05. 一緒に帰ろう(2)
「ユユちゃん、どこ行っちゃったんだろう……」
ユユちゃんの服は部屋に放置されていた。狼の姿のまま出かけたらしい。
「まだ匂いで追える。オレ探してくるわ」
「待って、私も行きたい」
狼の姿になったルディと二人で家を出た。ルディが地面に鼻を近づけ、匂いをかぎながら進んでいく。
町の外に出ていたらどうしようかと思ったけれど、ルディは町の出入り口には向かわなかった。
うちを出てすぐに、大通りから裏路地に入る。家と家の細い隙間を抜けて、また違う通りへ。
しばらく歩いてみても、ユユちゃんの目的地がわからない。あっちへふらふら、こっちへふらふら。適当に歩き回ったのかな?
最終的にルディが立ち止まったのは、雑貨屋の勝手口の前だった。
大通りに面した店舗の裏側。まだ日の高いこの時間ならお店のほうに人がいるはずだ。
「ガウッ」
ルディに促され、呼び鈴を鳴らしてみる。しばらくして戸を開けてくれたのはトットくんだった。
「アーヤ。ユユのこと迎えに来たの?」
「うん。……ねえ私、ユユちゃんの名前教えたっけ?」
「ううん。ユユから聞いた」
え? あれ? 家に服があったから、ユユちゃんは狼の姿で出かけたよね??
頭にハテナを浮かべて待っていると、一度屋内に引っ込んだトットくんが戻ってきた。ユユちゃんはやっぱり狼の姿だ。ユユちゃんはトットくんの後ろで、トットくんの足に隠れるようにしている。
「ユユちゃん、おいで。一緒に帰ろう?」
しゃがんで両手を差し伸べる。ユユちゃんはちらっとトットくんを見上げてから、私の胸に飛び込んできてくれた。
「無事でよかった。何も言わずにいなくなったら心配するよ」
「キュ……」
小さく鳴いたユユちゃんを抱いて立ち上がる。ルディは私たちを見上げていたけれど、何も言わずに歩き始めた。
「トットくん、ユユちゃんのこと見ててくれてありがとう。またね」
「うん。ユユ、あのな、えっと……またいつでも来いよな!」
トットくんの顔がちょっとだけ赤い。ユユちゃんはトットくんに顔を向けると、一度だけ「キャウ」と小さく鳴いた。友達になったのかな?
ユユちゃんを連れて家に帰ってから、ユユちゃんには「お話したいから人間に戻ってくれる?」とお願いした。
家の中とはいえ玄関で人型になったユユちゃんを、慌てて部屋に連れていく。ユユちゃんとルディが服を着ている間に、私はキッチンでお茶を入れることにした。
お湯を沸かして、茶葉を煮出す。二人がキッチンに入ってきたのは、私がお茶を入れ終わった後だった。
着替えにしてはゆっくりだったから、少し話をしていたのかもしれない。
ルディは怒っているふうでもないけれど、ユユちゃんはしょげた顔で席についた。
三人分のお茶をカップに入れて、私も椅子に座る。
「ねえ、ユユちゃん。お出かけするのはユユちゃんの自由なんだけど、心配だから、次からは出かける前に教えてくれると嬉しいな」
「……うん」
まだユユちゃんの眉がハの字になっている。こういう時にお菓子でも出せればいいのかもしれないけど、うちには置いてない。フルーツでも切ろうかな。
赤い果実を取り出して洗おうとしたら、ルディが「オレやるよ」と言って代わってくれた。
ユユちゃんは反省してくれているみたいだし、もう勝手に出かけた話はいいかな。
「ところでユユちゃん、どうしてトットくんの家にいたの?」
「家の前で休憩してたらあの子に話しかけられたんやけど、全然話が通じひんから人間の姿になってん。そしたらあの子が『わー!!』って叫んで、『いいから中入って!!』って言われてん」
「ちょっ、ちょっと待って! 外で変身したの!?」
「? うん」
ユユちゃんはきょとんとしているけれど、私はうっかり飲みかけたお茶を吹き出すところだった。
トットくんもそりゃあ叫ぶよ。子犬だと思ったものが突然人間になったうえ、それが全裸の女の子だったらびっくりだよ。
「ゆっ、ユユちゃん、だめだよ!? 変身するところを人に見せるのも良くないけど、変身直後は裸なんだから、隠れて変身してね。女の子が外で裸になっちゃだめ!」
「なんで?」
もともと丸い目をさらに丸くして、ユユちゃんが首を傾げる。
なんでって、ええー、逆になんでわかんないのって返したいよ……。
「狼の姿のときはずっと裸やん」
「でも、毛皮があるでしょ? 人間にはないから、代わりに服を着るんだよ」
「なんで? お兄もお父もいつも服着ろ言うけど、別に寒くないなら服なんかいらんやん」
「いるよ! 大事なところを隠そうよ!!」
「大事なところって何?」
「それは、胸とかお尻とか……」
「下着だけでええってこと?」
「違う……」
困ってルディに顔を向ける。ルディは手にしていた果実と包丁を置くと、両手をぱちんと合わせた。
「ごめん。そのへん、男二人では説明できんかったんや。あーやん、頼むわ。どーにかして」
「ええー?」
私だってどう言えばいいのかわからない。物心つく前から当たり前のように服を着て過ごしてきたし、服を着ないと恥ずかしいっていう感覚をどう伝えたらいいんだろう。
私をじっと見ていたユユちゃんが、ふいっと視線をそらした。
「わかった。外で変身すんのやめる」
「……あ、うん」
なんだろう。ユユちゃんの様子が変だ。
聞き分けが良すぎるっていうか、いつもの元気がないっていうか。
ユユちゃんは視線をテーブルの上に落として、両足をぷらぷらさせている。
トットくんと何を話したのか聞いてみても、「別に」と言うだけで教えてくれなかった。気になるけど無理強いはよくないかな。
「じゃあ聞いてほしいことがあるから、違う話をするね。さっきルディと話したんだけど、これからはルディとユユちゃんに私の仕事を手伝ってほしいの」
ユユちゃんがぱっと顔を上げた。なんでだろ、ちょっと元気になったように見える。
「手伝い?」
「そう。二人に薬草やそれ以外の材料を集めてきてもらって、私が調合して売るの。二人に採集を任せられたら私も調合の時間を増やせるし、依頼の納品をするだけじゃなくてお店も開けられると思うんだ。お店を再開したら、時々店番もお願いするかも」
売上の分配についてもルディと決めた。私が九で、ルディたちが一。もっと二人の割合を増やしたいって私は主張したけれど、ルディが譲ってくれなかった。その代わり二人の食料や生活必需品は私が買うことで折り合っている。店番のバイト代は決めてないから、また考えなくちゃ。
お金のこともユユちゃんに説明しようと思ったけれど、
「うん、うちお手伝いする!」
ユユちゃんが急に立ち上がったので、勢いに押されて説明しそこなった。
「薬草以外は何を集めてくればええの?」
「それは私の頑張り次第かな。今は初級ポーションしか販売許可を受けてないけど、少しずつ取り扱える商品を増やしていくつもり。取扱商品が増えたら、必要な材料の種類も増えていくよ。何が必要かは教えるから、ちょっとずつ覚えてくれると嬉しいな」
「うん。うち、いっぱい取ってくる!」
そう言って、やっとユユちゃんが笑ってくれた。
よかった。理由はよくわからないけど、元気になってくれたみたいで。
ルディもユユちゃんに目を向けて、ほっとしたような顔をしている。
「ほな、ユユのやる気があるうちにちょっとだけ森に行こか。これ食べたら出て、暗くなる前に帰って来よな」
「うん!」
ルディが切った果実を出してくれて、三人で食べた。ユユちゃんがトットくんと何を話してきたかはやっぱり教えてもらえなかったけれど、ユユちゃんが元気になってくれたならそれでいいや、と思うことにした。
















