第2話『女王、将軍、謎の少女!?』前編
赤い機体、土木汎用重機カーニィは沈黙したままだった。
その横では少し弾力を失った球体が地面に転がっている。
【ヒデヨシ……水をくれんか……】
「うわ、大丈夫!?」
ペットボトルに入っていた水をばしゃりとかけると、球体はぷるぷると震えてツヤを取り戻した。
【あかんわ。最後のアレ、アレな。めったに使うもんやないでアレは】
「あれって、必殺技のこと?」
【せや。あやうく干物になるところやったわ。ヒデヨシお前、どえらい力を持っとるのう】
自らのことを、いのちの輝きと称するその球体は、名の通りにさまざまなものに命を――つまり動力を伝えることができる。ただし、媒体となる存在が必要であり、単体では少し光る程度のことしかできないのだ、と球体は言った。
【ワイが容器に入った水やとして、ヒデヨシがストローみたいなもんやな】
「じゃあ、からっぽになったら?」
【死ぬ】
「まあ、そうだよね」
ぴょこんと跳ねてヒデヨシの肩に乗る球体。
青い瞳をヒデヨシに向けて半眼で睨むような仕草をする。
【それよりも、や。ワイのこと、もうちょい親しみを込めて呼んでくれへんか?】
「いのちの輝きくんさん、でしょ?」
【アレはボケやろがい! もっとこう、あるやろ、愛称っちゅうか、ニックネームが】
「そんなこと言われても……。名前長いし」
【まあええわ。好きに呼んでくれ。それよりさっさと行こか】
肩から土木重機へと飛び移り、再びパネルに張り付く。
緩やかな起動音を立てて、再びカーニィが動き出した。
「大丈夫なの?」
【動かすぐらいやったら問題あらへん。オーサカキャッスルパレスまでこれで行くで】
「どのくらいかかるの?」
【ヒデヨシの世界の基準でいうたら、せやな、20kmほどやさかい数時間もあれば着くやろ】
土木重機カーニィに乗り込み、一人と一球は遺跡を後にした。
森を抜けると、平地だった。大きな川が見えてきて、その川に沿うように、流れの方向へと向かう。
歩いていると、視界の向こうにも川が流れているのが微かに見えた。やがて他の方角からも幾筋もの川が集まって、いくつかの川は合流した。
街道に出たヒデヨシは、橋を渡りつつ進む。
やがて、ひときわ大きな川の上に巨大な白い建物が見えた。浮いているのではないかと思ったが、いくつもの柱でそれを支えているらしかった。
【あれがオーサカキャッスルパレスや。オーサカ国はな、別名を水の都っちゅうくらい水路が発達しとるんやで】
「へえー!」
近づいていくにつれ、オーサカキャッスルパレスの周りにも街が形成されているのが見えてきた。
ヒデヨシは初めて見るその不思議な街並みに、自らが異世界にいることを再度実感したのだった。
○ ○ ○
街道を歩き、ちらほらと家屋が見え始める。
街の人間たちは物珍しそうに土木重機カーニィを見たが、誰も話しかけてこようとはしなかった。
「珍しいの? この、機械って」
【まあ、それなりにな。たぶん、そろそろおでましやと……ほれ、きた】
道の向こうから数人の武装した人間が駆けてくる。
みな一様に手に持っているのは三叉の槍だった。
「止まれ! ハンナリィ兵ではないようだが……貴様、どこの所属の者だ!」
隊長格であろう男性が槍をずいと突き付け鋭く声を発する。
ヒデヨシは機体の腕を上げてあわあわと左右に振った。
「え、あの、俺、いや、ボク……」
「怪しいヤツめ! その古代機神をどこで手に入れた!」
「うぇ、いや、森で拾って、あの」
どうしたものかと球体に助けを求めるが、瞳を閉じてのっぺりした赤い球になっている輝きくんからの返事はなかった。
しどろもどろに答えるヒデヨシが怪しくないはずがなく、機体から引きずり降ろされて後ろ手に縛られた。
「あ、あの! オーサカ国を救って欲しいって言われてきたんだけど……!」
「お前のようなチビすけに何ができる! 誰に言われたのだ!」
「いのちの輝きくんっていう、赤くて丸い……」
「そんなふざけた名前のやつがあるか! さあ、歩け!」
ヒデヨシの倍はあろうかというがっちりした隊長格の男がぐいぐいと押してくる。赤い球体、ふざけた名前と言われたいのちの輝きくんは機体の座席の奥へ転がり込んで隠れていた。
数人の男たちに引き回されるまま、ヒデヨシはオーサカキャッスルパレスへと連れてこられた。赤い機体、土木重機カーニィが道に置き去りにされたことも気がかりだったし、急に沈黙をはじめた赤い球体のことも不思議だった。
これからどうなってしまうのだろうと思いながら、ヒデヨシは首から提げたゴーグルを強く握った。
○ ○ ○
なされるがままに、ヒデヨシは地下へ連行され、そのまま石造りの牢へと入れられた。リュックもゴーグルも取られ、絵にかいたような鉄格子の空間の隅で膝を抱える。
「これから、どうしよう……」
流れるように状況が変わり、自分には為すすべがない。ヒデヨシの胸中には、不安しか残っていなかった。
こつ、こつ、と固い足音が近づいてくる。
先ほどヒデヨシを連行した大柄の男と、その横にローブ姿の小柄な人物がいた。フードを深く被っていて顔が見えない。
「見ても特に何もありませんぞ……。それよりも手短にお願いしたい。女王には内緒なのですからな」
「もーぉ。分かってるってば。どれどれぇ?」
フードの人物は、どうやら少女らしい。
鉄格子越しに、ちょこんとしゃがんでヒデヨシを見る。
「ねえ! 名前は?」
「……大阪ヒデヨシ」
ぐいと大柄な男が割って入ろうとするのを少女は制した。
「我が国の名を騙るなど無礼にも程が――」
「静かに、トンボリ将軍。この子、探してた子だよ」
「な、なんですと!? では、この者が予言の……?」
少女はぱさりとフードを取った。
吸い込まれるような空色の瞳がヒデヨシの視線を奪う。
「ようこそ、救世主さま! あたしの名前はハルカス。ハルカ=ルカ=ハルカス」
「な、長い名前だね」
「そう? こっちはドゥ=トンボリ将軍ね。牢屋に入れちゃってごめんね!」
少女がぱちりと指を鳴らすと、鉄格子がスッと消えた。
「すげぇ」
「おい、口が悪いぞチビすけ。この方はオーサカ国でただ一人の巫女様だ」
「え、あ、ごめんなさい」
「いいの! 私たち、仲良くなれそう!」
そう言って、少女は手を差し出してきた。おずおずとその手を握り返せば、彼女がぱぁっと笑う。
「さて、と。それじゃ行きましょ!」
「どこに行くの?」
「王女様に会いに! ヒデヨシはこの国を救うんだから、ちゃんと事情を説明しないとね!」
状況に流されるままなのは変わらないが、少しだけ、ヒデヨシの心は軽くなった。
「ねえ、俺の乗ってきたロボットって……」
「機神のことか? チビすけ、アレをどこで手に入れた?」
「森の中にある、なんだかよく分からない所だよ」
「この近辺に、未調査の遺跡はなかったはずだ。嘘ではあるまいな」
「違うってば。あと、俺の名前はチビすけじゃなくてヒデヨシ!」
「……ふん」
軽やかに前を歩く少女ハルカスを追いかけながら、ヒデヨシは未だに自分の置かれている状況が何も分からなかった。ただ不思議と、少女の雰囲気は少年を安心させるのだった。