05. 一緒に帰ろう(1)
ルディとユユちゃんが選んでくれた薬草からできた初級ポーションは、Aランクが十七個と、Sランクのものが三個だった。まだ薬草は残っているから、もっと作れそう。
こんなに高ランクのポーションを納品できたのは初めてだし、いつもの五割増しの金額で引き取ってもらえたし、嬉しくてつい顔がゆるんでしまう。
「二人ともありがとう。今日のご飯はちょっと豪華にしようか」
「キャウ!」
「わふっ」
二人は狼だと言っていたからから、ちょっといいお肉を買うのがいいかなあ。私はハンバーグが好きだけど、ステーキでもいいかも。
今日多めに手に入った分のお金も二人に渡そう。質のいい薬草を選んでくれたのは二人なんだから、いつもとの差分は二人の成果だ。
これからは二人が採ってきてくれた質のいい薬草を私が買い取るっていうアイデアもあるかな。あまり高くは買ってあげられないけど。
家に帰ったら、食事のこともお金のことも二人と相談しなきゃ。
そんなことを考えながら歩いていたら、
「あれ? あの犬ってこないだ捕まえなかったっけ?」
という言葉が耳に飛び込んできた。
ぱっと声のしたほうに目を向けると、町の警備隊の人たちが三人、噴水のところで休憩している。
警備隊の人とは町を出入りするときに挨拶をするから、仲良くなった人もいるけれど、あの人たちはよく知らない。顔に見覚えがある程度だ。
「あれは旅人が持ってったから、別の犬だろ」
「こないだもあの子が犬を連れ歩いてたじゃん。おまえ見てないの」
「キャウッ」
ユユちゃんが荷車から飛び降りて、警備隊の人たちのほうに駆け寄っていく。
「うおっ、何だよ」
「キャウッ、キャウキャウキャウ!」
「ユユちゃん、待って」
警備隊の人たちの足に何度も飛びついているユユちゃんを慌てて抱き上げ、すみませんと頭を下げた。
ユユちゃんは全身をジタバタさせて私の腕から抜け出したけれど、荷台を引いてきたルディが、前足でユユちゃんを地面に押さえつける。
「あの、この子たちに似た犬について教えてもらえませんか」
そう尋ねた私のスカートを、ルディがくいと引っ張った。聞かなくていいって止めるみたいに。
どうしてだろう。ルディだって気になるんじゃないの?
警備隊の人たちが顔を見合わせる。一番若そうなお兄さんが私に視線を戻した。
「知らない? たまーに町で見かけた野良犬のこと」
「噂くらいは……」
ユユちゃんが短くうなったけれど、ルディはやっぱり何も言わなかった。
「別にこれといった被害はなかったんだけどさ、大きい上になんか迫力のある犬だったし、人が噛まれてからじゃ遅いじゃない? こないだ総出でやっと捕まえたんだよね」
「それで、その犬は!?」
「町に来てた旅人が連れてったってさ。ねえ先輩?」
「あー、剥製にするってよ。あれ、飼い犬だった?」
「いえ……そうではないんですけど……」
ちらっとユユちゃんに目を向けると、ルディの足の下で静かになっていた。
ルディはユユちゃんから前足をどけると、ユユちゃんの首根っこを咥えて荷台に乗せる。ルディが荷台を引いて歩き出したので、警備隊の人たちにお辞儀をしてから二人を追いかけた。
◇
家に帰るとルディはすぐに人の姿に戻ったけれど、ユユちゃんはそうじゃなかった。
「ギャウキャウキャウギャウ!」
ルディに向かって吠えたり、ルディの服の裾に噛みついたり、荒れている。
ユユちゃんが何を言っているのか私にはわからない。でもルディは床に座って、時々「せやなあ」とか「兄ちゃんが悪かったなあ」とか、困ったような笑みを浮かべて相槌を打っている。
手を噛まれようが引っかかれようが、ルディは怒らない。ユユちゃんが泣き疲れて眠るまで、ずっとユユちゃんの頭をなでてはユユちゃんの目からこぼれた涙を拭っていた。
「ねえ、大丈夫? 薬草かポーション使う?」
ルディの手から血が出ているのを見て声をかけたけれど、
「こんなんすぐ治るし、いらんよ」
とルディは首を横に振った。
ルディの膝の上ではユユちゃんが丸まって寝息を立てている。
私はルディの隣に腰を下ろし、ユユちゃんの目元をハンカチで軽くぬぐった。
「警備隊さんたちの話、ルディは知ってたの?」
「うん。あーやんに最初に会うた日に立ち聞きした。ユユは珍しいもんに夢中で聞こえてなかったみたいやけど」
「そっか……余計なことしてごめん」
肩を落とした私を見て、ルディは「気にせんでええ」と言って笑う。
「町にいればそのうち聞くやろし、一緒におるときで良かったよ。ユユ一人で聞いてたら、町を飛び出してお父を探しに行きかねん」
「ルディはいいの?」
「オレ一人なら探しに行ったかもしれんけど……ユユ連れては行けんなあ。お父とも、お父に何かあったらオレがユユを守るっていう約束しとったし。それに、お父はオレと違って無傷で捕まるほど弱くも間抜けでもない。動けんようになったってことや。探したところでだめなんちゃうかなあ」
「そっか……」
ユユちゃんが動いた気がして下を見る。ユユちゃんは目を閉じて丸まっていたから、寝返りでも打ったんだろう。
「ユユちゃん、何て?」
「んー……いろいろ言うとったけど、『お兄の嘘つき』ってめっちゃ怒られたわ」
「嘘?」
「最初にこの町に入るときにな、『人間の町に用があるなら、人間の格好をするやろ。人間のふりしてお父のこと探そ』ってオレが言うたんよ」
でもそれは予想が外れただけで嘘じゃない。首を傾げた私を見てから、ルディが視線をユユちゃんに落とした。
「嘘や。お父は一人で出かけるときに服なんか持って行かん。お父が置いてった服はオレが隠した」
「どうして……」
「お父はさ、たまーに、森では絶対に手に入らへん物を持って帰ってきてたんよ。塩とか、毛布とか、オレらの服とか。人間に譲ってもらったって言うてたけど、金もないのに、服も持って行かへんのに、どうしてんのかなってずっと思ってた。狼の姿で人間の町に入るのは危ないかもしれんって思ったんや」
ルディは、お父さんが盗みをはたらいていたんじゃないかって、そう考えているのかな。
さっき警備隊の人たちが言っていた、たまに町に現れる野良犬。
私も見たことはないけれど、話に聞いたことくらいはある。
でも人には近付いてこないし、何か目立った悪さをするわけでもない。〝野良犬を見かけるけどどこに住んでるんだろうね〟くらいの、さして印象にも残らない噂だった。
「でも、犬に何か盗られたなんて、少なくとも私は聞いたことないよ。この町から何か持ち帰ったんだとしても、本当に誰かから譲ってもらったとか、捨てられていた不用品を持っていったとか、そういうことじゃないのかな」
――なんていうのは、何も知らない私の希望かもしれないけれど。
「かなあ。せやったらええなあ」
ルディがちょっと笑ってくれたから、根拠のない希望にも意味がないわけじゃないんだって、そう思った。
「もしお父が盗みをやっとったとしても、オレには責める資格はあらへん。薄々気がついてて使ってたし、オレもユユに何か食べさせたらなって思ってこの家に忍び込んだわけやし」
「でも、あの日は倒れた私を助けてくれたよ」
「たまたまやん。結果はさておき、勝手に人の家に入ったらあかんよ。ユユには空き家のはずやって言うたけど、家の中は荒れてなかったし、オレはただの留守やと思ってたよ」
「けど……」
最初に二人に出会った日、二人は倒れた私を放置して逃げることも、家から何か盗んでいくことも、何だってできたはずだ。
でもルディは私をベッドまで運んだ上にスープを作ってくれたし、ユユちゃんは勝手にパンを食べたことを謝ってくれた。泣いた私を慰めてもくれたし、私はあの日、二人がいてくれて救われた。
「あーやんみたいな若い女の子の家に転がり込んで、ご飯食べさしてもらってるんも良うないと思ってはいるんや。お父も人の町に長居はするなって言うとったし」
ルディは一つため息をついて、片手を強く握る。
「でも、オレさあ、狩り下手くそなんよ。獲物の血がぶぁーって出るのも怖いし、親子で歩いてるとこ見たらもう狩られへん。オレ一人だけ飢えるならええけど、ユユはこれから大きくなる歳やし、ちゃんと食わしたらな……」
ユユちゃんに目を落とすと、ユユちゃんはルディの胡座の上に丸まって目を閉じていた。狼の姿のときのユユちゃんはルディの三分の一くらいの大きさだし、人型の時も私の肩くらいの身長しかない。
確かにユユちゃんの成長期はまだこれからなんだろう。いつもよく食べてくれるし、木の実や山菜だけじゃ足りなさそう。
「このままうちにいればいいよ。そもそも最初に誘ったのは私だし、二人がいなくなったら寂しいな。食費のことなら……あ、そうだ。相談しようと思ってたんだ」
「ん?」
今日納品した初級ポーションの売上の分配と、これからのこと。帰ったらルディと話そうと思っていたんだった。
暗算は苦手だし、何か書くものが欲しい。
寝ているユユちゃんをクッションの上に降ろしてもらって、ルディと二人で部屋を出た。
大体のことを決めてから、ユユちゃんの様子を見るために部屋に戻ったけれど――寝ていたはずの場所に、ユユちゃんの姿はなかった。
















