10話
私の重たい荷物を持ってくれている之人君。申し訳なく思わない、わけがない。自分の荷物だから自分で持つと言っても、彼は自分が持つよとの一点張り。
どちらも引かずに互いの意見を主張しながら家を出た。
之人君は私に荷物を返す気がないようだし、あんまり声をたてても近所迷惑になるして、このまま持ってもらうことにした。
「そういえば、稽古を重ねないと覚醒ができないみたいなこと言ってたよね。」
今村さんちに行って、初めて通された部屋で、今村さんに志信が尋ね、彼女が応えた。
朝稽古、なんて、思い出したくなかった。
「確かに、言ったね。」
「詳しく教えてもらえない?」
明日説明が有りそうなものだけど、心構えの問題だ。知って臨むのと、知らずに臨むのでは違うと思う。多分。
「詳しく、か。」
カラカラと引きずられてくトランクの車輪の音が二人の間で響く。近所迷惑かもしれないけど、この重いトランクを彼に担がせる勇気は私にはない。
いや、彼はトランクの持ち手を掴んで普通に持って行こうとしてたけども、それなりに距離もあるしせめてもと引きずってもらっている。
「その詳しくってのはどういう意味で?」
大雑把すぎる質問だったらしい。ごめんね。
ということで、詳しくを、詳しく説明することにした。なんだかややこしいな。
「どうして毎回稽古を重ねないと覚醒できないの?というか、それじゃあ覚醒しなかったらずるずると現状維持のままになっちゃうよね。」
覚醒すればいい。でもしなかったら。その場合、覚醒するまで稽古に励むことになる。
前者も嫌だけど、後者はもっと嫌だ。覚醒の素質がないのに、稽古をし続けなくてはいけないんだから。
「その必要はない。」
意外にもばっさり切られました。
「人間の身体には、力が出入りする見えない穴ーー力孔というのがあるんだ。俺たちはここから力を放出して攻撃なりなんなりするんだけど、まあ今はそれはおいとくよ。それで、その力孔を身体の負担にならないように少しずつ開けていって、ある程度開いたら俺が自分の気を流し込んで力を引きずり出す。能力者なら急激に送られた他の力によって覚醒させられる。もし能力者でないなら覚醒なんてしないから、力孔から抜けていく。」
なるほど。力孔を一気に開けるのは身体に負担がかかるから、毎日地道にこつこつとする、と。
今聞いた限りでは、覚醒をだらだら待つ、ということはない。
心配はいらないね。
「特殊なことが無いかぎり、今までは五日くらいで力孔開いていったみたいだよ。」
ということは、五日ほどお世話になるらしい。イコールでその間は朝稽古をするという、ね。
何をさせられるかはわからないけど、そもそも朝に稽古することが憂鬱だ。だって私は、睡眠欲がわりと強くて、寝る時間を削られることをあまり好まないのだから。
「特殊って、やっぱり例外もあったの?」
「ああ、うん。覚醒してから今村に来たっていう人がね。」
そういう例もごく普通にありそうだけど、それは特殊らしい。つまり、覚醒というのは自分ではなかなかできないもので、促されてやっとできるということなのだろう。それっていわゆる強制なんじゃ、なんて考えたのは秘密にしておく。
「之人君も、やっぱり五日かかった?」
素朴な疑問だった。その問いかけに一瞬嫌な顔をするも、之人君は頷いて答えてくれた。
「かかったよ、五日。その時の担当が奏季さんだったんだけど、今思うとよくあの期間を耐えれたよ。五日間マンツーマンで奏季さんととか、ほんと……。」
今の之人君の口ぶりとこの苦々しい表情を見ると、何となく察せられる。そんなに奏季さんが苦手なんだろうか。何だかんだで世話好きな良いお兄さんだと思うのに。
これ以上思い出したくないのか、之人君は細く長いため息を吐いた後に、この話題はお終い、と締めくくった。
彼にとって、この話題はある意味禁句なのかもしれない、と学んだ。これから数日お世話になるわけだし、気を付けよう。
「あ、ねえ、之人君。稽古についてはよく分かった……と、思うんだけど、それを受けたからといって力が無ければ覚醒はしないんだよね。今までそういう、つまりここに来たものの力が無くて帰されたって人はいるの?」
ちょっと期待を込めた瞳で問いかけるも、彼は苦笑していた。
「極稀にね。君と清田みたいに複数でいたからわからず連れて来たけど、一人は能力者じゃなくて帰ったっていう事例もあった。」
今村としては、能力者が二人と思いきや実際は一人だったんだから、それなりに落胆したのは想像に難くない。
私はどうなんだろう。能力者なのか、そうじゃないのか。正直、今村の人間として何かしている自分のビジョンが見えない。自分がそうだなんて、あり得ないと思っている。でもどちらかが能力者という今村に連なる人間となって、今までと同じような関係ではいられなくなるのはわかる。それは寂しい。
同じような境遇で今までここにきた人達もやっぱり悩んだりしたんだろうか。
「質問攻めでごめんね。之人君は、能力者になるのって嫌じゃなかった?それで自分が能力者だって分かったときはどうだった?」
妙に思い詰めた私の雰囲気を感じ取ったのか、にこにことした笑いを消して、真面目な顔つきになっていた。
「嫌じゃなかった。覚醒しても特に何も思わなかったし、狩人になった時も何の感慨もなかったよ。こうして改めて考えると、子どもらしくない子どもだったな。」
淡々と、ただ事実を述べて行くように話す之人君に、なんと言っていいかわからない。
いつ覚醒して狩人になったかはわからないけど、それなりに幼い頃なんだろう。それに対してそれなりに年を重ねてきた年齢である私がぐずぐずとしているのは見苦しいと思ったんじゃないのかーーと考えてみるけど、それは憶測の域でしかない。
「私はまだ能力者だって決まったわけじゃないのに色々と考えちゃう。」
「そんなもんじゃない?今までの自分と一変するかもしれない不安とか恐怖とかがあって、そういう風に感じたりするものなんだよね。」
香住さんみたいに、と之人君は最後に付け加えた。
能力者であること狩人であることをすんなりと受け入れられただからなのか、今の言葉に少し距離感を感じてしまった。
「不安とか恐怖、顔に出てたかなあ。」
「特殊な状況だし、あんまり喋らない君が妙に饒舌だったからね。」
確かに口数か増えていたような気がする。うんうん唸って考えてる私を見て、之人君は小さく笑っていたと思ったら、急に止まったので、私もつい止まってしまった。之人君を見ると、先程とは一変して無表情となっている。
「どうしたの?」
「来る。絶対俺のそばから離れないで。」
硬い声でそう言われて緊張が走る。持ってくれていた荷物を一言告げてから下に置いて身構えた之人君。
そして、
「上か!」
上から一体の妖がその鋭い爪を振りかざして、私たちめがけて降ってきた。