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第2話『女王、将軍、謎の少女!?』後編

 荷物は返してもらえず、そのまま、少女ハルカスを先頭にして、トンボリ将軍に逃げ道をふさがれるように後ろを歩かれながらキャッスルパレスを歩く。

 透明感のある壁や意匠に気を引かれ、きょろきょろするたびにトンボリ将軍から小突かれた。


 あちこちに兵がいたが、彼らは一様に少女と将軍を見るなりぴしりと背筋を伸ばして直立する。


「んもう、もっと普通にしてていーのに」

「そうはいきませぬ。巫女の自覚を持ってくだされ」

「巫女って、えらいの?」

「当たり前だ、チビすけ。我がオーサカ国が無事でいられるのは巫女様のおかげなのだ」

「実際に戦ってるのは将軍やみんななんだから、私だけの力じゃないってば」


 ヒデヨシの牢を開けたように、彼女には不思議な力でもあるのだろうかとヒデヨシは考えた。異世界は何が起こるか分からない。そんな父の言葉を思い出し、とりあえずスゴイのだなと納得しておくことにした。


 一際大きな、青銅色の扉。

 見た目に反して一切の音を立てずに滑らかに開いたその扉の向こうに、玉座があった。


 白一色のドレスを身に纏った女性が立ち上がり、静かに一歩、前に出た。


「巫女よ。巫女ハルカスよ。オーサカ国を救う者が現れたというのはまことか」

「ええ! 彼がそう!」

「こ、こんにちは……」


 さらに一歩。またさらに一歩。そして至近距離でヒデヨシを睥睨する。


「将軍、貴殿の見立てはどうだ」

「……正直なところ、信じられませぬ」

「同感だ」


 一つ、溜息をつく。


「しかし、他ならぬ巫女ハルカスの言である。少年、強さを示してみよ」

「な、何をすればいいの?」

「我が国一の武力を誇る将軍と戦ってもらう」

「こ、この人と!?」


 体格差は歴然。とても素手では勝ち目がないのは明白だった。

 うんうんと巫女ハルカスが頷く。少女は、ヒデヨシの勝ちを疑っていないようだった。


「少年が動かしていたという機神は、修練場に運ばせよう」

「あたしはヒデヨシの手助けをするからね!」

「よかろう。少年が負ければ、機神は我が国の財とする」


 窮地に追い込まれている気がしたが、自分を信じてくれている少女の存在がヒデヨシを強気にさせた。自分には、やらなければならないことがある。ハンナリィ帝国に攫われた幸村サナを救いだすのだ。ここで負けるわけにはいかない、と拳を握った。


「じゃあ、お、俺が勝ったらハンナリィ帝国のやつらをやっつけるの手伝ってくれる!?」

「……いいだろう。物資の援助を約束しよう」


 女王はくるりと踵を返し、玉座まで戻ってから再び三人の方を向き直り大きく両手を掲げて宣誓をした。


「オーサカ国女王、クイーン・ダ=ウォーレの名において、言を違えない事をここに誓おう」

「オーサカ国将軍、ドゥ=トンボリ、同じく誓います」

「オーサカ国巫女、ハルカ=ルカ=ハルカスも誓います」


 将軍と少女が膝をつき、女王の言を繰り返すようにかしこまる。将軍が視線を寄越し、お前も誓えチビすけ、と言わんばかりの顔をした。ヒデヨシは慌てて姿勢を真似て言う。


「え、えっと、大阪ヒデヨシも、誓い、ます?」


 すると玉座の後ろ、壁面上部にあった紋章が音もなく、しかし鋭く光った。

 光は数秒も経てばおさまり、それを合図に女王は掲げていた両手を降ろす。


「誓いは神に届いた。では、両名、修練場に向かうがよい」

「ははっ」

「大丈夫だよ! ヒデヨシ!」

「う、うん!」




   ○   ○   ○





 オーサカキャッスルパレスの外、兵たちの修練場に、土木重機は運び込まれていた。赤いその機体に乗り込み座席の下などを見るが、赤い球体の姿はどこにも無かった。


「ね、ねえ! 赤いボールみたいなの転がってなかった!?」

「兵たちからそんな報告は受けておらん! どうした、怖気づいたか!」


 三叉の槍をぐるぐると振り回し、将軍は気合十分だ。しかし、いのちの輝きくんがいなければ、土木重機カーニィを動かすことはできない。試しに操作パネルに触れ、レバーを動かしてみても機体は何も反応しなかった。


「ど、どうしよう……」


 小さく呟く。しかしそこに。ふわりと少女がカーニィの座席に飛び乗ってきた。


「み、巫女様! 危ないですぞ!」

「わたしはヒデヨシの手助けをするって言ったでしょ?」


 狭い操縦席に、二人。

 ヒデヨシの後ろからぐいと手を伸ばしてパネルに触れる。彼女の手が触れた所が淡く光り、機体が低く駆動音をたてはじめた。


「う、動いた!」

「そっちのレバーが右腕、そっちのレバーが左腕。あとは……」


 要領よく、的確に操作方法を述べていく少女。


「どうして動かし方を知ってるの!?」

「代々、巫女に伝わる古文書に書いてあるの! そっちのペダルが足の操作ね! いけそう!?」

「な、なんとかやってみる!!」

「ゆくぞチビすけぇ!」


 将軍が地を蹴る。

 ヒデヨシは右のアームを振り上げ、一気に振り下ろした。ずどん、と地面が揺れるが将軍の突進は止まらない。右を地面に残したまま、もう一方の左のアームを横薙ぎに払って突進にぶつける。将軍は槍を立ててそれをガードした。


「ぐ……、さすが機神の一振り!」


 押し合いの形になったが、将軍は一歩飛びのき、機神の左アームを空振りさせる。

 バランスを崩したカーニィはよろめき、その隙を将軍は見逃さなかった。


「くらえぃッ! トンボリ槍術三の槍、大黒(ダイコク)突きィィィ!!」


 がら空きのボディに将軍の槍が迫る。

 がきん、と金属音が響き、機体はぐらりと後ろに倒れた。


「きゃああああっ!」

「うわぁッ!!!」


 その拍子に、ハルカスが座席から投げ出される。


「し、しまった! 巫女様!!」

「ハルカス!!」

「いたた、だいじょーぶ! まだ勝負は終わってないよ!」


 倒れはしたものの、カーニィの胴体に傷はなく、逆に将軍の槍先が欠けていた。

 少女は投げ出された先で腕を振ってヒデヨシを応援する。


「なんという硬さだ……ならば操縦者を狙う!!」

「くっそおおおぉぉぉ!!」


 ぎこちなく立ち上がり、両アームを左右から挟むように叩き付ける。

 将軍は跳び、アームを踏み台にしてさらに上へと跳んだ。


「四の槍、(エビス)落とし……ッ!」


 カーニィの遥か上から槍を垂直に立てて突き落としの体勢に入っている。咄嗟にアームを持ち上げ、盾にしてそれを防ぐ。再び鈍い衝突音が鳴り響き、将軍の槍が折れる。

 アームを払うと同時に将軍が飛び退き、二人は距離を取った。


「槍が折れてしまった、か……機神、恐ろしき硬さよ」

「な、なんとか攻撃を当てないとっ!」


 とはいえ、二人とも有効な策があるわけではなかった。将軍は直接操縦席を狙うしかなく、ヒデヨシがアームを構えればそれを防ぐことはできる。しかしヒデヨシからの攻撃を当てるビジョンが全く見えなかった。


「ヒデヨシ! 白いボタンを長押しして!」

「え、あ、これっ!?」


 ハルカスから声が届き、ヒデヨシはすぐさまそれに応える。

 レバー横にあったそれを押すと、胴体の前面中央部がスライドして開き、機体がブルブルと震えはじめた。


「何をしようと――」


 将軍が何か言いかけると同時に、とてつもない勢いで泡が吐き出される。修練場の地面を覆い尽くさんばかりの泡に、将軍の視界がふさがれる。


「あ、泡ッ!!?」

「たぶん目くらましだと思う! 今よヒデヨシ!!」

「うん!」


 レバーを力強く押し出し、土木汎用重機カーニィ・ドウラックはそれに呼応して両アームを上げて泡と共に鋼の雄叫びを上げる。

 がしり、と走り出し、その音のテンポがどんどん短くなる。スピードに乗った機体は将軍目がけて一直線に進み。


 そして――泡にすべってこけた。

 勢いは止まらず将軍の脇をすり抜けて端の柵をなぎ倒しながらようやく止まる。その胸部から、泡だけはぶくぶくと吐き出され続けている。


「いってててて……頭打った……」


 予想外の出来事に、将軍もハルカスも声が出ない。

 泡で塞がれた視界の先に機神が倒れているのだろうと判断するが、どうしたものかと動きあぐねていた。


【なんや、こんなとこにおったんか。探したで】

「いのちの輝きくん!」

【長い長い。呼び名が長い。そないなことより、何しとるんや?】


 ぴょこんと、どこからか赤い球体が現れる。

 どこに行っていたのか問い詰めるヒデヨシに対して【ま、ちょっと野暮用にな】と詳細をはぐらかしてさらに質問を重ねた。


【状況からするに、あのごついおっさんを倒せばええんか?】

「うん。だけど攻撃が当たらなくて」


 周囲を確認して、操作パネルにぴょこんと張り付く。


【泡で滑らんようにしたらええんやろ? ほな、飛ぶ(・・)で!】

「飛べるの!?」

【アームを上にあげぇ!】


 両アームを上に、そして片腕二本ずつのパーツが合わさり、砲門を形づくる。


「え、またあれ撃つの? あれは使わないんじゃ……」

【こっからがちゃうんや、みさらせ! 土木汎用重機カーニィ・ドウラック、現場輸送形態や!】


 アームの先が開き、4枚それぞれが四方に展開する。

 そしてそのまま4枚のパーツは回転を始めた。


「すっげえぇ! ジャイロだ! 昔の技術だって教科書で見た!!」

【今、この場では最先端や!! いくで!!】

「うん!」


 豪風。

 風切り音が激しく唸りカーニィの脚部が地面から離れる。


 泡が渦のように巻く。


「何だと!?」

「えー! なにアレ!? あんなの、古文書になかった!!」


 高く飛びあがり、眼下に修練場を臨む。将軍が豆粒のように小さかった。


【ほな、かましたれ!!】

「わかったぁ!」


 ジャイロを解き、自由落下。アームを組んでハンマーパンチを狙う。


「あ、あんなもの受けきれん!!」


 折れた槍を投げ捨て、場外へ走ろうとした将軍はしかし――滑った。


「ずおぉぉッ!?」


 迫りくる赤い機体。避ける事叶わずとみて将軍はきつく目を閉じた。


「ダブルッッ!! ド派手ハンマーーーー!!!!」

【せやから技名のセンスなんとかせぇぇぇ!!】


 着地の衝撃は全ての泡を吹き飛ばし、地面にはWの字にアームが打ち付けられていた。将軍はアームの隙間でおそるおそる目を細く開け、自らが無事であることを知る。


「俺の、勝ちっ!!」


 ヒデヨシは機体から将軍を見下ろし。Vサインを作ってみせた。




   ○   ○   ○




 機体から降りて、将軍に手を差し伸べるヒデヨシ。

 端からはハルカスが駆け寄ってきた。


「チビすけ、貴様の勝ちだ。意表を突かれたとはいえ、見事だった」

「やっぱりヒデヨシはすごいよー!」


 赤い球体がヒデヨシの肩に乗る。そして目をくりんと動かして将軍と少女の二人を見た。


【お二人さん、ワイの声が聞こえるか?】

「なんだ、この生物は。オーサカ国では見たことがないぞ」

「あら、ぴいぴい鳴いてかわいい!」

【お嬢ちゃんの方にはちょっとだけ素質あり、っちゅうところか】

「二人には、聞こえてないの?」


 赤い球体を指さし、二人を見る。


【ワイの声が聞こえるんは、特殊な力を持ったもんだけやからな】

「もしかしてその生き物、何かしゃべってるのかしら?」

「うん。いのちの輝きくんっていうんだ」

「妙な名前だな。まるで名前らしくない」


 そう言われた球体は将軍に向かって飛びかかっていく。


「うお、こちらの言葉は伝わっているのか。つくづく妙な生き物だな」

「あ、ねえ。将軍。この機械って、どうして『きしん』って言うの?」

「乗りこなしておいて知らんのか。不思議なチビすけだな」


 オーサカ国に古くから伝わる伝承。

 遥か昔、国が危機に陥った際に現れた機械の体の救世主。それが、機神だとトンボリ将軍は言った。


「そして、その時に機神たちの手助けをしたオーサカ人の末裔がわたし!!」


 とても壮大な話だ。

 けれど、どうにもこの赤い機体と名前のイメージからはかけ離れている。


「これ、工事用の機械だっていのちの輝きくんは言ってるんだけど……そんなにすごいものなの?」

「確かに、各地で発掘した機神の一部は水路の設備維持などに使っているが、元は国を守ってくれた伝説の存在なのだぞ」

【大袈裟やのう。正真正銘、土木機械やっちゅうねん。昔はぎょうさんおったんやで? ま、夢壊すのも悪いからそういうことにしといたろ。ヒデヨシもそれに合わしといてんか】

「わ、わかった……」


 今のオーサカ国の人間からしてみれば、カーニィは本格的に古代の遺産らしかった。

 なんとなく理解したヒデヨシは、そこで本来の目的を思いだす。


「そうだ、ハンナリィ帝国に行きたいんだ、俺!」

「何か事情があるのかしら?」


 少女に促され、ヒデヨシはこれまでの事を話した。

 自分が異世界から来たこと。同行してきた幸村サナを攫われたこと。そしてカーニィを動かしてハンナリィ兵を撃退したこと。


 話を聞き、トンボリ将軍が唸る。


「異世界人……信じられんが、事実なのだろう。もう一度、女王に会って全てを話すがいい。おそらく神の間へ行くことになるだろう」

「神の間?」

「大昔にオーサカ国の危機を救った大機神さまが眠っている場所なの。すっごく大きいんだから!」

「その機神を動かすことができれば、ハンナリィ帝国に攫われたその者を助けるのも簡単だろう」

「そっか! ありがとう!」


 サナを助ける方法の糸口が見つかり、ヒデヨシは喜んだ。

 異世界にきて驚きと不安の連続だったが、ようやく希望が見えたのだ。


 拳を突き上げ、ヒデヨシは気合の声を上げたのだった。

次話予告!!


オーサカ国の地下に眠る巨大機神!?

サナを助けるため、ヒデヨシは巨大機神を動かすことができるのか!


「結局、名前決められなかったね」

【ワイに内緒で捕まるからやないか】

「そっちが勝手にどっか行ったのに! どこに行ってたんだよ!」

【ふふふ……それは次回のお楽しみ、ちゅうやつや】


第3話

『万魄の神登場! 動け、巨大機神タイ・ヨーノ・ト―!!』

次回もド派手にオーサカだぜ!

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