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02. 眠れぬ夜は、毛皮を抱いて(2)

 サナさんが持ってきてくれた大きな鍋いっぱいのシチューには、減った形跡がなかった。

 作りすぎちゃったからお裾分けなのかと思ったけど、たぶん違う。最初から私のために作ってくれたんだと思う。


 食材もたくさん買ってきてくれたサナさんたちは、食材の代金も受け取ってくれなかった。

 なんとか払おうとしたんだけど、ジュドさんに「おめーは俺たちがそんな代金も払えないほど貧乏だとでも思ってんのか」と睨まれてしまって、迫力に負けた。

 サナさんはにこにこしてたから、ジュドさんの言葉も表情も照れ隠しなのはわかってる。でも、わかっていてもジュドさんの睨みは怖い。

 後で何かお礼をしなくちゃ。


「お(にい)、おかわりっ!」


 シチューとパンを勢いよく平らげたユユちゃんが、お皿を高く掲げた。口の回りにはパンくずやシチューがたっぷりついているし、大きな宝石みたいな目が輝きを増している。

 気に入ってもらえたみたいでよかった。私もサナさんのシチューは大好きだから、共感してもらえたみたいで嬉しい。


「もー、あんま食べすぎるとお腹壊すで」


 あきれたようなことを言っているルディも、ユユちゃんを見て表情がゆるんでいる。

 まだ二人に出会ってから半日くらいしか経っていないけど、ルディがユユちゃんを大事にしてることは見てればわかる。ユユちゃんがすこし危なっかしい手つきで私を手伝ってくれるのを、ルディは時々手を出しながら見守っていた。


「そうだ、今日の夜は私の隣の部屋を使ってくれていいよ。私の部屋以外で寝られる場所、そこしかないし」


 おばあちゃんが使っていた部屋を使ってもらうのに抵抗がないわけじゃない。でもベッドは私の部屋とおばあちゃんの部屋、一つずつしかない。

 ルディとユユちゃんは顔を見合わせてから、また私に向き直る。


「ほんまに泊まっていってええの? さっき見たと思うけど、オレらはその……あーやんとは違うで?」


 ルディにそう問われ、私は二人から視線を外した。二人が犬の姿に変わったことを指して質問されていることはわかるけど、


「ごめん、まだ頭の整理がついてないの。でも、二人が嫌でないなら、今日は泊まっていってくれたら嬉しいな」


 としか言えなかった。


「じゃあ、うち泊まる!」


 満面の笑みでユユちゃんが立ち上がると、ルディはユユちゃんをちらっと見てから「雨風しのがしてもらえるのは正直助かるわ。ありがとうな」と頭を下げる。そのことに思った以上にほっとした自分にびっくりした。


 今日は二人と出会って、仕事もして、ご飯もたくさん食べた。

 これだけ疲れてお腹が膨れれば、久しぶりにぐっすり眠れる気がする。


 ――と、期待したけど甘かった。


 自室のベッドに転がっても、目が冴えてしまって眠気がやってこない。

 真っ暗な部屋、冷えていく空気。毛布をしっかり被っているのに、なぜだか寒く感じる。

 静かで、静かすぎて、また独りぼっちになったみたいで。


 ルディとユユちゃんはもう寝たのかな。壁に目を向けてみても話し声は聞こえない。

 二人とも勝手にいなくなるタイプではなさそうだし、寝ていたら何も聞こえてこなくて当たり前だ。頭ではわかってるのにどうしようもなく不安になってしまって、私はベッドを抜け出した。


 隣の部屋の前で、静かに扉をノックしてみる。返事はない。

 そおっと戸を開けるとランプの薄明かりの中、床に大きな白い犬が寝そべっているのが見えた。ルディは目を閉じていて動かない。ベッドを使っていいと言ったのに、ベッドには何かが乗った跡すらなかった。


 ユユちゃんはどこにいるんだろう?

 部屋を見回してみたけれど、ユユちゃんの服が床に放置されているだけで、白い子犬は見当たらない。

 でもルディがユユちゃんを一人にするわけはないだろうし、私の位置から見えないだけで部屋のどこかにはいるんだろう。


 ほっと息をつき、扉をできるだけ静かに閉めようと手を伸ばした瞬間、鼻をすするような音と、か細い鳴き声がした。

 その音はルディの寝ているあたりから聞こえたけれど、ルディはやっぱり目を閉じているし動いてもいない。


「入ってもいい……?」


 少し迷ったけれど、聞こえなかったふりもできなかった。

 足音をあまり立てないように近づいてみると、ルディの影でユユちゃんが小さく丸まっていた。ユユちゃんの前足はルディの尻尾を抱くように閉じられている。

 うっすら開いた目からぽろぽろと涙をこぼしているのを見て、胸が締めつけられた。ずっと元気に振る舞っていたのは、無理してたんだろうか。


 両膝をついてユユちゃんの頭をなでてみる。柔らかい毛がふわふわで、あったかい。

ユユちゃんは私の手に頭をこすりつけながら、ぴくぴく耳を動かした。

 ゆっくり起き上がったユユちゃんが、私の膝に乗る。後ろ足で私の太ももを蹴って飛び上がったユユちゃんを抱きとめると、温かくて小さな体が震えていた。


「……さみしいよね」


 私も、一人じゃさみしいよ。


「眠くなるまで一緒にいてもいい?」


 ユユちゃんが何度も頷いてくれたから、私はその場に腰を下ろす。

 途端にルディがゆっくり起き上がったからびっくりした。目を閉じて動かないから寝てると思ったのに。

 ルディは私の後ろに回ってくると、私の背中に体をぴったりくっつけて寝そべった。そして大きなあくびをしたかと思うと、また目を閉じて動かなくなる。

 ルディの大きな体はあったかくて、毛もふわふわ。こう言っちゃなんだけど、大きなクッションみたい。


 しばらくユユちゃんの背をとんとん叩いていたら、ユユちゃんの息づかいが変わってきた。目も閉じたし、私の腕に乗せた前足からも力が抜けている。

 おやすみ、ユユちゃん。


 前後を体温の高い犬に挟まれているせいか、私の体もぽかぽかしてきた。

 ぽす、と頭をルディの背に乗せると、急にまぶたが重くなってきた。


 ――あ、だめ、ちゃんと部屋に戻らなきゃ……。


 でも、二人のぬくもりややわらかさ、ふわふわの毛に包まれていると、このまま目を閉じてしまいたいという誘惑も強くて。

 私はつい、座った体勢のまま眠りに落ちてしまったのだった。



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