2話
何だかんだで話しながら歩いているとあっという間に教室に着いていた。今村さんは廊下側の前の席、私は窓側の比較的後ろの席、ドアで軽く挨拶して各々の席に着いた。
道すがら一つ前の席の子に挨拶し、席に着きかばんを下ろす。机の上に広がる一校時目の古典の教科書やらノートやらが置かれているのを見ると、宿題をしに早く学校に来たんだということがわかった。
「ねーねー、香住ちゃん。香住ちゃんって今村さんと仲良いの?」
前の席の明日香ちゃんがくるりとこちらを見ながらそう訪ねてきた。きらりと光る眼鏡効果が相まって追及されている気持になる。
一体なぜ?と思っているのが分かったのか、だって一緒に登校してきたんでしょ、と言われた。
「あー……朝、たまたま会ったから。」
「へー。清田君は?いっつも一緒じゃん?」
「途中まで一緒だったの。」
「ふーん?」
言っててなんだけど、自分でもそう思う。
志信と一緒に学校行かないなんて、どっちかによっぽど大事な用事があるか学校を休むかぐらいである。
今村さんといえばわりと派手な見た目のわりに文武両道。しかもカリスマ性もあるからクラス委員なんてやっちゃったりしてて、常に輪の中心にいる。
なおかつ家は、この町で最も力を持っている旧家の“今村”ときたもんだ。
対しての私と言えば、そこらへんに居そうな見た目。でも地味寄りな方。成績なんて文系がちょっとできるくらいだし、運動はてんでだめ。人付き合いは狭く深くを自負してる。家なんて、普通のサラリーマンの家庭だから押して図るべし。
うん、真逆のタイプだ。
「仲良くって言えるほど仲良いわけじゃないよ。今日は本当に偶然会ったから。」
色々聞きたがるのは女の子の性なのか。にしても、後ろを向いて話してちゃ宿題が終わらない。ということで、早く前向いて宿題しなよと言うと、明日香ちゃんは慌てて前を向いてシャーペンを手に取り何だか急いで書き始めた。そんな様子を見つつ、手に頬をついて黒板をぼんやり眺めながら鐘が鳴るのを待った。
「はい、みんな席に着いて下さい。」
そう言いながら予鈴と共にやって来たのは、このクラスの担任の青沢先生。うちの学校で、わりと生徒達に人気の高い女の先生だ。その先生の後について来たのは、
「今日は転校生の紹介をします。」
開いた口が塞がらない、とはこのことなのかもしれない。正直、私は驚いた。まさかとは思ったけど、この学年、しかもうちのクラスにだなんて。
「今村……之人君、です。」
そう言いながら先生は黒板にチョークでフルネームを書いていく。チョークの音が小気味良い。
“ユキヒト”って、あんな字なんだ。珍しい。苗字は一緒ということは、やっぱり今村さんの言ったとおり親戚なんだろう。
「今村君、自己紹介をお願いします。」
「はい。今村之人です。他県を転々としてました。よろしくお願いします。」
へえ、之人君の家は転勤族なのかな。他県を転々だなんて、大変だろうなあ。編入試験なんてしょっちゅうだよね、凄いよね。私だったらきつい。
「今村君は、今村翔華さんの親戚だそうです。」
だから苗字が一緒なんだ、そういう意味のざわめきが広がった。みんな考えることは一緒なんだ。
「席は香住さんの隣ね。香住さん、案内がてら後で空き教室から机と椅子を持ってきてあげてね。」
はい、ショートホームルームお終い。そう言って先生は教室を出てった。その後一斉にみんなが教科書出したり、飲み食いしたり、お話に花を咲かせたりする。何人かの女の子たちが今村君の周りに集まっていったが、話もそこそこに彼は切りあげこちらにやってきた。
「空き教室に案内してくれるかな。」
にこっとあの笑顔を見せてくれた。うん、男の子にこういうのは失礼だけど、その笑顔は可愛い。
「うん。あ、荷物重いでしょう?とりあえず私の机に置いてなよ。」
彼の荷物を受け取り、ひとまず机に置いておく。机と椅子がなきゃ何も始まらないのです。
空き教室を案内と言っても、廊下をまっすぐ歩いてすぐなので時間もかからない。
「もう敬語じゃないんだね。」
道中、開口一番に彼はそう言った。
「……だって、朝会ったときには何年の人か分からなかったし。」
もし自分が三年だったなら、同い年か下級生か、そのどっちかの選択しかないから今みたいに普通に話してた。
「朝、といえば、“あの事”誰にも言ってないんだね。」
之人君は、まるで世間話でもするみたいにそう言うけど、なんだか空気が肌を刺すようにピリピリとしている気がする。見てみると、彼は怒ってもいなければ笑ってもいない、本当に普通の表情をしていた。だから余計に怖い。
「どうしてわかったの?」
「そりゃわかるよ。ひそひそされてないし、そういう変な奴を見る目なんてされなかったし。」
ああ、それもそうか。
「もし、」
言ったとしても、普通は誰も信じてくれないよ。
そう思ったけど、これ以上この話をするのも憚れたので、之人くんに言葉の先を促されたけど、何でも無いと言って誤魔化す。
これではまるで、そこそこすんなり受け入れた私が普通じゃないみたいだ。
お話しながらだと、空き教室にはあっという間についた。之人君はとくに選ぶことなく、入り口付近にあった机に椅子を乗っけた。
「それでいいの?選んだり、とか。」
「ぱっと見、みんな同じだし。」
「そうかもしれないけど……ほら、机の脚の長さがちょっとアレで、がたがたしちゃうものとかも稀にあるじゃない。」
消しゴム使うときにガタガタするやつとか、凄く気になる。授業中、先生が説明し終えてみんながノート取ってて静かな時とか、あと試験最中とか、一人だけがたがたしているとちょっと恥ずかしい。
之人君はそういうのって気にならないタイプなのかと聞くと、君ほど気にはならないよ、と言われた。その苦笑気味な返答はいささか気になるけれども、その返事で彼は小さいことは気にしないタイプなんだ、そう思った。かといって、私が神経質な性格というわけじゃない。けして。
そうこうしているうちに彼は机と椅子のワンセットをひょいっと持ち上げ、すたすた歩いて行く。
「私が頼まれたんだし、私、持つよ?」
後を付いて歩きながら彼にそう提案するも、にこりと笑われ一蹴されてしまった。
「重いし、いいよ。」
「でも……」
「大丈夫。俺が使うやつだから、自分で運ぶよ。それに、女の子に持たせて自分は何も持たないなんて、男としてちょっと、ね。」
そう言うこと気にするんだ。そして、言っちゃうんだ。普通の女の子だったら、こんなかっこいい男の子に言われたらひとたまりもないと思う。もう恋に落ちてるよ、きっと、いや絶対。かっこよくて、紳士的、うん、放っておかないだろうな。
「女子に優しいねえ。モテるでしょ」
「いいや?」
二人で教室に戻ると、そこには黒板消しを窓辺で叩く後姿があった。黒板消しの掃除は週番の仕事であり、週番のうちの一人は姿が見えない。ということは、
「志信!」
振り向いた仏頂面は、まぎれもなく朝に別れた志信だった。
私が大きな声で志信を呼んだため、主に女の子たちがこちらを振り向いたけど、今はそんなこと気にしていられない。志信の安否を確認する方が大事だ。そういう想いで、之人君に先に席に着いててもらうように言い、志信のもとへと駆け寄った。
「もう大丈夫なの?」
「まあな。怪我の痕だって、嘘みたいにないし。」
「嘘!それじゃあ、見せ――」
「るわけないだろ。ここ、教室。」
教室じゃなきゃ良いの?そう聞くと、金取ってもいいならと言われ、その後ご丁寧に鼻で笑われた。うん。この毒舌な感じ、ちょっと斜に構えた態度、いつもの志信だ。今村さんたちに感謝しないと。
「ほら、早く席に着けよ。そろそろ本鈴が鳴るぞ。」
「うん。それじゃあ。」
志信に軽く手を振り、自分の席へと戻った。
之人君はこちらの会話に交じることなく、もう自分の席を整えていたので、急いで席に戻りバッグを返した。