28話
――あの時代に生きていた
目の前のこの男性はそう言った。
あの時代というと話の流れとしては宮が生きていたあの時代ということだろう。
ただちょっと待って欲しい。柱の一族は通常の人間と同じ寿命である。あれからどれだけの時間が流れていると思ってるのか。それこそ何千年単位だ。
長命な天の一族ならわかる。それに、私の中にいる精神体である宮もわかる。
そう、精神体だ。
私はふと気付いた。あの追体験で見たではないか。宮の他に、精神体となった存在を。
「どうしたの?顔が真っ青だよ?」
そう言って私の顔を覗き込む燈織さんは、あそこで見た少年とは背格好も声も話し方も全然違う。
でも、そうだとすると辻褄が合うのだ。
「なんか危ない人って思われちゃったかな?まあそれもそうだよね。何千年も生きてますって言ってるようなもんだし、それってイコール天の一族だもんね。」
いや違う、私が言いたいことはそうじゃない。
そんな私の気持ちは知ってか知らずか、彼は「精神状態はいたって普通なんだよね」とぼやいている。
「だって秋穂ちゃん、天の一族でしょ。加わったのはここ最近なんだろうけども、色々聞いてると思ってね。」
そして爆弾発言がさらに投下される。そうなるともう隠す必要はどこにもない。私は心の中で両手を挙げて、降参のポーズをした。
「では貴方はヒナキ?」
「ははっやっぱり聞いてたか。」
やはり宮が愛した人であり精神体にしてしまった、柱の一族のヒナキだった。
とは言ってもヒナキの宮に対する考えがわからないので、私の中に宮がいる、なんて迂闊なことは言えない。
ヒナキにしたら敵の一族の長に精神体にさせられたのだし、恨んでいる可能性だってある。
「私が天の一族のだって知ったのがつい最近なので、ヒナキのこと詳しくは知らないんです。だから今村にある本で調べようと思って。」
という体でいこう。
「ふーん?」
思いっきり疑っている声だ。ただ私はもとは関係ない一般人でつい最近今村にやってきた新参者だし、頑張ればいけそうな気がする。
「そもそも何で天の一族がこっちにいるの?裏切者ってわけでもなさそうだし。」
「わかったのがこちらに来てから……というか、本当に最近だったからです。」
「ん?てことは途中で一族になったんじゃなくて、もとから天の一族だったってこと?」
私って頭の回転が早いわけじゃない上に、口が上手くなくて語彙が貧困すぎてうまく対応できない。
確かに自分より遥かに長く生きてる人相手を言いくるめられるとは思ってなかった。
「私が知らなかっただけで、生まれた時からそうだったみたいです。」
「おっかしいなぁ。ここ最近天の一族で子供ができたって話聞いてなかったんだけど、情報収集不足か……?」
燈織さんの能力を持ってしても集まらない情報ってないと思います。
だって私の親は一族出身じゃない。だから情報として上がらなかったのだろう。
「誰がその話を秋穂ちゃんにしたのかはさておき、まあでも天の一族たる君がこちらにいるんだから、あちらさんは必死に取り戻そうとしてるのがわかったよ。」
そういえば、前にウイさんがなるべく自分の判断で早めにこっちにきてくれ、みたいなことを言ってたっけ。
つまり、私がぐだぐだしてたばっかりに、早く連れ戻せってなったってこと?私があっちに行ってたら、志信はこんな騒動に巻き込まれなかったってこと?
「ことの発端は、私?」
震える唇で呟いた言葉は、静かな教室に響いた。
「私のせいで、一族から裏切者が出て、志信も危ない目にあったの?」
暗い感情に支配され、目の前がもやがかかったように感じる。
きっと宮がこのまま私を乗っ取ろうとしているのだろう。私の中で、私ではない何かが蠢いているのを感じる。このまま私は飲み込まれて、宮と立場が逆転してしまう。たまに起きて宮というフィルター越しに外を見て、それ以外は長い眠りにつく。
ずぶずぶと音もなく飲み込まれていく感覚に陥っている時だった。
ーーぱんっ
そんなに大きくもない音だった。
はっとしたように見ると、燈織さんが一つ手を叩いたらしい。
「この件に関しては、裏切者が首を縦にふらなきゃ何も起こらなかったっていう、それだけのことだよ。」
なんてことないようにいう燈織さん。
いつのまにか私は私に戻っていた。
「何か君、病んでる目してたからさ。気合入れてみた的な?」
「病んでるって……」
言い方よ、とは思うが、助かったのは助かったので素直に礼を言う。
「ところでもう腰は大丈夫そ?」
そうだ、そもそも腰が抜けたからここにきて色々話をするに至ったのだ。
足に力を入れ、そっと椅子から腰を上げた。
「大丈夫です。」
「みたいだね。じゃあ行こうか。」
行く、とは?
「どこですか、今村に帰るってことですか?」
「違う違う。例の裏切者に会いにだよ。」
「ということは裏切者が誰で、どこにいるか知ってるんですか?」
なら最初からそこに行けば良かったのでは。
「知ってるよ。ただ秋穂ちゃんといろいろ話したかったから、休憩がてらここに来たってわけ。でもあっちもそろそろ回復して動く頃だろうしねぇ。」
そうだ、あの時の悲鳴にも似た声。燈織さんが何かしらの攻撃を加えていたということだろう。しかもこうやって話せるくらいの時間回復を余儀なくされるほどの傷を付けた、ということになる。
「さーて答え合わせに行こうか!」
そう言って招かれるままついていく。
教室を出て階段を登って屋上に到着した。
「ここにいるんですか?」
「うん。出ておいでー」
軽い調子で声をかけると、一拍ののちに貯水タンクから一人、姿を表した。
「やあ。」
燈織さんが挨拶をした先には、ユキさんがいた。
いつもの和服だ。だが、不自然に手だけが隠れて見えないし、左肩の着物は赤黒く汚れ、そこから下に液体のようなものが滴っている。
「まさか、ユキさんが?え……嘘ですよね?」
「嘘ではありません。秋穂様と清田様の二人で出かけると言っていたので、今夜しかないと思ったんです。さあ、私と行きましょう。」
手を差し出される。しかしその手はいつもの手ではなく、異形のものだった。
「君、そこまでやっちゃったの?」
まるでその手を憐れむように燈織さんがそう言う。
対してユキさんは悲しむでも怒るでもなく、微笑んだ。
「はい。あの血を受け入れることで、こんなにも素敵な力が得られたんです。」
彼女がうっとりと見つめる腕は、肥大化し、血管なのか不気味な光が脈打っている。そして爪は黒く、長く、鋭利なものだった。
之人君も腕を変形させて戦うが、それと比べると不気味に感じてしまう。
本当にこれは素敵な力だというのか。
「燈織様は分からないでしょう?妖の血の選定に漏れてしまった者が、この能力主義の柱の一族でどれだけ惨めなものか。」
「まあ分からなくもないかな。柱の一族はやり過ぎだ。」
「ふふ。一族の闇の部分を担う燈織様がそうおっしゃるのは皮肉ですね。」
「かもね。」
敵として対峙しているし、会話の内容も不穏なものだ。だというのに、まるで世間話をするような調子で二人は会話しているのが不気味だ。燈織さんに至っては、普段は飄々とした態度なのに、今この状況でこんなふうに話せるということはそれだけ場数を踏んでいるのだと思い知らされた。
「お話はここまでにいたしましょう。さあ秋穂様、行きましょう。」
さっきまで二人の世界だったのに急に話を振られる。
「天の一族の方々が貴方様をお待ちですよ。一緒に一族のもとに戻りましょう。」
戻る。
つまり、ユキさんは私が天の一族だと分かっている。連れ戻すように言われたのだろうか。それとも、ユキさんも強硬派となり天の一族のために連れ戻そうとしているのか。
ユキさんの目が妖しく光ったかと思うとこちらに走ってくる。そしてその手がさらに肥大化し、襲いかからんと延ばされるが、燈織さんが私の目の前に立ちふさがり、キンっという音と共に何かでそれを受け止めた。
「そんなもので受け止められるなんて、私の力を侮ってます?」
「いやいや。短刀って小回りきくから良いもんだよ。」
後ろにいると見えないのため憶測になるが、燈織さんは自分の手を変化させることなく、短刀で受けて立っている。どこに持っていたのか、いつ出したのか分からなかった。とても早いスピードだ。確かに燈織さんのその言葉通り、小回りがきいている証拠だ。
そうしてユキさんがもう一本の手をこちらに延ばすも、今度は武器も使わずに素手で受け止めた。すると受け止めた方の手はまるで燃える蝋燭のようにどろり、と溶けていく。
痛みを感じたユキさんが恐ろしい悲鳴と共に後ろへ飛び退き、距離をとる。その声はさきほど中庭に私を引っ張っていった妖の声と同じだった。つまり、あの時も私を狙ったのはユキさんなのだ。あんなの、普通の人間にできない。ユキさんの能力にぞっとする。
「……短刀一本あれば私を倒せるという皮肉ですか?」
溶けた腕はそのままに、苦し気な表情でそう吐き捨てる。
「別に。そもそも君なんて、俺の相手じゃないよ。ただ色々聞きたかったから生かしておいてるだけ。」
燈織さんは唯一の武器だろう短刀をを放り投げてくるくると回しながらさもつまんないとでも言いげな様子。戦いの場において、武器を手から離すことがどれだけの意味を持つのがわかっていてやっているのか。
燈織さんのこの行為を見たユキさんがどす黒い殺気に包まれる。髪の毛が重力に逆らい逆立ち、口から牙が生え、そして顔は憎悪に歪む。明らかに先ほどと様子が違う。
「ふざけるな!」
そして一瞬で間合いを詰め、大きな腕を振りかぶり、その黒い爪で燈織さんに振りかぶる。
「さっきよりいい攻撃だね。」
しかしそれもまた燈織さんに何てことないように受け止められる。
「そうそう、聞きたいことっていうのはさ、誰と接触したの?そいつから血をもらった?」
「言うわけがないだろう!」
もはや声も、いつものユキさんのものではなかった。そして口調も荒々しい。
あの家でお世話をしてくれた穏やかなユキさんではないのだ。
「そっかー」
こちらから、刀が光を纏っているのが見えた。
ユキさんはそれを見ると慌てて距離を取ろうとするが、燈織さんのもう片方の手がそれを許さずがっしりと掴んでいる。
そして光を纏わせた刀をユキさんだったものの体に深々と突き刺した。
「残念だ。」




