24話
「うーん……」
結局、夏南ちゃん仕様のご飯は半分も食べれなかった。
残した分は夏南ちゃんが食べてた。特盛ご飯を食べたのちに私の分も食べてたけど、あの子の胃に限界はあるのだろうか。
ごちそうさまでした、と言って私と自分の分のトレーを颯爽と下げて行ったのはどれほど前だったか。
というわけで、いつもよりも頑張って多く食べたため大分お腹が苦しい。
美味しかったのだが量が量だった。
「ラジオ体操でもしようかな。」
先程夏南ちゃんとは別の人が来て、数値が安定している上に食べ物を経口摂取できるため点滴は不要となり外された。もちろん、モニターも。
そんなわけで体の自由がきくしラジオ体操ぐらいなら良いだろう、と思いベッドから降り、窓際の比較的広いスペースに立つ。
カーテンが開けられた窓からは半月が見えている。
道路に面した場所でもなければ住宅地でもない。そのため風で葉が擦れる音しか聞こえない。
すると向こうにある木から風とは違う、不自然な音が聞こえる。
鳥だろうか。鳥ーーもしや、ウイさん?
「ウ……」
「あれ、香澄」
名前を呼ぶ前、幹の上に立った之人君がこちらを不思議そうな顔で見ていた。
「え、之人君?」
「何でそこに立ってるの?」
「何となく……というか、私も聞きたい。何で之人君木の上に立ってるの?」
誰かがやって来て、木の上に登ったのなら見える程度には灯りがある。でもそんなの見えなかった。
不思議そうな顔をしているけど、どう見ても之人君がそこにいることの方が不思議なことだと思う。
「正攻法でお邪魔するには手続きがちょっと面倒くさいしわりといい時間だから、こっちから来たんだ。」
今村さんたち千客万来だったけど、本当は手続きが面倒くさいのか。
そして闇に紛れて来ちゃった之人君。そうまでして来なきゃいけない理由とは何だろう。
地上からわりと高い位置にある幹の上に危なげなく立っている之人君は悪びれない態度だ。
「部屋は入っても大丈夫?」
「うん。いいよ。」
「じゃあ、」
そう言って幹の上で軽く跳躍したかと思うと、あっという間に窓の前に立っていた。
今なら志信が今村さんを見て驚いた気持ちがわかる。
この人たち、超人すぎる。
「開けてもらえる?」
「あ、はい。」
病室が一階で良かったな、と思いながら窓を開けると、窓の桟に足がつかないように入ってきた。
窓のすぐそばで立つ之人君をあらためて見ると、制服のままだった。
対して私は病衣だし、手櫛をしたぐらいの髪の毛だ。きっとアホ毛立ってる。
よくこんな状態でみんなに会ったな、と今更ながら思った。あ、志信は別。
「大事ないみたいで良かった。」
「ご心配おかけしました。何時に退院が分かんないけど、明日には戻っていいんだって。」
「そうなんだ?あ、ごめん。座っててよ。」
そう言われたので、ベッドに腰掛けた。
すると之人君が両ポケットに手を入れた方思うと、それぞれから烏龍茶とミルクティーのペットボトルを取り出した。
「お土産。どっちがいい?」
「じゃあ、ウーロンで。」
「オッケー」
一度キャップをあけ緩めたものを私に手渡ししてくれた。
そういう細やかな気遣いが嬉しい。
「ありがとう。」
そう言って口をつける。食べすぎで気持ち悪かったけど、冷たい烏龍茶を飲んだことで少しすっきりした気持ちになった。
対して之人君はミルクティーを飲むことなく、そのまま窓の桟に置いた。
「俺もさ、ここでお世話になったことあるんだ。でも篠田の人たちってみんな大食いだから、ご飯えげつない量が出んの。その時黒烏龍飲みたいってすっごく思って。」
自販機に黒烏龍なかったから普通の烏龍茶と、一応甘いのも買ってきてみた、そう之人君は懐かしむように言った。
「この時間だとご飯終わってるのも知ってたしさ。」
之人君もこの苦しみの経験者だと言うのか。
そして篠田と言ったけど、もしやあのたおやかな雰囲気を持つお手伝いさんにして、夏南ちゃんのお姉さんであるユキさんもそうなのだろうか。今度それとなく夏南ちゃんに聞いてみよう。
「おかげで胃がすっきりしたよ。」
「それは良かった。」
そうしてもう一口飲む。
「翔華や清田が来たんでしょ?」
「うん。今村さんに夏南ちゃんから連絡言って、それ聞いた志信もいっしょに早退したって聞いたよ。最初今村さんが来て、その後入れ替わりで志信と奏季さんが来たの。」
そしてみんなに寝起き姿のままを見られた、と。
今ならまだ取り返しがつくかもしれない。髪の毛をなんとなく天辺から手櫛ですく。少しでも艶やかな髪になればいいという願いをこめて。
「俺も本当は行こうと思ったんだけど、奏季さんが清田につかないと行けないからさ。仕事割り振られてて、来るのこの時間になっちゃった。」
「だから制服なの?」
「そう。学校終わってから走り回ってたからさ。」
それはそれは
「忙しい中来てくれてありがとう。」
「俺が来たくて来たから良いんだよ。それで明日には帰れるんだよね?」
「うん。それで今回の原因なんだけど、本来時間かけて覚醒とか能力制御とかするものだろうけど、二日で終わらせてるから体と気がうまく馴染まなかったせいじゃないかって今村さんと夏南ちゃんが言ってたの。それで奏季さんが、しばらく訓練は様子見した方がいいんじゃないかって言ってた。」
この説明も同じことの繰り返しなので手慣れたものである。
そんな感じで言うと、之人君は頷いた。
「とりあえず訓練は据え置きだね。」
「手のかかる生徒でごめん。」
「だからいいって。」
よくできた先生なだけに申し訳なさが増す。
「とりあえず、基礎体力を上げることをメインに考えようか。」
「うん。よろしくお願いします。」
「じゃあ明後日からだね。」
というわけで、明後日からは基礎体力訓練となった。
「そういえば、之人君って部活どうしたの?」
眠りにつく前に、部活の話をしたことがあった。あれから大分経つし、どこの所属になったのだろう、と思い聞いてみた。
「ああ、映画部にしたよ。なんか、好きな時に行って良いみたいだから。」
「そっか。映画好きなの?」
「わりとね。一人暮らしのときとか、何にもすることない時部屋でよく見てたよ。」
「えっ一人暮らししてたの?」
まさかの一人暮らし。
高校生で一人暮らし経験者はなかなか周りにいない。
「ほら俺各地転々としてたから、遊び友達っていなくてさ。だから家でよく映画のDVD観てたよ。」
そしてまさかの友達いない宣言。
しかしこれは仕事ゆえに。きっとそういう事情がなければ友達なんてあっという間にできていただろうに。
というか、転々としていたというから、あえて作らなかったのかもしれない。だってその土地から離れることが分かっているし、お別れは辛いものだ。
「彼女は?」
イケメンで気遣いもできるとあっては、女子がほっとかないだろう。しかも一人暮らしとあっては、何の気兼ねもなく彼女を招けるではないか。
そんな私の疑問に之人君は苦笑しながら答えてくれた。
「いや、いないよ。」
「えっそうなの?」
「そんなに驚くことかな。」
転々とする生活ゆえに特定の女性も作れなかった、と。
しかも今回は私の指導役も買って出てくれたし、なんならこれからも三樞より許可が出るまで私の見張り役をしなくてはいけない。
友達と彼女と言う名の青春から遠ざかっていくではないか。
いやでも、志信がいる。
志信は之人君に好意的だし、なんと同じクラス。良い友達になれるんじゃないか。
ここは先生をチェンジするよう嘆願してみようか、と考えるもそうすると奏季さんが私の先生となる。奏季さんのあのテンションにはついていくには私のレベルが足りなすぎるので、没案となった。
なんというか男子って話してるといつのまにか仲良くなってるし、二人もそうなればいいな。
「香澄はさ、」
少し言いにくそうに目を彷徨わせた後に之人君が続けた。
「その、志信と付き合ったりしないの?」
「志信と……」
その手の話題は今まで沢山言われて来た。そして当時の志信の彼女にも聞かれた。
「いや、それは無いな。」
そして毎回このように即答してきた。
小さい時から志信は私を気にかけてくれて、母親はいなかった私だけど、ちょっぴり志信に母親を重ねることもあった。つまりは幼馴染という友達関係だけど、家族愛を感じているのである。
ただそれを言ってもなかなか分かってもらえない。
「な、無いの?」
「無い。あっちもそういう感じで思ってないし。」
「えっ清田が?」
「そうじゃなきゃずっと幼馴染なんて関係でいられなかっただろうし、一瞬でもそう見たら気まずくなって距離置くだろうけど、そういうわけじゃなかったし。」
彼女いる時はさすがにお互い距離が出来たけど、いない時は登下校一緒だったし夜ご飯もうちによく食べに来てた。
まあこういうのって、経験しないとわかんないよね。だからみんながあーだこーだ言うのも仕方がないのかも。
そういうと、之人君はそうなんだ、とだけ言った。
「まあでも清田は君のこと本当に大切にしてるよ。今日だって慌てて早退してたし。」
「そして今村さんに先を越されると。」
「翔華も清田のこと抱えて走ったら良かったのに。」
「それはさすがに男としての矜持が許さないんじゃないかな。」
「それもそうか。俺だって嫌だし。」
それなら言わなきゃ良いのにと思ったけど、楽しそうな之人君を見て黙っておいた。
「あんまり長居すると見つかるし、帰ろうかな。それに翔華から明日のことで話あるって連絡来てたし。」
「多分私が話したことだと思う。」
「初耳感出して聞いてくる。」
初耳感っていうのが初耳。
でも之人君ならうまく出来るような気がする。演技うまそう。
「こっちのミルクティーもあげる。俺紅茶飲まないし。」
「そうだったの?」
ということは、どちらも私に渡すつもりだったのか。
「俺が出たらすぐに戸締りしてしっかり寝なよ。じゃあ、また明日ね。」
そう言って窓から飛び出ると、音もなく姿を消した。
まるで煙のように消えたように見える。
立ち上がり、窓のそばに行く。桟においたままのミルクティーを取り、言われたとおりに窓を閉めて、鍵をかける。ついでにカーテンも閉めた。
このミルクティーは飲むのがなんだかもったいなく感じる。
いやいや、飲食物は食べて飲んでこそだ、と考えをあらためて、ミルクティーを飲みかけの烏龍茶と一緒にテーブルに置いた後に、室内灯を消してのそのそとベッドに入った。




