01. はじめまして、獣人さん(2)
目を開けると、浅黒い肌をした女の子が私を見つめていた。キッチンで見た時ほど粉まみれではないけれど、まだ肌にも服にも小麦粉が貼りついている。
「あ、起きた。あんた、顔真っ白やけど大丈夫? どっか痛いとこない?」
宝石みたいにキラキラした瞳がなぜだか眩しくて、目をそらす。
私の部屋の、ベッドの上だ。この女の子が自分より大きな私を運べるはずがないだろうから、男の人が運んでくれたのかな。
ということは、このぐちゃぐちゃの部屋を見られたってことだ。ちょっと恥ずかし――いや、いいか。どうでも。
「あなたに比べたら、私の肌なんて最初から白いよ。痛みも……うん、なさそう」
体を起こして、床に膝をついて私の顔を覗き込んでくる女の子にそう返すと、女の子が明るく笑った。
「今な、お兄がスープ作ってくれてんねん。食べられる? お兄はめっちゃヘタレでダメダメやけど、料理の腕だけは悪うないで」
お兄さんをけなすようなことを口にしているけれど、女の子は得意気な表情で胸を張っている。自慢のお兄さんなのかな?
かと思えばすぐにしゅんとした顔つきになって肩を落とした。
「でもな、あんな、うちらめっちゃお腹空いててな、カゴに入ってた茶色くって固いやつ、全部食べてしもてん……ごめんな」
茶色くて固いやつって何だろう? キッチンにそんなもの、あったっけ?
思い返してみて、そういえば昨日の朝に隣のサナさんがパンを持ってきてくれたことを思い出した。
少しくらい何か食べなさいって言われたんだ。食欲がわかなくて放置していたから、固くなっちゃったのかな。
「いいよ、どうせ食べなかったものだし」
「ほんま? 固かったけど、あれめっちゃおいしいな!」
この子はパンを知らないんだろうか? このあたりでは毎日食べるような主食なのに。
肌の色も髪の色も見たことがないものだから、遠い国から来た子なのかな。話し方も独特だし。旅人さんかな?
キイと音を立てて扉が開く。
いい匂いが流れてきて私の顔もそちらを向いた。
女の子がぴょこんと立ち上がり、顔を覗かせた男の人に駆け寄っていく。男の人もやっぱりまだ小麦粉を体や服にたくさんつけている。
男の人はキョロキョロと部屋を見回してから、ベッドまで歩いてきた。
たぶん持ってきたトレイの置き場所を探してくれたんだろうけど、あいにく私の机は本と紙が積み上がっている。
男の人はトレイを床に置くと、首を傾げた。
「起きられそう? スープ作ってみてん。置いてあった肉は変な匂いしたから、ちょっとしなびた野菜だけやけど。食べられる?」
「うん……」
上半身を起こすと、やっぱりちょっとふらついた。
男の人が手渡してくれた器はちょっと熱かったけれど、持てないほどでもない。
白い湯気が顔にかかって、少し暖かい。いい匂い。
ずっと食欲はなかったし、今も空腹なんて感じないけれど、二人が送ってくる熱視線に負けて、一すくいのスープを口にした。
「……おいしい」
普段食べていた料理よりずっと薄味だし、中の野菜は確かにしなびていたようで、根菜の中に隙間が空いている。
なのにすごく温かいものが喉から身体の中に流れていく感覚に、懐かしさを覚えた。
「な? おいしいやろ?」
顔を輝かせた女の子の姿がすぐに滲んで見えなくなる。
目が熱い。胸が痛い。
「えっえっ、どないしたん? まずかった? 口に合わんかったら、無理に食べんでもええよ?」
男の人が空中で手をおろおろと動かしている。
そうじゃないよって言わなきゃいけなかったのに、声が出なくて、私は首を横に振ることしかできなかった。
どうしてだろう。
全然違う味なのに、おばあちゃんとのあたたかい食事を思い出してしまって、涙が止まらない。
何も話せずに泣きじゃくる私の横で、二人が顔を見合わせた。
「と、とりあえず、スープは床に下ろそか」
男の人が私の手にあった食器を取り上げる。
「えっと、えっとな、えっと……」
女の子がおそるおそるといった手つきで私の頭をゆっくりなでる。男の人も私の背をさすってくれた。
またおばあちゃんのことを思い出して涙があふれたけれど、二人とも何も言わずにそのまま手を動かし続けた。
ひとしきり泣いて落ち着いてから、二人に話を聞いてもらった。
幼い頃に両親を亡くして、この店で薬師をしていたおばあちゃんが私を育ててくれたこと。
そのおばあちゃんも四日前に死んで、一人になってしまったこと。
「そっかあ、あんたも家族を亡くしたばっかりやったんやなあ」
男の人の呟きに顔を上げる。
……〝も〟?
首を傾げると、俯いた女の子が私の手をぎゅうと握った。
「うちら、お父と三人で森で暮しとってん。でも、〝狩り〟に出てったお父が、もう一週間も帰ってこんのや……」
「えっ、でも、帰ってこないだけなら、死んだとは限らないんじゃない?」
女の子が何度も首を横に振る。
「森中探し回ったけど、どこにもおらんのや。町に来てみたんやけど、誰に聞いてもうちらみたいな見た目の人間は見たこともないって言う」
「そっか……」
「それに、お父はいつも言うとった。『狩りは何が起こるかわからんから、三日経っても帰ってこんかったら、お父は死んだと思って二人で生きろ』って。せやから、うち、うち、お兄と……」
女の子の声が揺れ始め、少しずつ小さくなっていく。言葉が止まったかと思うと、ボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。
「ユユ、おいで」
男の人が静かな声でそう言うと、女の子が男のひとの腰にしがみついた。何度もしゃくりあげる、小さな肩が震えてる。
ユユちゃん、でいいのかな。
自分もお父さんを失ったばかりで辛いのに、さっきはずっと私の頭をなでていてくれたんだ。
ベッドから降りて、二人のそばに寄る。ユユちゃんの背中をさすると、ユユちゃんがちらっと私に視線を向けてきた。
「ねえ、行くとこないなら、うちに住む?」
そんな言葉が口をついて出る。
普段の私なら、きっとこんなことは言わない。キッチンで二人を見つけた時点で大声を上げて誰かを呼びに走ってた。
でも今は、素性も知らない誰かで構わないから、寂しさを埋めてくれる何かが欲しかった。
それに、ユユちゃんのためにしてあげられることが何かないのかなと思って。
「え、でも、オレら――」
男の人が顔に困惑を浮かべる。
あ、そっか。ユユちゃんはともかく、一人暮らしの家に男の人を住まわせるのは良くないかな。
でも、このまま二人に帰ってほしくない、一人になりたくないと思ってしまった。
どうしようかと悩んでいたら、玄関の呼び鈴が鳴った。
















