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21話

 

 顔が熱い。

 目の前で真っ赤な炎が轟轟と燃えている。

 血の色とは違う、迫り来る夕焼けとも違う、不気味な赤い光を放ちながら、ここにある全てを飲み込んでいく。


 数多の叫び声が聞こえる。

 助けたいのにその力が出ない。立っていることすら痛くて辛い。

 目の前で沢山の同胞たちが命を落としていく。

 この惨状を目にしても成す術なく立っていることしかできない。

 かつて我々が住まう場所とはまるで違う、もっともっと下にあるという根の国はこのようなものなのだろうか。


 悔しくて悔しくて、憎くて憎くて。

 大きな怒りが体の中で渦巻き脳天まで占めた時、私の世界が暗転した。




 その次起きた時、知らない板床に座っていた。

 知らない服、腕には玉のついた輪飾りが嵌められている。

 ぼんやりとした意識。

 自分が自分でないような、まるで泡沫の夢のような、そんなものを感じる日々を送っていた。

 いつの頃からか、身の回りを一人の少年が世話をするようになった。

 ただ呼吸をしているだけで座っている者に世話を必要とするのかはわからないが、その少年は甲斐甲斐しく世話を焼いた。


『…さま……さま』


 時折頭に声が響く。

 世話焼きの少年の声ではない。他の誰かの声で、この声を聴いた事がある気がする。

 その声は誰かを呼んでいた。

 一体誰が誰を呼んでいるのだろうか。

 とても必死な声だ。


 その声は日ごとに回数が増えまた大きなものとなっていき、それは頭に強い痛みをもたらすようになった。

 時に頭を抱えるほどで、少年が心配して駆け寄ることも増えた。


 そしてある日、


『宮様、どうか応えて下さい』


 そうして私は天の一族の長であることを思い出した。

 あの日の炎、逃げまとう人々、阿鼻叫喚、それらをどうして忘れていたのだろうか。

 この声の主は一族の者であるナリだった。

 聞けばあの日ナリは幾人かの子供たちと共に採集に行っていたという。帰るとかつての集落は焼かれており、焼け焦げた死体があったという。

 そしてその後、どういうわけか、一族の者同士で口から言葉を発することなく頭の中で会話できるようになったのだという。

 私の気を微弱ながらも感じたため生きていると確認し、ウイの能力で捜索し柱の一族に捕まっているのだということまではわかったが、私が捉えられている社は幾重にも結界が張られていてどうにも手が出せなかったために、こうして頭に直接語りかけていたとのこと。


『みな、よくぞ生きていた。わらわが不甲斐無いばかりに皆を救えなかった。』

『いいえいいえ。貴方様が生きていてくれる以上の喜びなぞありはしません。』


 そして話していると、この手に付けられた玉が力を持っていて、正気を保てなくなる呪いや、本来の大きな力を抑え込む呪いがかけられているらしい。

 また、正気でいない間、人ならざる敵を葬るためこの力を時たま開放していた、と。


『必ずお助けします。今しばらく御待ち下さい。』

『無理をするな。わらわもどうにか策を練ることにする。』


 そうして会話が終わった。

 端に控える少年は何も言わず座っている。ナリとの会話をしている間、何も変化が無かったからだろう。

 今まで玉の呪いのため正気ではなく少年について思う者はなかったが、どうやらその呪いが無くなったようで、改めて少年を見てみると切れ長の涼やかな瞳を持つ綺麗な顔立ちをしていた。


「……そちの名は?」

「ヒナキと申します。」

「ここにいるということは柱の一族の者か。」

「はい。」

「わらわのことは知っておるか?」

「天の一族の長様と存じております。」


 呪いをかけられているとはいえ、そこそこ丁重にされているのだとわかった。


 それからヒナキとよく話すようになった。

 同胞を殺した一族の身であるが、穏やかな気質のヒナキに心許すのはそう時間がかからなかった。

 ヒナキに笑顔を向けられるたびに嬉しくなると同時に辛くなった。

 本来ならば力が完全に戻った暁にはこの一族を滅して天の一族に戻るつもりだった。

 だがヒナキは殺せない。

 仮にヒナキを生かしていたとしても、柱の一族を屠った自身をヒナキはきっと許しはしないし、もう笑顔を見せてくれることはないだろう。

 天の一族の長である自分と、ヒナキを愛する女としての自分の間で揺れる日が続いた。


 そうしたある日だった。


『宮様、宮様の御傍に童はおりませんか?』

『いるがそれがどうした。』

『柱の一族ですが、その童が成長した暁には恐れ多くも宮様と番わせ子を為させようとしているのです。童は陰の気を持つ存在で、陽の気を持つ宮様が子を為せばどちらの一族の気も併せ持つ中庸(ちゅうよう)たる存在を作ることができると考えているようです。』


 我々天の一族は完璧なる陽の気を持つ。対して地上の民は若干陽の気を持つがほとんどが陰の気で構成されている。しかしヒナキは陽を全く持たない、陰の気のみを持つという稀有な存在。

 陽の気と陰の気が体で同じ量で拮抗しあえば相殺することなく、どちらの力も併せ持つことができる中庸というモノになるという考えは聞いたことはあった。それを望んでいたということか。


『童はそれを知っているのか?』

『はい。ウイが使った鼠によると、童と一族の者が話しているのを見たと。』

『そうか。』


 つまり、ヒナキは知っていてずっと傍にいた、と。

 一族としての役目を全うしているのだ、そんなヒナキを責めることはできない。

 ただどうしても胸が苦しい。

 何も言えなくなり、そのままナリとの会話が終わった。


「ヒナキ。」

「はい。」

「そちはわらわが完璧なる中庸を生み出すための番としてここに送り込まれたのか?」

「……はい。」


 ヒナキの瞳は伏せられ、何も読み取ることができない。

 強大な力をもつ一族の存在がそこらへんの女のように自分に心開いていくさまはさぞや滑稽だっただろう。


「わらわはただただそちを好いていたのだが、そちはそうではなかったのだな。」

「宮様……?」


 ぱきり、と乾いた音がする。腕につけている玉にひびが入っていた。そしてひびが広がりついには砕けると床に落ちてからんからんと軽い音をたてる。

 その瞬間、自身の力が戻ったのだと知った。


「宮様!」

「わらわはヒナキと共にいることを望んだ。だがわらわは天の一族が長、同胞を殺した柱の一族に心を許すべきでは無いと改めて分かった。」


 手を一振り。たったそれだけであちこちに火柱が上がったのだとわかる。

 この集落のいたるところであの日と同じ炎が燃え盛る。

 社の扉が強い力で叩かれるが、何人たりとも押し入らせはしない。


「今この時を生きていてもしがらみが多すぎる。だから巡りめぐって次こそは。」

「宮様、何を……っ!」


 驚くヒナキに構わず口付ける。

 極限まで見開かれていた瞳は、ややあってからゆっくりと閉じられた。

 ヒナキであった体はどさり、と重い音をたててその場に崩れ落ちる。

 自身の力の半分ほどを使って、ヒナキがヒナキたる精神体をこの器から飛ばした。

 そして残る力をもって、自身も同じく精神体になる呪いをかける。


 精神体になってしばらくは眠りにつくだろう。

 しかし目覚めた暁には、ヒナキを見つけ何かの思惑や立場ゆえの(しがらみ)がない関係でありたい。


『ナリ、聞こえるか』

『宮様大丈夫ですか?柱の一族の集落が急に燃えて――』

『わらわがやった。いいかナリ、これよりそちを一族の長とする。不安ならば妹のマヤとともに率いよ。』

『宮様どういうことですか!今行きます、お待ちください!』

『異論は許さぬ。ナリ、あとは任せた。』


 ナリがわらわを呼び叫ぶ声が聞こえる。

 社にも炎は燃え移り、いつの頃からか扉を叩く音が消えていた。


「これでひとまず終わりとしよう。続きはまた。」


 ああ、体が重い。しかし残った力を振り絞り、かつてのヒナキだった器の傍に横になり、その手に自身の手を重ねる。

 まだほんのりと温かいその手は、さっきまでヒナキが確かに生きていたのだと教えてくれる。

 かつての思い出が走馬灯のように流れるなか、ふつり、と記憶が途切れた。















「っ!」


 目の前に映る赤にはっとする。

 だがそれは果て無く続く紅葉の並木道だった。

 足元を見ると、どこまでもつづく暗闇だった。

 色のあるものは紅葉樹だけ、という異様な空間に私は立っている。


 さっきまで私は炎が燃え盛る社、というところにいた。

 内容的に死んだのだろう。大切な人の隣で。

 いやさっきの体験もおかしい。およそ現代には考えられない部屋の装飾品や人物の服飾品、そして今まで行ったこともない場所で、会った事もない人だった。

 それなのに知っている名前はあった。


「私を見て、宮様って言ってた。ウイ、ナリ、マヤ……」


 その名は以前にあの社で出会った天の一族の人たちのもの。


「つまりあれは……」

「やっと来たか。」


 自分以外誰もいないはずの空間に突如として声が響く。この声は、


「うわっ!?」


 突然何かに捕まれたような感覚に陥り、前のめりに足を出し踏ん張る。

 そして顔を上げると、そこにはさきほどまでいなかった女性がいた。

 初めて会うのにとても懐かしい。


「貴方は宮……様?」

「いかにも。」


 長い黒い髪をそのまま垂らし、上下に分かれた白い服を着ていて、首には勾玉を連ねた飾りを下げている。


「宮で良い。そちはわらわでもあるのだから。」


 声は聞いていたから知っている。

 ただこうしてお互いの顔を見て話すのは初めてだった。


「私さっきまで違うところにいて……というか、もともと私部屋で寝ていたんだけど……」

「さきのはわらわの過去を追体験したもの。」

「宮の……」


 だから私は宮の顔を見ることはなかったし、宮様と呼ばれたわけだ。


「あれは貴方が見せたの?」

「いかにも。」

「なぜこんなことを?」


 宮はニヤリ、と朱色の唇を歪めた。


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