12話
覚醒している、なんて爆弾発言にどうしていいか分からずに固まっている私。
それってつまりは、そういうことだよね。能力者だったってことだよね。
「気付いてないだろうけど、君の目の色、赤みがかってる。これは能力者の特徴だからすぐわかる。」
いつから、と聞けば、君が起きた時からと言われた。
ということはつまり、あの時からもう之人君にはわかってたんだ。私が覚醒していたって。でも何で覚醒したかわからないし、下手に刺激しないように情報収集をしていたっていうところだろうか。
「あれ?でも之人君は目の色黒いよね。それに、今村さんたちも。」
「うん。まあ、色々説明しなきゃいけないし、歩きながらね。」
そうだ、今は帰宅ーーと言うべきなんだろうーーの途中だった。荷物を取りにいくだけだったから、あんまり遅くなっても心配かける。
之人君の言葉に頷き、彼の横に並んで歩いた。
「まず、能力者は力を使うとき瞳が赤みがかった色になる。でも大抵の奴はそれを隠すんだ。コンタクトが楽でいいけど、訓練して瞳の色が変わらないようにする方法もある。これは妖と戦うのが主な者が殆どしている。」
なるほど、と私が相槌を打つ。
「それで今の君の場合だけど、覚醒して不安定なためか、力孔が開きっ放しで、そこから力がだだ漏れの状態なんだ。だから瞳が赤い。常時力を解放してる状態だから、良くはないよね。」
「それ危ないやつ。」
縋り付くようにして聞いた私の顔は真っ青と言えるくらいに血の気が引いていたと思われる。
悠長に歩きながら話している場合なんかじゃない。
「訓練すれば力孔を閉じれるようになるよ。それまでは、今みたいに開いてる力孔に俺が力を注いで栓をする。」
ああ、黒に戻ったよ、と言われるもそもそも色が変わったとしても何ともなかったから、そうなんだ、ぐらいの感想しかない。色が変化したときに感覚の変化がないからよけいにそう思うのかもしれない。
「訓練ってどれくらいかかるの?」
「人によるから、なんとも。」
これは人によるらしい。覚醒のための訓練よりも個々の性質に応じる、ていうことかな。
「之人君はどれくらいかかった?妖を狩るのがメインだし、訓練したんだよね?」
疑問で聞いてるものの、彼がコンタクト着用ではなく、訓練して瞳の色を変えているという考えが根底に潜んでいる。
「なんか、俺がコンタクト着用者じゃないこと前提じゃない?」
疑問を疑問で返されるとは……。でもそれに対して何か言うよりも、彼の言葉が最もだったので小さく頷くと、やっぱりねと笑われた。
そして彼は、まあいいけど、と続けた。
「俺は訓練したその日、かな。」
初日に、という答えは想定していなかった。
とんだ秀逸な能力を持った人物だ。そんな人が私を教える先生に立候補してくれたなんて、頭が上がりません。というか、同い年なのに差の開きを感じる一方です。
「言ったろ、個人差があるって。俺はたまたま早かったんだよ。ていうか、もういっその事コンタクトにしちゃえば?」
それが出来たらこんなに悩んでない。
私は目に何か入れるのが苦手で、目を洗浄液でパチパチ洗ったりだとか目薬なんて無理だし、コンタクトだなんて以ての外。
「まあ、訓練すればできるようになるよ。君は明日からは覚醒じゃなくて力孔を閉じる訓練をしよう。」
「うん、ありがとう。」
フォローも完璧。全てが完璧とか、もう何も言えない。
若干肩を落としつつ、之人君の隣をとぼとぼ歩いて行った私だった。
そんなこんなで、今村邸につき、当てがわれた自室の前に至る。
「何だかんだでここまで荷物持ってもらって、ありがとうね。」
「そういう役回りだからね。」
思えば、学校で机と椅子を運ぶときもそうだった。
転校生にそんなことさせるなんて、傍から見たら嫌な女だったかも……なんて今更ながらに考える。それも嫌だな。
運べないわけでも持てないわけでもない。うん、今回のも踏まえて善処します。
「さてと、俺はこれから翔華と話してくるよ。今日は色々あったけど、明日からまた大変だろうから、ゆっくり休んで。」
それじゃあ、と言って彼は自室に戻っていった。
引き留める理由なんて全くないし、むしろここにこんな時間に引き留めておく方が気後れするので、私も素直に別れの挨拶をして部屋に入った。
傍らには、それなりの量がある荷物。本来であれば今時分に片付けるなんて、よくないことだと分かってる。分かってるけど、明日からなんだか大変そうな気がするし、また今度なんて先延ばしにすることが目に見えて分かっているから、やっぱり今静かにこっそり片付けることにした。
部屋は八畳の和室。備え付けの押し入れに文机、小さめの冷蔵庫、掛軸がかけられている床の間、ちょっとした旅館みたい。ちなみにテレビは備え付けてない。まあ、談話室にはテレビあったから仲良くそこで見てねということなんだろう。
もちろん、その間にも手を休めることなく、動かしている。黙々と、淡々と、ただひたすらに片付けをする。引っ越しの荷物の梱包って大変なんだろうな、なんて遠い目をして思ってみたり。
そうして頑張った甲斐があって、予想以上に早く片付けが終わった。
押し入れに入っていた布団を広げて、その上に足を伸ばして座って、ぼうっとする。
(多分、之人君、覚醒したこととか今村さんに話してるんだろうな。)
この今村家の当主たる、彼女に。側近にも似た狩人という役についているなら、報告の義務があるんだろう。そして今後の方針も決める、のだと思う。
そして冷静な自分に驚いた。さっきの妖襲来のときも、あの妖が人型をとっていたにもかかわらず、アレは妖だったと最初から認識していた。それに、自分が覚醒した、つまり今村に連なる力を持っているということに対しても、別段取り乱したりしなかった。
冷静というより、順応能力が高いとも言うべきなのかもしれない。
(志信は今頃どうしてるだろ。)
もし、志信が能力者じゃなかったら。そう考えて、私は血の気が引くのを感じた。
私が能力者ゆえに、朝一緒にいた志信が巻き込まれて襲われた。怪我を負わせた。そんな私と今までと同じく幼馴染として付き合っていってくれるのだろうか。常人なら、あんなことはもうごめんだと距離を置くものなんじゃ……。
小さい頃からずっと一緒で、もう兄弟と言っても過言ではないほど近い。その縁が切れる、そう考えると怖い。
残りの五日間、志信が覚醒するかどうかの訓練の期間が、こんなにも長く感じる。
(目の訓練どころじゃないよね。)
はあ、と小さくため息を吐いた時だった。
コンコン
軽いノック音、次いで聞こえたのは夏南ちゃんの声だった。
「夏南です。入ってもいいですか?」
「どうぞ。」
一応居住まいを正してから、呼びかけると、静かにドアが開かれた先には当たり前だけど夏南ちゃんがいた。
その腕にそこそこ膨らんだビニール製のバッグを抱えている。
「どうしたの?」
「初日ですし、説明も兼ねてお風呂のお誘いに来ました。」
ということは、その袋の中身はお風呂セットなんだろう。
裸の付き合いともいうし、女の子同士ゆっくり湯に浸かりながらお話するのも、なんだか合宿気分でいいかもしれない。
「いきませんか?」
「うん。是非。」
用意する間立たせておくのも悪いし、部屋に入って適当に座ってもらう。
その間、私はタオルやら着替えやら、その他バス用品を一緒に持ってきたビニール製の袋に入れていく。もちろん、透明じゃなくて不透明の。
「お待たせしました。」
「いえ、そんなことないです。じゃあ、行きましょうか。」
貴重品類は、一応金庫に入れてて下さい。と言われ、指さされた方を見ると、気にしていなかったからわからなかっただけで、そこにちゃんと金庫があった。
疑ってるわけじゃないけど、まあ念の為ということで、携帯やら財布やらその他もろもろの貴重品類を金庫に入れてしっかりと鍵をしめた。
「では、行きますか。」
丁寧にもお邪魔しました、といって部屋を出て行った夏南ちゃんの後について行く。
もちろん、用意したお風呂セットも忘れずに。
「お風呂って、さっき案内してくれた所だよね?」
大浴場、とまではいかないにしろ、そこそこ大きかった。
身体を洗うところは十箇所あったし、最低でも十人は収容できるはず。
「はい。お風呂の時間が決まっていて、だいたい夜の七時から九時の間です。それ以外の時間は、シャワーのみ使用可能です。」
そういえば、と思い出す。部屋を出るとき時計を見たら、もう九時を過ぎていたような……。
私の考えかわかったのか、夏南ちゃんは、今日は別です、と言ってくれた。
「候補者の人が来た場合、お風呂に入る暇がなかなか取れないので、遅くなるんです。」
つまり、候補者たる私たちが来たことで、今村さん宅の生活サイクルが少々ずれた、ということなんだろう。でもよく考えてみると、候補者として連れてきたのは今村さんたちなんだから、多少は……ねえ?なんて考えてみたり。さすがに図々しくてそんなこと言えないけども。
夏南ちゃんについててくてくと歩き、さきほど案内してもらった大浴場に到着した。
「お好きな篭を選んで使って下さい。洗濯物はそこの洗面台の近くにある篭に入れてて下さい。ただ、急を要する物とか、自分で洗いたい場合はその隣にある洗濯機を使って下さい。」
すぐ洗わないと染みになったりするもの、と考えて真っ先に出るのは女の子には付き物なアレ。つまり、まあ、そういうことなんだろう。
とりあえず、このまま突っ立っててもしょうがないし、お風呂に入ることにした。