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18話

 

 昼食を食べ終わったあと、之人君と約束した通り談話室で宿題をした。

 教えてほしい、とはどの口が言うのか。

 宿題は国語数学英語の三教科が出ていたのに、之人君は一人で黙々とこなしていた。


「之人君、頭良いんだね。」

「そんなことはないと思うよ。」

「そんな謙遜いらない。」

「えー……」


 狩人として各地を駆けまわりつつも、ちゃんと勉強もできる。見事に両立できていて素晴らしい。

 とりあえず、これで之人君も私の頭のレベルがわかっただろう。次からは一緒に勉強しよう、なんて言わないはずだ。


「そういえば、」と之人君が問題を解く手を止めたかと思うと、シャープペンをくるりくるりと器用に回す。


「香澄さんは、天の一族とか社にいた人物とか気になるの?」

「そうだね。同じでは無いにしろ、力を持つ一族って言うのは知ってても損はないかなって思って。」


 心臓がバクバクする。

 もし、何か疑われて勘繰られていたらどうしよう。焦りが表情や態度に出ていないだろうか。私はいつもと同じ声色で話せているだろうか。

 そんな私の不安感を知ってか知らずか、之人君はペン回しをやめ、ノートにぽいっと置く。


「君は凄いね。」


 予想外の言葉にえ?と聞き返してしまった。


「だって、昨日よくわかんないのに襲われて説明受けて、何かよくわからない力に目覚めて、そして次の日には自分たち以外の他の力を持つ一族について目を向けるばかりか興味を持てる。こんなに立て続けで非日常的なことがおきてるのに、凄いことだよ。君は今村に身を置くことを受け入れているんだね。」


「やっぱり凄いよ。」とさらに続けられる。

 之人君には私がそう見えるのだろう。ただ、今村に身を置くことを受け入れているか、と言われるとそれは違う。まだ迷っている。天の一族だろう私がこのままここにいてもいいのかどうか。かつて天の一族の人はどうだったのか、それを調べれば何かヒントになるかもしれない、そう思ったのだ。


「とりあえず、宿題終わったら、今までの今村の歴史書見に行ってみる?」


 それは来たばかりの人間が見ていいものなのだろうか、そう疑問を持ったが、ダメなら誘わないだろうということで彼の言葉に頷いて是の意思を伝える。

 その後二人で黙々と勉強し、一時間もしないうちに全ての宿題を終わらせるに至った。それぞれの部屋に宿題やら筆記用具やらを置きに行き、再びここに戻ってくると、之人君の案内のもと書庫に連れだって行く。


「書庫って名前はいいけど、そんな大層な部屋じゃないよ。ただ物によっては貴重な文献があって持ち出し禁止のものとかもあるんだ。」


 説明を受けながら少し歩くと、一つの扉の前についた。先に入る之人君の後に続いて入ると、そこは八畳ほどの大きさで天井まで届く本棚に書物がぎっしりと入れられており、他には椅子が二つだけ置かれている部屋だった。

 中に入って見てみると、多少は埃があるものの、窓が無いうえに紙類が多いわりにきれいだった。きちんと整理整頓されていて、そこそこ定期的に清掃がなされているのだろう。私が物珍しそうに見ていると、何冊かの本を見繕って之人君が持ってきてくれた。


「天の一族について書かれてるやつで読みやすかったやつと、あとはここにいたっていう人について書かれている書物。これらは写本だし、歴史的価値がないから、持ち出しオッケーなやつだよ。持って帰る?それとも読んでいく?」


 私が気になっていることをしっかりと理解してくれていたようで、その上読みやすい本を持ってきてくれた。読みやすかったということは、之人君も疑問に思ったことがあるということか。

 とりあえずそれらを受け取る。


「ありがとう。ここで読んでいこうかな。椅子使っても大丈夫?」

「もちろん。じゃあ、俺は違う本でも読もうかな。」


 そう言って、別の本棚に歩いていき、読みたい本を物色し始めた。

 まずは読みやすいということで之人君がお勧めしてくれた天の一族について書かれている本を読もう、と思い、椅子に腰かける。テーブルが無いから、他の本はとりあえず膝に置いておく。さて読もう、とした時だった。


「ゆーきーひーとー入ってもいい?」


 扉の向こうから、之人君を呼ぶ男性の声がする。

 之人君はちらり、とこちらを見てくる。一応私に是非の確認をしてくれているのだろう。「大丈夫」と伝えると、之人君は「どうぞ」と短く答えた。


「はい、お邪魔するよ。」


 そう言って入ってきたのは、細い瞳が印象的な志信より小柄な男の人だった。と言っても、私よりも大きい。ぱっと見た感じでは、年の頃は少し上くらいに感じる。


燈織(ひおり)さん」


 之人君は本を選ぶ手を止め、にこにこと燈織と呼ばれた人のもとに向かう。


「お久しぶりです。」

「うん、久しいね。そうそう、当主が君を呼んでいたよ。」


 当主、というのは言わずもがな今村さんのことだろう。

 之人君は年が同じためか当主である今村さんに対して砕けた言い方をしているし、同僚で一応目上の人でもある奏季さんには慇懃無礼というかけっこうな態度を取っている。だから彼がこんな風に柔らかい表情で丁寧に接しているのを初めて見た。


「行ってきなよ。」

「はい。あ、香住さん一人で戻れそう?」

「多分大丈夫だから、いってらっしゃい。」

「うーん。すみません燈織さん、香澄さんを送り届けてもらえますか?」

「彼女がそれで良ければ良いよ。」


 私の意見も尊重してくれるらしい。御厄介になって間もない家でうろうろするのもちょっと嫌だったので、お願いすることにした。


「燈織さんよろしくお願いします。それじゃあね、香住さん。」


 最後にそう言うと、部屋を出て行った。

 そして書庫に残されたのは私と燈織さんという初対面同士である。


「遅れてすみません。私、香住秋穂です。昨日からこちらにお邪魔してます。よろしくお願いします。」

「だいたいは君のこと聞いてるよ。俺は燈織。当主直属の部下なんだけど、俺のことは聞いてる?」


 そういえば、昨日の夜に今村さんと之人君から燈織さんについていくらか説明があった。知っている人は極わずかで、(くら)という存在であり、裏の仕事を一手に引き受けていると。


「ざっくりとは聞いてます。」

「そう。秋穂ちゃん、この後時間空いてる?」

「あ、はい。本は後でも読めるので。」

「じゃあ、ちょっとここでお話ししない?」


 にこにこと人のよさそうな笑顔でお誘いを受ける。

 わりと人見知りな方なのだが、この人は奏季さんみたいにぐいぐい来るタイプではないものの、一緒の時間を共有することを苦に思わせない雰囲気があった。

 それに送ってもらえるのだし、多少は彼の要求を飲むべきだろう。そう思い、私は了承の意を伝えた。


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