《番外編》少しだけ背伸びをして
※トット視点の番外編です※
頭が真っ白になって、ただ「わーーーッ!!」と叫ぶしかない状況なんて、なかなかない。
この間アーヤが連れていた子犬がとぼとぼと歩いていたから、迷子だと思って声をかけた。
まさかそれが全裸の女の子に化けるなんて、俺に予想できるわけないじゃないか。
◇
うちの勝手口の前に突然現れた全裸の女の子を外に放置するわけにもいかず、慌てて俺の部屋に通してバスタオルを手渡した。
バスタオルで体を隠してくれればいいのに、女の子は自分が裸だってことが気にならないのか、バスタオルを握るだけ。
目のやり場に困る。
「うち、迷子とちゃうもん。ちょっと散歩してただけやし!」
「わかった、わかったから、そのバスタオルを体に巻いて!!」
俺より小柄な女の子は、たぶん年下。
といっても十歳くらいだろうし、女の子なら裸に抵抗があっていい年だと思う。
なんでこの子は初対面の相手の前で全裸になって平然としてるんだろう。
アーヤはこの子がただの犬じゃないって知っているんだろうか。
女の子がバスタオルを眺めてきょとんとしていたので、仕方なく俺が彼女にバスタオルを巻き付けた。
「……きつい」
「文句があるなら自分でやれよ」
不満げな顔で床に座る女の子に目を向ける。
見るわけにいかないところはバスタオルで隠したし、これで落ち着いて顔を合わせられると思って。
――でも。
こんがり焼けた肌と、肌とは対象的に白くやわらかそうな髪。
エメラルドグリーンの丸くて大きな目が俺を見上げていて、心臓が大きく脈打った。
(え、なんだこれ)
可愛い。
その言葉以外を忘れてしまったみたいに頭の中が空っぽになって、全身の血が顔に上ってきたような気がした。
なんだこれなんだこれ。
心臓が突然耳の横に移動してきたみたいにうるさくて、どうしていいかわからない。
「なに?」
女の子にそう訊ねられたけど、そんなことは俺が聞きたい。
「……俺、トット。お前は?」
「うち? ユユ」
聞き慣れないイントネーションも、高いのにやわらかい声も、この町の女の子たちとも姉ちゃんとも全然違う。
何が違うのかなんて聞かれても答えられないけど、違う。
ユユ。
聞いたばかりの名前を何度も心のなかで唱えながら、まだ暴れる胸を押さえた。
「あ、あのさ……」
物心つく前から店に出てお客さんと喋ってたから、自分は誰とでも話せるって思ってたのに、うまく声が出ない。
そんな自分に戸惑っていたら、
「トットー! あんた、さっき取ってきてって頼んだ商品は!?」
扉の向こうから母ちゃんの声がして、びくっと肩を跳ね上げた。
そうだった、店の裏から商品を取ってこいって言われたんだった。
「友達が来てるからちょっと待って!」
「なんだ、それならそうと早く言いなよ」
母ちゃんに大声で返したことで、やっといつもの自分が少し戻ってきた。
ユユに視線を戻すと、ユユは扉に目を向けたままぽつりと呟く。
「店……」
「あ、そう。俺んち雑貨屋。前にアーヤと来てたよな。俺、たまに店番とか手伝いしてんの」
「……」
ユユが口をへの字に曲げ、ぎゅうと引き結んだかと思ったら、目から大粒の涙をボロボロとこぼし始めた。
「え、な、なに」
「うちもなんか役に立ちたい……足手まといばっかりいやや……」
「えっ、えっ?」
わんわん泣きじゃくり始めたユユの話はよくわからない。
ユユにはお父さんとお兄さんがいるんだってことは理解できたけど、それだけだ。
自分には何もできないとか、自分がいなければお兄さんはお父さんを探しに行けたのにとか、ユユの事情を知らない俺には何のことだかわからなかった。
泣いているユユを見ていたら、何かしなきゃ、何か言わなきゃって気持ちになる。
でも、商品の説明なら適当なことをべらべら喋れる口が、こういう肝心なときに限ってうまく動かない。
「子供なんかいやや。早う大人になりたい」
ユユが涙混じりの声で呟く。
「うん、俺も」
反射的にそう答えた。
いや全然本心じゃないけど。
だって子供のほうが気楽だし。
「……?」
でも、ずっとうつむいていたユユが顔を上げてくれたから、嘘でもいいやって思った。
目からあふれて流れた涙が光って見えて、また心臓の音がうるさくなる。
「大人になりたいってのはわかるけど、子供が大人に勝てることもあるんだぜ」
「……なに?」
「練習時間がたっぷりあるってこと」
ユユが大きな目をぱちぱちさせ、俺を見つめている。
完全に口からでまかせだし、俺はいつも適当に生きている。
でも今だけ真面目になろう。なけなしの真面目さを振り絞ろう。
頑張れ俺!
「俺ら子供はさ、大人になるまでたっぷり時間があるわけじゃん? 今から練習すれば、俺らが大人になる頃には今の大人に勝てるって思うんだよね!」
……ほんとか?
自分で言ってて疑問だけど、ユユがものすごく澄んだ目で俺を見上げていたから、「たぶん」なんて付け足せなかった。
「何の練習すればええの?」
「えっ、えーと、そうだ! アーヤも店を持ってんだから、アーヤに聞けばユユに手伝ってほしいこど何かあるんじゃないかな」
適当なことを言ってごめん、アーヤ。
アーヤもずっと前からおばあさんの店を手伝っていたし、ひととおりのことはできるはずだ。ユユの手伝うことがなかったらどうしよう。
「手伝い……うん。うち、いっぱい練習する」
涙でうるんだ目で、ふわっと笑ったユユがやっぱり可愛くてドキドキした。
もしアーヤが手伝いを求めてなくても、何か考えてって言おう。うん、それでいこう。
アーヤは優しいから、ユユのために何か作ってって言えば考えてくれるはずだ。
「それに、ほら、店のことなら俺が何でも教えてやるよ」
毎日父ちゃんと母ちゃんに怒られている俺が、何を偉そうに言ってんだろうな。
でもそう言っとけば、明日からユユに会いに行ける気がして。
「ん。教えて」
ユユがうなずいてくれたから、明日からはもう少し真面目に店のことを覚えようと思った。
完結から少し時間が空いてしまいましたが、企画が3つ終わってやっと手が空いたので、書けずじまいだった番外編を足しました。
他にも異世界ものの作品をいろいろ書いていますので、このページ下の作品紹介から気になった作品に飛んでいただけると嬉しいです。
















