13話
夏南ちゃんとお風呂をゆっくりと楽しんだ。そして夏南ちゃんと別れて、とことこと元きた道を戻って行く途中、団欒室を目にした。
何となくこのまま部屋に戻る気がしなくて入る事にした。色々あって疲れてるだろうけど、知らない所ということもあって興奮してるのかもしれない。
扉をあけると、明かりも付けずに窓際に腰掛けている之人君がいた。
人の気配を感じたようで、こちらを振り向いて彼は「さっきぶり」と言った。
「これから寝るの?」
「そうしようと思ったけど、なんだか部屋に戻る気がしなくて。」
そう言うと、彼はそんな日もあるよね、と返してくれた。わざわざ仔細を言うまでもないし、そのあたりを聞かないでくれるのは助かる。
「そんなとこ立ってないでこっちきたら?」
自分が腰掛けてる隣、人一人分空いている窓枠を指差した。
断る理由はないから、誘われるままに側に行く。もちろん、人様の家の窓枠に座るなんて出来ないから、私は立つけれど。
「香澄さんが覚醒したことを翔華に話したよ。」
「……何か言ってた?」
「歓迎するってさ。ただ清田には、あいつが儀式を終えてから話すことになった。今は微妙な時期だし、動揺を与えたくないから。」
だから志信以外の人にだけ話す、ということらしい。
志信が仲間外れのようなするけど、当主である今村さんと決めたなら仕方が無い。長いものには巻かれます。
「明日あたり、主要メンバーには言うと思う。」
主要メンバー、というと誰なんだろう。ここに来て一日も経っていないから、誰が重役だとかそういう内部事情が一切わからない。
一応能力者だったみたいだし、そこらへんはちゃんと聞いておいた方が賢明だ。
「あの之人君、ここの幹部っていうか重役っていうか……その、覚えておいた方が良さそうな人とか教えてくれる?教えられる範囲内で良いから。」
そう教えを乞うと、之人君は二つ返事で快く承諾して教えてくれた。
まずはじめに、絶対的な存在である今村家現当主の今村翔華さん。
で、隠居してる手前何も言ってこないけど、ほぼ同等の発言力を持つ彼女の父であり前今村家当主の翔郎さん。
そして今村さんを助け、時に意見する三樞。千鶴さん、涼さん、桂さんの三人からなっていて、なかなか自分達の思うように舵をとれない今村さんに良い印象は持ってないらしい。
その次に権力を有するのが、なんと夏南ちゃん。代々治療とか結界だとか後衛などバックアップ系を輩出してきた篠田家の筆頭だからだそう。ちなみに彼女は森も含めたこの今村所有の敷地全てを護るべく結界を張るという役目を仰せつかっているのだとか。凄すぎて何も言えません。
そしてここでやっと狩人たる之人君と奏季さんが発言権を得る、つまり夏南ちゃんの次に権力を有する、とのこと。もっと上かと思ったと言ったらちょっと遠い目をされた。これ以上何も言うなという雰囲気だったからもう言わないけど。
最後に。明確な位置付けはないけれど、暗である燈織さん。とにかく謎な人物で、情報収集や操作、そして裏の仕事を一手に引き受けるという。使役できるのは現当主のみであるためか、殺されたらたまんないということで、基本的にみんなは表立って当主に逆らおうとはしないみたい。
「まあ、こんなとこかな。」
覚えるべき人間は総勢八人、うち会ったことない人が半数。うん、何とか……なるといいなあ。
「しょっちゅう会うやつなんて学校が一緒の俺とか翔華とか夏南ちゃんぐらいだし、他はだんだんと覚えていくよ。まあ三樞は俺もそんなに会う事ないし、名前だけ覚えとけばどうにかなる。」
さっき会ったばかりで、志信の指導係である奏季さんはその中に含まれていなかったけど……はい、つっこみません。
世の中には言っていいことと悪いことがあって、これはあきらかに後者であると理解しています。
ふと会話が途切れた。
と思ったら、頭の上に感じた暖かな重み。私は、之人君に頭を撫でられていた。
最後に頭を撫でられたのは、確か小学生の低学年の頃だった。
そういったことはあまりしないお父さんが、珍しく撫でてくれたのだ。嬉しいような、くすぐったいような、そんな気持ちになったのを今でも覚えている。
「大丈夫、大丈夫。これでも俺、狩人だからね、守りますとも。」
私が不安になっていると感じたのだろうか。戯けた態度とは裏腹の、甘い言葉と共に素敵な笑顔。
無自覚だよね、そうなんだよね、わかります。
色々あって、私は今村一族になることがほぼ確定した。だから彼としては一族のもの=仲間という意味で私を大切な存在と認識しているがゆえの行為なんだというのはわかってる。
それに、本当に濃い一日で、妖に襲われたのに始まり妖に襲われて終わった。そんな私を元気付けるためかもしれない、とも思う。
「気を遣ってくれてありがとね。」
「いや、良いんだ。」
そして彼は、ゆっくりと私の頭からその手を下ろした。
「風呂上がりでしょ?湯冷めしちゃうし、早く部屋に行って寝ないと。」
何だかお母さんみたいな言い方に、失礼にも笑ってしまうのはご愛嬌。
お母さんなんて知らないけど、こんな感じで心配ゆえのお小言を言いそう。
「笑ってごめんね。なんかお母さんみたいだなって思って。」
「何だそれ。俺って、香住さんのお母さんに似てるの?」
「どうだろ。お母さんがいないから分んないけど、でも一般的に世話焼きの人のことってお母さんにたとえたりするよね。」
「……そうかもね。」
うっかり気遣われるようなことを言っちゃった私が悪いけど、何か心得たようにそう言う之人君は空気の読める人だとわかる。中には読めなかったり読まない人もいるからね。
「部屋まで送るよ。俺もそろそろ行こうと思ってしさ。」
このさりげない感、素晴らしすぎます。
之人君に行こうかと促されて、二人で部屋に戻っていくことにした。
この微妙な空気の重さに、之人君がさっきのことで思うところがあるというのが分かる。うん、ごめん、考え無しについ口走っちゃって。
なので、この空気を打破すべく、私は弁明するべく口を開いた。
「私のお母さん、私を産んですぐ亡くなってるから、だからさっきみたいなこと言っちゃった。」
努めて明るく言ったりはしない。今の状況でそれは、心配を煽るようなものだと思うし。
というわけで、いつもの調子で言うと、彼は俺もと言った。
「……母親がいないんだ。父親は知らないし、いないも同然だな。」
次いで之人君の口から明かされたのは、もともとお母さんは今村の分家の人だったために母子共にこの敷地内に住んでいたこと、そして之人君が覚醒して間もなく姿を消したということ。
そして未だに消息がつかめないという。
「まあ、今村の捜査網に引っかからないあたり、もう生きてはいないかもね。」
事も無げにそう言った彼に、何と言えば良いのだろう。コミュニケーション能力が高かったりボキャブラリーがあれば気の利いたことを言えたのだろうけど、私はそのどちらも芳しくなかった。
それでも何か言おうと口を開き彼の方を見たとき、その背後には見知った部屋の扉。何だかんだと話していたら、もう部屋の前に来ていたのだ。
之人君は扉の前から体をすっとよけた。
「はい、ついた。五時に朝練迎えに来るからね。しっかり寝て疲れを取るように。」
これ以上続ける気はない、と明確に言われたわけではない。でも帰りを促されたのだから、つまりはそういうことなんだろう。
これが、今の私たちの距離なんだと認識した。
私は今村に連なる者になった以上、之人君と接する機会が増えるだろう。それこそこれからの修行とか。
そうである以上、余所余所しい態度も他人行儀な距離感も寂しい。
(いつかは縮まれば良いな。)
なんて心の中で思いつつ、軽い挨拶をして部屋に入って行った。