第3話『万魄神登場! 動け、巨大機神タイ・ヨーノ・ト―!!』前編
玉座の間。
女王は、ヒデヨシが勝ったことを伝えると静かに頷いて立ち上がった。
「約束を果たそう。機神を操る少年よ。旅の道中、衣食に困ることはないであろう。また、荷物も返そう」
「ありがとう! ダ=ウォーレ王女!」
「ありがとうございます、だ。チビすけ」
こつん、と将軍が後ろからヒデヨシを小突く。ごめん、とヒデヨシはセリフを言いなおした。
「構わぬ。そして巫女よ。何をさきほどからそわそわしておる」
「えっへへー……、女王様。ヒデヨシを神の間に連れていっていいかな?」
「よかろう。機神を動かせる者なれば、試してみるのも悪くない」
「さっき言ってた、でっかい機神ってやつ?」
ハルカスに小声で尋ねると、彼女は首を小さく縦に振ってにぱっと笑った。
○ ○ ○
玉座の間の奥から繋がる扉の先へ、女王と巫女、そしてヒデヨシは進んだ。トンボリ将軍は扉の前で待機することになった。
両開きの扉を開けると、また扉があった。女王がその扉を押し開ける。そこは、数人が入れば狭いような小さな空間だった。
「では、巫女よ、頼む」
「まっかせて」
ぱちん、と少女が指を鳴らすと一瞬だけ妙な浮遊感が生まれた。
どうやら、小部屋が動いているらしい。
「地下深くに、巨大機神は眠っておる。そこに繋がるこの部屋を動かせるのは、代々巫女だけなのだ」
「へえぇ……ハルカス、すごいんだね!」
「うんうん、褒めて褒めてっ」
【まあ、ワイも動かせるけどな。オーサカの血を引くもんやったら大体の仕組みは動かせるんや。ああ、もちろん言わんでもええで。そこは空気読んどいたろ】
「あら? そこの赤い子、また何かしゃべったのかしら?」
「う、うん。さすが巫女様、だってさ」
「へへー」
【うむ、ええ空気の読み方や】
体感で数分ほど。地下へと動く小部屋の中で、ヒデヨシは巨大機神の姿を想像した。乗っている赤い機体、カーニィを大きくしたようなものだろうかと考えてみる。
小部屋が止まり、扉が開くと冷気がすべり込んできた。
それほどまでに地下深く。そして部屋の外は暗闇だった。
「まっくら。何も見えない……」
「ふふふ、まあ見ててっ」
巫女ハルカスがぱちんと指を鳴らす。
足元がぼんやり青白く光り、そのまま床をすべるように光の筋が幾本も放射状に拡がっていく。やがて壁面に到達した光は壁を伝うように、上へと伸びて空間内を照らしだした。
「うわぁッ!」
巨大。
あまりにも巨大。
そこに佇んでいたのは、あまりにも巨大な建造物。予想だにしていなかった機神のサイズに、ヒデヨシは思わず尻もちをついた。
白くそびえる巨塔のようなフォルムに、左右に突き出した鋭い腕。中心部には顔の意匠があり、さらに伸びる頭上の先端にも黄金色の顔があった。
「驚いた? ねえ、驚いたでしょ!」
「我がオーサカ国に眠る巨大機神。古文書によれば、名をタイ・ヨーノ・ト―。これを動かせたものは、古文書の時代よりこちら、一人もおらぬ」
「タイ・ヨーノ・トー……」
思わずそう呟き、ビルのように大きなそれを見上げる。眠る機神の顔は、威厳に溢れていた。
「こちらへ。内部に入り動くかどうか試してみよ」
「う、うん」
背面にある空間から、巨大機神の中に入る。内部は機械特有の金属の気配ではなく、どこか有機的な感じがした。中心部分に、枯れた木のようなものが生えており、細く上へ向かって伸びている。
「ここに、万魄神が眠っておられる」
「ばんぱくしん?」
女王は枯れ木のようなそれに手をあて、目を閉じた。わずかに、ほんのわずかに枯れ木が光を放ったように見えた。
「……すべての命の根源。万の魂魄を統べる存在。それが万魄神の在り方だ。この巨大機神は、その御力で以て動いていたと記されている」
「万魄神……」
【呼んだか?】
ぴょこん、と肩から枯れ木の枝に球体が飛び移る。
「ちょっと、危ないよ! ヒデヨシ、降ろしてあげて!」
「え、でも、今、呼んだかって……」
【せやから、ワイがその万魄神さまや。この樹は、《いのちの樹》いうねん。見てみい、枯れっ枯れの可哀想なこの姿!】
「あの奇妙な生き物が何やらさえずっておるが、何か申しておるのか?」
「え、っと、自分がその万魄神だって……」
驚いた様子で女王と巫女は枝の上を見る。
ふんぞり返るように、球体は青い目を動かした。
【証拠見せたろ。ヒデヨシ、ちょい手伝え】
「わ、わかった」
球体に言われるままに、ヒデヨシがいのちの樹に触れる。
すると、どくん、と樹は大きく拍動した。枝の上の球体が光りはじめ、それに呼応してヒデヨシの触れている部分から樹そのものが輝き始める。
「巨大機神が、反応しておる……!?」
「ま、まさか動くの!?」
しかし樹全体に光がいきわたる気配はない。根元から少し上までが光っているにとどまった。
【ま、今はこれが限界や。さっきもやってみたんやけど、ヒデヨシの力を借りてもやっぱりアカンか……】
「今は、これで限界だって」
「しかしながら、樹が反応を示したことすら今までなかったのだ。少年は真に、オーサカ国を救う者なのだな」
驚愕の表情を浮かべたまま、女王が言う。
そこに声が響いた。ヒデヨシにとっては聞きなれた声である、
『いのちの樹を通してやったら、女王さんにも嬢ちゃんにも聞こえるやろ。ワイの声、聞こえるか?』
「これは、古代オーサカ語……! ああ、間違いなく万魄神であらせられる……」
「まさか、万魄神さまの声が聞けるなんてっ!」
二人は両手を組んで祈りを捧げるように首を垂れた。
とりあえずヒデヨシも真似をした。
『いや、お前はやらんでええやろヒデヨシ』
「や、なんとなく……」
『まあ、本題に入ろ。オーサカ国に危機が迫っとる。それも、どえらいヤツや』
ぴょこ、ぴょこ、と枝の上で跳ねながら、言葉を続ける。
『対抗するには、各地に封印されとるワイの力を解放するしかあらへん』
「封印……?」
『せや。ホンマのワイはもっとカッコええねん。今のこの姿は、力の一部分だけしかないんや』
「仰せのままに。して、如何にすればよろしいのでしょう、万魄神さま」
『そないかしこまらんでもええで、女王さん。ワイを各地の封印されとる場所まで連れていってくれたらええねん』
「どこにあるの? それ」
『知らん。分割されたワイの管理はオーサカ国のもんに任せっきりやったさかいなぁ」
それを聞いて、巫女ハルカスが顔を上げる。
「観嬢仙さまなら、何か知ってるかも!」
「なるほど、古くよりこの地に棲まう彼女ならば、手がかりを持っているやもしれぬな」
『観嬢仙て……オーサカ観嬢仙かぁ?! なんや、まだ生きとったんかいな! 3000年くらい前やぞ、あいつと一緒に旅しとったんは!』
「はい、天蓬山の地にて、人との関わりを避けひっそりと暮らしていると聞き及んでおります」
『うわぁ……』
みるからに覇気をなくす球体を見て、ヒデヨシは首を傾げた。ヒデヨシにだけ声が聞こえる。
【ワイ、できれば会いとうないなぁ……。理由は言わんけど】
「昔のオーサカ人、ってことかあ。オーサカの人ってみんなそんなに長生きなの?」
「いいや、観嬢仙さまは特別だ。何かの秘術を使っておられるのだろう」
「うん、一回だけ見たことあるけど、普通じゃない」
どのような人物なのだろう。好奇心が刺激されるのをヒデヨシは感じた。
『その名前聞いたらなんやドッと疲れたわ……ともかく、ワイの封印を解いたってんか……』
いのちの樹の輝きが小さくなり、赤い球体はころころと転がってヒデヨシの足元にきた。
そっと拾い上げて肩に乗せる。
ともかく、次の目的は決まったようだった。
巨大機神から出て、動く小部屋へ戻る。
【こいつが動いたら、ハンナリィ帝国なんぞイチコロや。ねーちゃんを取り返せる。頼むで、ヒデヨシ】
ヒデヨシは力強く頷き、タイ・ヨーノ・ト―を振り返った。
巨大機神は、物言わずただ巨大に立っていた。