちに。」

「ううん、行けない。私、天の一族だったの。だからこそ()()()()()()()()。」


「天の!?」

「香澄さんが…?」


 まさか、という表情でそれぞれが叫んだ。


「篠田ユキ、あれは天の一族である秋穂ちゃんを連れてくるように命じられたんだって。」


 ウイさんに説明されたことを燈織さんが端的に説明する。


「……秋穂様、お命じ下さい。」


 今まで静かだったウイさんが、私に命じろと言う。その言葉で、天の一族で私がけして末端の存在ではないことが今村さんと之人君はわかったようだった。


「香澄さん、言っただろ、一緒に文化祭見てまわろうって!」

「うん、ごめん……」


 私たちの立場ではそんなの無理だって、之人君も分かってるはずなのに、必死な顔でそう叫ぶ。


「志信をよろしくね。」

「燈織、香澄をとめろ!」

「香澄さん……秋穂!」


 最後に之人君が私の名前を呼んでくれた。それが私の胸を痛ませる。

 それでも私が呼び返すことはもちろん、反応することはない。








「ウイさん、私を天の一族に連れてって。」









 はい、と短く返事をしたウイさんは音もなく私の背後にまわる。その瞬間、強い光を感じる。そして轟々と強い風の音が聞こえると、私の目の前から、馴染んだ光景が消え失せた。


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