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01. はじめまして、獣人さん(3)

 玄関を開けると、立っていたのは隣に住むサナさんだった。おばあちゃんと仲がよくて、時々うちに来てくれていた人。

 いつもならサナさん一人なのに、今日はジュドさんも一緒だった。


「こんにちは。どうかしましたか?」


 私を見て、サナさんは一瞬目を丸くする。さっきまで泣いていたから、ひどい顔でもしてるのかな。確かにまだ瞼が熱をもっているのは自分でもわかる。

 サナさんはすぐにいつもの笑顔になって、両手を腰に当てた。


「大した用じゃないんだよう。うちでシチューをたくさん作ったんだけど、食べに来ないかい?」

「ありがとうございます。でも、今ちょうどスープを飲んだばかりだから……」


 私の部屋にいる兄妹を置いて出られない、とは言えずにとっさに嘘をついた。少し後ろめたい。

 でもサナさんは、なぜだかとびっきりの笑顔になって「そうかいそうかい!」と手を叩いた。


「食べたばっかじゃしょうがないね。それならシチューは後で持ってくるから、夜に食べな」


 そんなの悪いからいいよと遠慮しかけて、口をつぐむ。

 サナさんの美味しいシチュー、あの兄妹なら喜んで食べるかな?

 ここのところ閉じこもっていたから、家に食べられるものなんてほとんどないし、晩ごはんはどうにかしなきゃ。

 少し迷ってから、今回はサナさんの好意に甘えることにした。


「はい。ありがとうございます」

「ご近所のよしみさあ! 気にすることないよ」


 やっぱりサナさんは、ニコニコしていつもより機嫌がいい。

 その後ろで、私たちを眺めていたジュドさんがぼそっと呟いた。


「なんでえ。元気じゃねえか」


 ぶすっとした顔のジュドさんが、サナさんに目を向けて頭をかく。


「お前は心配しすぎなんだよ。何が『倒れてたら運ばなきゃならないから一緒に来ておくれ』だ。仕事は山積みだってのに……」

「あんた! 余計なことお言いでないよ!」


 サナさんが慌てた顔でおじさんを振り返る。そういえばジュドさんは平日の日中はいつも町のどこかで大工仕事をしている。

 わざわざ仕事を休んで来てくれたのかな。


「あの、ごめんなさい」


 ジュドさんに向かって頭を下げると、ジュドさんは気まずそうな顔でそっぽを向いた。


「いやその……なんだ。仕事っつーのは、たまには休むもんだ。なあ」

「その台詞、いつものあんたに聞かせてやりたいねえ」

「うるせえや」


 サナさんはケラケラ笑ってから、私に向き直った。


「キッチンに食材はあるかい? パンは?」

「あ……いえ、後で買い物に出ないと」


 男の人が『肉は変な匂いがした』と言っていたからもうだめなんだろう。野菜もしなびていたらしいし、パンもない。

 でも受けている仕事の納期も明日だ。早く取りかからないと終わらない。

 サナさんが自分の胸をどんと叩いた。


「買い物なら任せときな。ちょうど荷物持ちもいるしね」

「誰が荷物持ちだ」

「あんただよ」

「知ってるよ。……ったく、さっさと行くぞ」


 早足で行ってしまったジュドさんをちらっと見てから、サナさんが私にまた笑顔を向けてくる。


「たくさん買ってくるから、あんたは水浴びでもして待ってな」

「でも、買い物くらい自分で行きます」

「気にしない気にしない。あの人あんな口ぶりだけど、あんたの家の明かりを何度も気にしてたんだ。内心何かしたくてしょうがないんだから、行かせてやってくんなよ」


 ジュドさんに目を向けると、ジュドさんは曲がり角のところで腕を組んでこちらを見ていた。片足のつま先がせわしなく土を叩いている。ここで押し問答をしていたら、ジュドさんの機嫌が悪くなりそうだ。


「じゃあ……お願いします。できたらちょっと多めに」

「あいよ、任せときな――ああそうだ、戸締まりはちゃんとするんだよ」


 サナさんは、たまに町をうろついてた野良犬を警備兵が捕まえてくれたばかりなのに、また別の犬が町に入り込んだのだと教えてくれた。

 私は見かけたことはないけれど、そういえば町の人たちが犬について話しているのを聞いたことがある。

 見慣れない容姿の二人組が人探しをしているという話も聞かされて、ちょっとドキッとした。その二人が今うちにいるって言ったら、余計な心配をかけそうだ。


 サナおばさんが早足で遠ざかっていくのをしばらく見送ってから、玄関の戸を閉める。

 そういえば湯浴みをしばらくしていない。

 におうかな。


 肘を鼻に近づけてかいでみたけれど、自分ではわからない。あの兄妹も粉まみれだし、順番に水浴びしてから仕事にしようか。

 そんなことを考えながら部屋に戻ると、さっきまでいたはずの二人の姿がなく、代わりに粉まみれの大きな白い毛玉が床に転がっていた。


「えっ」


 毛玉に見えたものは、よく見ると二匹の犬だった。一匹は大きくて、立ったら私のお尻くらいまでありそう。もう一匹は簡単に抱き上げられそうな小さい犬だ。まだ子犬かな。

 二匹とも白くて長い毛を粉まみれにして、薄い布の上ですぴすぴと気持ちよさそうな寝息を立てている。


 サナおばさんが言っていた『町に入り込んだ犬』ってこの子たちのこと?

 どうして私の部屋で犬が寝ているんだろう? それに、さっきの兄妹はどこにいったの?

 っていうか、子犬はともかくこんな大きな犬、私じゃ持ち上げられそうにないしどうしよう……。

 ひとまず静かに扉を閉めようとしたら、小さいほうの犬がぱちっと目を開けた。


「あ、えっと、こんにちは……」


 刺激しないように静かに声をかけてみる。子犬はぼんやりと自分と、一緒に寝ていた大きな犬を順に眺めて――


「キャン!」


 と、高い鳴き声を上げた。その拍子に大きな犬も目を開けて、「ギャワン!」と飛び上がる。

 二匹の犬は慌てた様子で部屋の中を駆け回って、それから床に敷かれていた布でそれぞれ足を滑らせて転んでしまった。

 何だろう。これと同じような光景を、さっきも見た。


 よく見れば犬が敷いていた薄い布はさっき兄妹が着ていた服だ。下着らしきものも見える。毛色はさっきの兄妹の髪と同じだし、粉まみれなのも二人と同じ。

 ということは、いやいや、そんなまさか――


「キャンキャンキャン! キャウキャウ!!」


 何を言っているのかわからないけど、子犬が大きな犬に向かって吠え立てている。大きな犬は、身体を縮こまらせてしゅんとしていた。

 やっぱり二匹の印象がさっきの兄妹と重なる。


「えっと……ユユ、ちゃん……?」


 おそるおそる聞いてみると、白い子犬は私を見上げてから、その場でぴょんと宙返りをした。すると子犬が一瞬で人間の、ユユちゃんの姿になる。

 ただ困ったことに、その姿は全裸だった。


「私っ、廊下で待ってるね!」


 同性のユユちゃんはともかく、男の人が人間になる瞬間は見ちゃだめだ。

 慌てて廊下に出て扉を閉め、混乱した頭を押さえながらずるずるとその場に座り込んだのだった。


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