03 お揃いのスカーフ(1)
ユユちゃんを抱っこしたまま眠って、気がついたら朝だった。
「ごっ、ごめんね! 重かったよね」
慌ててルディから離れると、ルディはゆっくり起き上がって体を震わせた。「ガウ」と吠えられても何を言われたかはわからない。
ユユちゃんが私の顔をぺろりと舐める。朝の挨拶かな?
ユユちゃんを床に降ろすとユユちゃんもふるふると毛を震わせた。
座って眠ったから体が痛い。でも久しぶりにぐっすり眠れたおかげで、昨日より頭はスッキリした。体調も昨日よりいいかも。
大きく伸びをすると、自分の服をくわえたルディが私の背中を鼻で押した。
「着替える? ごめん、すぐ出てくね」
慌てて廊下に出て扉を閉める。
途端にお腹が鳴ったので、私は先にキッチンで食事の用意をすることにした。
◇
「あーやん、今日は何すんの? うち、今日もお手伝いする!」
ユユちゃんは昨夜泣いていたのが嘘みたいに元気だ。パンも昨日余ったシチューもたくさん食べたし、眩しいくらいの笑顔で見上げてくる。
近寄ってきた白い頭をなでると、ユユちゃんは顔をほころばせて私の手に頭を押し付けてきた。そんなユユちゃんを見ていると私の口元もついゆるんでしまう。
「今日は昨日作ったポーションを納品に行くよ。すぐ戻るから、待っててくれる?」
「えーっ、うちも行きたい!」
不満げな顔になるユユちゃん。
ルディも「重いやろ、オレが運ぶわ」と私を見た。
「大丈夫だよ。小さな荷車を使うから」
「荷車もオレが引くって。昨日二回もふらついとったやん。無理せんとき」
「でも……」
ルディが心配してくれているのはわかる。
でも依頼元の商業ギルドに行くには大通りをまっすぐ行かなきゃならない。
ユユちゃん一人を連れて行くのも目立つけど、ルディと並んで歩いたら、それは誰かと聞いてくる人が何人かいそうだ。それに男の人を一人暮らしの家に上げてるなんてサナさんたちに知られたらすごく心配をされそうだ。
「うーん、やっぱり一人で――あ。二人が犬の姿ならいいかな?」
「オレら、犬と違て狼なんやけど……」
「えっ、そうなの!?」
可愛いから犬だと思っていた。あれ、でも犬と狼って何が違うんだろう?
疑問はさておき、二人には犬――違った、狼の姿で一緒に来てもらうことで折り合った。
昨日作ったポーションを入れた木箱と、依頼を受けたときに渡された発注書を荷車に乗せる。うちにある小さな荷車は、私やおばあちゃんても引けるようにと、ジュドさんが作ってくれたものだ。
それでも狼の姿になったルディには大きい。荷車の持ち手をぐっと下げ、持ち手を胸で押すことで動かしてくれている。でも荷台がだいぶ斜めになっているし、安定感がない。
「ねえ、大丈夫? やっぱり私が引こうか?」
何度か声をかけてみたけれど、そのたびにルディは首を横に振った。
ユユちゃんは荷台の上で、あっちをキョロキョロこっちをキョロキョロ。尻尾が元気よく揺れている。
商業ギルドの前では受付のリリーさんが掃き掃除をしていた。
リリーさんはスタイルが良くて美人で、しかもすっごく優しい上に仕事もできる。男の人によくモテるらしいけれど、私にとっても憧れの〝大人の女性〟だ。
リリーさんが私に気がついて手を振ってくれる。私も軽く手を振り返して、リリーさんの前で立ち止まった。
「おはようございます、リリーさん。商品を持ってきたんですけど、この子たちは中に入っても構いませんか?」
「おはよう、アーヤちゃん。この子たちは……運び屋さん?」
リリーさんがルディとユユちゃんに目を向けて、ちょっとだけ困った顔をする。
ルディは荷台を停めて、ピシッとおすわりをした。いい子アピールかな? ユユちゃんもルディの真似なのか、おすわりの体勢で尻尾だけ振っている。
「大人しい子たちみたいだし、いいわ。どうぞ」
リリーさんが扉を開けてくれる。ルディが荷車を押して入っていくのを後ろから追いかけた。
商業ギルドの中には誰もいなかった。奥のカウンターも、商談用のボックス席も空っぽだ。
商業ギルドは商いをしている人達の組合だけど、それだけじゃない。私たち薬師の免許の認定や大工さんの仕事の受発注など、幅広い職業の支援をしてくれる場所だ。
だから大体いつも誰かいる。今日みたいに無人なのは珍しい。
「これ、ご依頼いただいた初級ポーション十個です。確認をお願いします」
「依頼の納期なら延ばすわよって言ったのに。アーヤちゃんは真面目ねえ」
「えっ」
納期を延ばしてもらう話なんてしたっけ? おばあちゃんが息を引き取ったあと、リリーさんが一度うちまで来てくれたことは覚えているけれど……何を話したのかまでは思い出せなかった。
「すみません、ぼうっとしてたみたいで……」
「いいのよ。仕方ないわ。さて、鑑定させてもらうわね」
持ってきた発注書とポーションを渡すと、リリーさんがその場で一つ一つチェックしてから一枚の書類を私に差し出した。
「Dランクが八個と、Cランクかニ個ね」
書類には納品したポーションのランクごとの個数と買取価格が記載されている。サインして返すと、ポーションの代金を渡された。
「アーヤちゃん、こんなときに悪いんだけど、追加で下級ポーションをニ十個頼めないかしら」
「はい、大丈夫です。この子たちの食費も稼ぎたいし。納期はいつですか?」
「一週間後よ。じゃあお願いするわね」
「はい」
リリーさんはにっこり笑って、新しい発注書を渡してくれた。
それからちらっとルディたちのほうを見て、私に顔を寄せてくる。ふわりといい香りがして少しドキドキした。
「口をだすのもどうかとは思ったんだけど……もしその子たちを飼う気なら、首輪をつけたほうがいいんじゃないかしら。そのままじゃ野良犬と間違われかねないし」
「えっ、うっ、うーん」
首輪は嫌だなあ。それにもし首輪を二人につけてもらったとすると、人間に戻ったら全裸に首輪だけはめた状態になるわけで――なんだかイケナイ雰囲気になりそうだ!
「考えてみます……」
想像しかけたのを慌てて振り払い、愛想笑いでごまかした。何か考えよう、首輪以外で。
ルディがどことなく不安そうな顔で見上げてくる。うう、視線がちょっと痛い。
「ところで、ついでに何か買っていく?」
「ポーションを詰める瓶をニ十個ください。それから、また薬草を見せていただいていいですか?」
「いいわよ。勉強熱心ね」
リリーさんが薬草を二つ、奥から出してきてくれた。普通の品質の薬草と、品質の良い薬草を一つづつ。
ポーションの品質は材料の品質に左右されるので、できるだけ品質の良い薬草を選んで使いたい。でも薬草の質を見分けるのはなかなか難しい。
商業ギルドに寄ったときはできるだけ比較させてもらうことにしていた。
ルディが鼻を寄せてきたので、「こっちが普通の品質の薬草で、こっちが質のいいやつだよ」と説明してみる。わかるかな。
「ありがとうございました。またお願いします」
「ええ、いつでもどうぞ。アーヤちゃんがポーションの品質を上げてくれたら、私たちも助かるもの」
「えっと、頑張ります」
「頑張りすぎない程度にね」
「はい」
購入した瓶を荷台に乗せ、リリーさん挨拶をしてから外に出る。
すると、
「ん? オメー、そのワン公どうした?」
「えっ」
大きな紙を丸めた棒状のものを抱えたジュドさんとばったり会った。