03 お揃いのスカーフ(2)
「おはようございます。この子たちは……」
二人との関係をどう表現したものか迷って二人に視線を向けた。
ルディもユユちゃんも、ジュドさんの鋭い視線を受けて硬直している。いい人なんだけど、顔が怖いんだよね。
小さい頃からお隣さんで見慣れてるはずの私も、いまだにちょっと怖い。
「ヴ、ヴー……」
ユユちゃんが荷台のへりに手をかけて低い声で唸る。でもユユちゃんにしては低い声っていうだけで、あまり怖くない。むしろ可愛い。
さっきまで高く上がっていたはずのユユちゃんの尻尾は、下向きにくるんと丸まって、先っぽはお腹にくっついている。
ルディは荷車を引いていた体勢そのままでまだ固まっているけれど、ユユちゃんと同じく尻尾が下を向いていた。
「この子たちは、その、新しい家族です」
そう口にしてから、ちょっとドキドキした。ほんとかな。今の発言を聞いて二人はどう思っただろう。
慌てて「二人がいてくれるかはわからないけど」と言い訳のように付け足した。
「そうか。これ持ってろ」
「え?」
ジュドさんが持っていた筒状の紙を私に押し付けてくる。何かの図面のようだった。
ジュドさんは腰に下げた工具だらけの作業バッグからメジャーを取り出すと、膝をついてルディの身長を測り始めた。
そんなもの測ってどうするんだろう。
ルディの足の長さや胴まわり、荷車との距離をひととおり測り終えると、ジュドさんは私の持っていた紙の筒を取り上げた。
「行っていいぞ」
「あっ、はい」
何だったんだろう。
ジュドさんが商業ギルドに入っていくのを眺めながら、首を傾げる。
「キュウ……」
ユユちゃんが何かを訴えるように鳴いたので、抱き上げてみた。すると下がっていた尻尾がぱっと持ち上がって揺れ始める。
しばらくユユちゃんをなでてから、荷台に戻す。
今度はルディが私を見上げてきた。
「ガウッ、ガーウ?」
「え、何??」
狼の姿のときも人間の言葉を話してくれたら意思疎通が楽なんだけどな。
「いったん家に荷物を置いて、それから買い物に行こうか」
「わふっ」
……いいよってこと?
解釈に迷ったけれど、ルディが無言で荷車を引き始めた。
一度家に寄って荷車を置き、また外に出る。向かう先は雑貨屋だ。
「いらっしゃい、アーヤ。今日は買い物? 姉ちゃんならまだ帰ってきてないよ」
雑貨屋の奥に座っていたのはトットくんだった。この家の子供で、私より三つ下。彼はよくお店を手伝っている。
私はトットくんのお姉ちゃんのロッティとは同い年で仲良しだ。でもロッティはお父さんの仕入れにくっついて町を出ていることが多い。
「今日は買い物だよ。その前に、この子たちを連れて入ってもいい?」
「ま、いーんじゃね? で、何買うの?」
だいぶ適当に言ってる風だけど、いいのかなあ。
陳列されている商品を眺めながら奥に向かう。ユユちゃんはウロウロと店内を見回っているけれど、ルディは入り口のところで大人しく座った。
「この子たちが身につけられるアクセサリーが欲しいと思って。何かないかな?」
「そりゃあいいところに来た。俺、今度アーヤが来たら見てもらおうと思ってた商品があるんだよね」
にやっと笑ったトットくんは、住居に繋がる扉を開けて入っていく。トットくんは私が店に来るといつも何かしらの商品を提案してくれるので、いつもどおりの光景だ。
戻ってきたトットくんが見せてくれたのは、オレンジ色のスカーフだった。
「このスカーフ、アーヤの目の色と同じだろ? アーヤに似合うと思うんだよね。三枚買ってお揃いで首に巻くのはどう? 予備にもう一セット買うのもいいんじゃないかな」
「うーん、六枚は多いかな……」
今日も商魂たくましい。
苦笑いを返し、差し出されたスカーフを一枚受け取った。薄手で軽いし、悪くないかも。
「キャン!」
ユユちゃんが激しく尻尾を振りながら、私の足に何度も飛びついてくる。
「これが欲しいの?」
「キャウキャウキャウ!」
何を言っているかはわからないけど、尻尾を振っているし、喜んでるのかな。
ルディはどうだろう。振り返ると、ルディは入り口のところで座った姿勢のまま動いていなかった。尻尾がためらいがちにぱたん、ぱたんと揺れる。うん、わからない。
「ルディも一緒に着けてくれる?」
そう声をかけると、びくっと体を縮こまらせてから、ルディが一度だけ頷いた。ユユちゃんとルディの反応が不思議だけれど、家に帰ってから聞くしかないかな。
「ありがとう、また来てねー!」
トットくんから三枚のスカーフを買って、ユユちゃんとルディと私の首に巻く。ユユちゃんは動き回るから巻くのが大変だったけれど、ルディは鼻先を天井にまっすぐ向けてすんなり巻かせてくれた。
帰り道ではユユちゃんが最高に上機嫌で、ユユちゃんはオレンジ色が好きなのかなあと、私はまた首を傾げたのだった。
◇
ユユちゃんが湯浴みをしている間にルディと食事の用意をしよう。ルディを誘ってキッチンに立ったら、ルディがためらいがちに聞いてきた。
「あーやん、あのさ、その……このスカーフってどういう意図で買うてくれたん?」
「え? それは、野良犬に見えないようにって……ごめんね、嫌だった? 嫌だったら、外してくれてもいいよ」
そう返せば、ルディは「せやんな! そういうことやんな!」となぜか耳まで赤くなって、長い息を吐きながらその場にしゃがみこんだ。
「びっくりした……愛の告白されたんかと思うたわ……」
「なんで!?」
うっかり包丁を落としそうになり、慌ててまな板の上に置く。ルディはゆっくり立ち上がって、首の後ろに手を当てた。まだちょっと顔が赤い。
「オレらにとってはな、目とか髪とか、身体のどこかにある色と同じ色のアクセサリーを揃いで持つのは意味があるんよ。家族なろう、っていう」
「それは――もしかしてプロポーズってこと?」
「そう」
結婚指輪みたいなものってこと!?
心臓が大きく跳ねて、顔が熱くなったのを自覚した。固まってしまった私に、ルディが慌てて両手を胸の前で振る。
「いやっ、あーやんにそういう意図がないのはちゃんとわかったし、ユユには俺から話しとくから!」
「あ、えっと、うん……」
生返事しか返せず、言葉に詰まる。プロポーズなんて、そんな意図はなかった。そんな意図はなかったけど。
ルディも一緒に着けてくれるかって聞いた私に、ルディが頷いてくれたのは――どういうことっ!?
気になったけれど、
「あーやん、お兄! 今日のごはん何?」
明るい声がキッチンに帰ってきて、尋ねるチャンスを失った。