15話
遅れて行った朝食には志信以外のメンバーが揃っていた。志信はというと、荷物を取りに行った時に、家を空ける事が多いおじさんとおばさんがたまたま揃っていたことから、それなら親子水入らずで朝食を食べるべきだ、と自分が提案したため不在なのだと奏季さんが言っていた。
気遣いのできる良いお兄さんだと再認識した。
食事が終わったところで、今までの朗らかな態度を一変させて、今村さんが口を開いた。
「この場を借りて、みんなに言うべきことがある。実は香住のことなんだけど、昨日妖に襲われた時に覚醒したらしい。その場にいたのが之人だった。之人、詳しく説明を。」
その言葉に一つ頷くと、之人君は口を開いた。
「昨夜、香住さんの実家から荷物を持ってくる道中で襲われた。数は一体で、人型をとっていたけど人語を話せていないようだったから中位の妖。それと対峙している時、香澄さんから強い光を感じた後すぐに妖の体が崩れだして、すぐに光は止んで香澄さんが気絶したんだ。次に目が覚めた時は覚醒してた。香住さんが言うには、『覚醒せよ』って頭に声が響いた後に光があって気絶しちゃったみたいで、起きたら覚醒していたと。」
暫くの沈黙の後に、一番最初に口を開いたのは奏季さんだった。
「話を聞く限り、その声によって覚醒が促されたと言って良いと思う。秋穂、その声って今まで聞いたことはあるか?」
「夢で度々聞いたことがあります。今までは目が覚めるとそのことを忘れてたんですけど、今回は私が起きている時に話しかけてきました。それで夢でも聞いていた事を思い出したんです。」
記憶を探る限り、その声を持つ人物を親しい人物の中では知らない。となると、一体誰なのだろうか。というか、何なのだろうか。
自分のことなのに分からない。それが何だか気味が悪い。私の妄想の産物ではないと思う。というか、思いたい。
ご当主である今村さんはどう考えているのだろうと彼女の方を見ると、眉間に皺を寄せて難しそうな顔をしていた。
それもそうだろう、彼女はこの今村を統べる者、今村に連なる予定の者がこんなことを言っていたら頭を抱えたくもなる。
そんな折、控えめな声で夏南ちゃんが今村さんにどうするのかと声をかけた。
「おそらく、香住先輩は何らかの干渉を受けているのだと思います。」
「うん、だろうね。その声の主がわからない以上、どうも出来ない。」
一旦言葉を切ると、さらに神妙な顔つきになった今村さんが「それに」と続けた。
「声が聞こえて覚醒、なんて天啓じみたこと今までなかったから、余計に気になるね。とりあえず燈織に調べてもらいつつ現状維持ってとこが妥当だろう。」
「それなら、この敷地内は結界があるから良いとして、それ以外ではこのまま之が秋穂に付いていた方が良いんじゃないっすかね。だって先生だし!」
軽い調子で話してくれる奏季さんになんだかこの場の空気がピリピリしたものが無くなり、少し軽くなった気がした。
「あともう一個報告があって、今朝の訓練で香澄さん力孔ふさげるようになったんだ。今自力でふさいでる状態で、見たところ力のコントロールもうまくできると思う。」
「まじか!すっごいじゃん!」
奏季さん大騒ぎである。
でも他の人も口々に褒めてくれている。奏季さんの声のボリュームに若干消され気味だけど。
「香澄、頑張りすぎて体調崩さないようにね。之人は引き続き香澄の体調面も気遣いながら教えるように。」
「了解。」
とりあえず報告が終わったので、みんな残りのご飯を世間話をしながら食べる。
その後解散となり、各々がこの部屋から出ていく。
みんなはそれぞれすることがあるのだろうか。
週末課題が課せられていて、古典・数学・英語が目白押しだけど、何だかやる気がしない。夜にでもやろう。
食後にゆっくり散歩したい。ここらへんなら結界を張られているから、妖なんて出ないだろうから安心して気分転換できるはず。
「あの、今村さん。」
席をたった今村さんを引きとめ、傍に寄っていく。
「ちょっと一人で散策しようと思うんだけど、行っても良い所とか逆に行っちゃだめな場所ってある?」
「今村の屋敷内なら基本大丈夫。ただ裏手の森のずっと奥に社があるからそこはダメ。まあ周りには結界があるし、入れないんだけどね。」
「わかった。」
ということで、折角なので食後の運動も兼ねて外の森に散歩に行くことにした。
いったん部屋に戻り、身支度を整える。ジャージは動きやすいけど、外に出る為一応着替えて、貴重品を持って今村邸を後にした。
大きな門を出て、壁沿いに左にずっと歩いていくとわりとすぐに森が見える。
あまり奥に行ったり道なき道を進むと迷子になるので、あくまで遊歩道を少し歩くことにした。
天気が良くて、絶好の森林浴である。
昨日の朝から今日にいたるまで本当に色んなことがあった。
妖というよくわからないものに二度も襲われるし、よくわからない力に目覚めるし、あの今村家に御厄介になるし。
(これから先どうなるか分かんないから不安になる。)
一人で散歩しながらリフレッシュしようと思ったのに、逆に一人でいると考えが良くない方に進んでいってリフレッシュ出来てない。
深く、大きく、溜息を吐いてしまう。
自分以外誰もいない、静かな森。ふと頭上でバサバサと羽ばたく音がする。見上げると一羽の烏が空から舞い降りてきた。そして少し離れた所で着地する。
飛んでいる時は分からなかったけど、普通の烏よりもその体は大きく、そしてその目は血のように赤い。
もしかして妖なのだろうか。
「初めまして、秋穂様。私は天の一族のウイと申します。」
人の声がはっきりと聞こえる。
私は話してないし、頭に響くあの女の人でもない。低く、落ち着いた男性の声。
でも声が届くだろう距離感に男の人はいない。
そうなると?
この、烏?
「か、烏が話した?」
「本来の私は烏ではありません。ただこの柱の一族の結界が張られている場所で、他の者に感知されることなく貴方様と接触するにはこの方法を取るのが最適だったのです。」
ここは今村家の結界内である。今村というのは、柱の一族とも呼ばれているということなのだろう。
そこで感知されずに話したかったということは、あまり良い印象を受けない。
ただ、とても丁寧な話し方だった。
威圧的に話されるよりは、こちらも会話しようという気にはなる。
というより、この人?の言うことが本当なら、この人も何かしらの能力が使える他の一族ということになる。そして何かしらの思惑があって、私だけに接触を図りたいと。
「あなたは何者ですか?あと柱とか天の一族って何ですか?それに、なぜ私と話したいのですか?」
「我々天の一族とは太古より生きる一族です。一族全ての者が何かしらの能力を持っております。私の場合は、生き物に干渉する力を有します。また皆共通して持つのが、一族間でのみ使用できる念話です。どれだけ離れようとも念による会話ができます。そして柱の一族とは、我々とは別の力を有する者らの集まりで、より強い力を求め、各地で力ある者を連れてきては掛け合わせ、子々孫々を繋いでおります。いつの頃からか、自身らを今村と名乗ってましたね。」
だいぶスケールの大きな話である。一族の歴史はとても古く、そして長いものらしい。
そして今村一族は力を繋いでいくために、連れてきた人たちに子どもを産ませてきたとのこと。それが今でも行われているものなのかは分からないけど、もし今もなお“そう”であるとしたら、私は――
「私は、このままいけば、今村家で力のある人と結婚して子供を産むことになる?」
「……それを回避するために、私がここにいるのです。」
「どういうことですか?」
「秋穂様は我々の一族なのです。」