17話
「おっかえりー!」
そろそろ昼食の時間ということもあって、之人君と一緒に食堂に行ったら、にっこにこの顔した奏季さんに出迎えられた。ちなみにその奏季さんの向かいに座る志信は黙々と御飯を食べていたようだけど、こちらを見て驚いた顔をしていた。
「秋「之、仕事だったんでしょ?なになに~爆速で仕事終わらせて、お出かけしてた秋穂迎えに行ったってわけ?先生ったら優しくないですかァ?」
ノリが若干思春期男子な感じで、志信の言葉に被せてくる。志信の眉間、凄いことなってますけども。
そして奏季さんは今村さんと話しているときにその場にいなかったけど、私が出かけた事を知ってるんですね。
「なんか含みを感じる言い方、やめてもらえますか?外でばったり会ったんで一緒に帰って来たんです。ね、香住さん?」
「そうだね。」
「えー二人ともアオハルしてないのー?先生と生徒の禁断の恋愛!少女漫画とかドラマとかさ、そういうのあるじゃん?」
「そう思ってるのは奏季さんだけですよ。」
以前師弟関係を結び、そして今は同じ狩人ということもあって、扱いを心得ているのかもしれない。之人君はさらりと流すように受け答えをしながら、これまた流れるように自然に志信の隣に座った。
なので私は考えるまでもなく、之人君の向かいの奏季さんの隣に腰を下ろした。
ここで一人離れたところに座る勇気はないのです。
そうして待っていると、ユキさんが私たち二人に御飯を運んできてくれた。
お礼を言って受け取り、美味しい昼食に舌鼓を打つ。
「そうだ、志信、さっき何て言おうとしたの?」
志信の眉間から深い皺は消えていた。そして志信の前にあった御飯も消えていた。まったり食後のコーヒーの飲んでいる。ちなみに志信は、コーヒー+砂糖だけは苦手らしく、ブラックか砂糖とミルクを入れるかの二択。
「いや、おかえりって言おうとしただけ。」
「ただいま。志信はおじさんとおばさんとお話しできた?」
「こっちの事情を説明できるわけじゃないから、いつもどおりの会話だったけどな。」
「そっか。」
おじいちゃんともお父さんとも話すことなくスピード感を持ってこの屋敷に来た私を気遣ってなんだろう、志信はそれ以上話題を広げようとしなかった。
「てか秋穂どこ行ってたんだ?」
「あっちの森までお散歩。中にある社に行かなければ良いよって言われたよ。」
「一人で?」
「そう。森は一人で行動して良いって言われたから。」
「なるほど。てか社?って、何で行っちゃダメなんだ?やっぱり危ないところだから?」
ここ数日で色々危ない存在や話を見聞きしているせいか、確かに社もその対象なんじゃないかと思っちゃう。
ちなみに志信が初日に襲撃にあった件はもう本人に奏季さんから伝え済みらしい。
「あそこの社はさ、」食卓に頬杖をつき、行儀悪いけど妙に絵になる奏季さんがそう口を開いた。
「ずっとずっとそのまたずーっと大昔、他の一族の術者を住まわせてたの。住居提供する代わりに、有事の際には今村とは違う不思議な力で手を貸してもらってたんだって。ま、本当のところはどうだかわかんないけど。」
他の一族、と聞くと自然と社のある森でさっき会った天の一族のウイさんを思い出す。
今村とは違う系統の術を持つ一族の人――天の一族の誰かがあの社にいたのだろうか。だとしたら、何で他の一族に住居を提供してもらってたのだろう。大昔というし、村八分にでもあったのだろうか?
「大昔に死んでるから本人がいるわけじゃないんだけど、その力がまだ残ってて危ないから、それはそれはつよぉい封印を定期的に施してるんだよ。それくらい危険なところだから、万が一がないように秋穂と志信は近寄らないこと。社の回りに柵があるからその中には絶対入らない!」
「わかりました。っていうか、そんな昔の人の力が残ってるって凄いですね。」
「ほんとにね。俺としてはさっさと消したいんだけど、上からのGOサインが出ない限りはちまちまと封印かけ続けないといけなくてさー俺めーっちゃ疲れる!」
その口ぶりから察するに奏季さんが封印をかけているらしい。そういえば、あちこちと地方へ行く之人君とは違い、主にここらへんにいると言っていたのは、封印があるからなのでは。
昨夜夏南ちゃんが、当代で最強の力を持つのが奏季さんと言っていた。つまり強い力には強い力を、ということなのだろう。
見た目とかからは分かりにくいけど、奏季さんって凄い人なんだなと再確認した。
そして、さっきから之人君が空気に徹してる。
ひたすら無言で御飯進めてる。視線を御飯から動かそうとしないもん、私たち三人で話してるけど、誰かに視線向けようとしないもん。
よっぽどお腹が空いてたのかな。それとも、奏季さんをスルーしたいのかな。両方という線も捨てきれない。
「食後の一服も終わったし、志信、この後道場行くぞー」
「わかりました。秋穂、之人、じゃあな。」
「うん。」
「清田、がんばれ。」
いつの間にか御飯を食べ終わっていた之人君がエールを送りながらひらひらと手を振っていた。
志信と奏季さんが話しながらこの部屋を出ていくのを私と之人君見送りその姿が見えなくなると、之人君は降っていた手を下におろした。
之人君は食べ終わり、お茶を啜っている。私ももう少しで食べ終わるので、ラストスパートをかける。
この後一緒に勉強をする話をしていたし、あまり待たせるのも良くない。
残りの副菜一品と半分残っていた汁物を食べ終わり、最後にお茶を飲む。
「そういえば香住さんさ、さっきの話で何か思うところあったの?」
奏季さんが話してくれた社の話のことだろう。
「静かだったから、どうしたのかなって思って。」
「うーん……」
さっきの話にのっかる形で聞いてみるとわりと自然かもしれない。
「他に今村さんたちみたいな力を持つ一族っているのかなって思って。」
「いるよ。」さらり、と是を応える。その顔色を窺い見ても、何も変わっていない。
「天の一族って言ってね、俺たちとは違う強い力を持つんだ。彼らは太古から生きている長寿なんだけど、どの時代でもその数はあまり増える事はなく少数の一族なんだよ。そこで最も力が強かった人が、あの社にいたらしいよ。その人が亡くなって千年以上なるけども力はあそこに残ってるっていうんだから凄いよね。」
新参者に話すくらいだから、天の一族の話は秘匿情報ではないと考えていいのだろう。
それでもまだ油断はできない。
「そんなに強い力を持ってるなら、今村一族と一緒に戦って妖を倒したりしないの?」
さきほどウイさんにした質問と同じように、今度は之人君に質問をする。
「それは有り得ない。」
そう答えた之人君の声は硬く鋭いものだった。之人君から私にかけられる声は今まではどれも優しくて、初めて聞くその声音に体の芯が冷えていくのを感じる。
「天の一族のほとんどは、大昔から俺たち一族を憎み殺したがっている。今までにも天の一族に何人もやられてきた。まあ、中にはそうじゃないのもいるけどね。だから一緒になることなんて有りえないんだ。」
ウイさんには言われていないけど、そんな理由があったとは知らなかった。
一応両者からは話を聞いてみたけど、都合の良い真実を言いつつも、一般的に見て自分のところの負の側面を言わないようにしている気がする。
とりあえず今の意見を聞いて、今村さん一族は天の一族に対して良い気持ちを持っていないことを確信した。
「そう考えるとさ、社にいたっていう天の一族の人はさ、よく憎い一族のところに住んで力を貸してたよね。その人、穏健派だったのかな?」
「さあね、そこまでは伝わってないから分からないんだ。」
そうして話が途切れたところで、湯呑に残っていた冷めきった僅かなお茶を飲み干す。その様子を見ていた之人君が、これで昼食を食べきったのだと確認したようで席を立った。
「さて、そろそろ戻ろうか。」
「そうだね。」
お腹のあたりがぐるぐるする。冷めたお茶を飲んだからなのか、それとも今の話を聞いたからなのか、それ以上考える事はせずに先に歩き出した之人君の後をついて行った。