第14話 『方法を探せ! もう一度、オーサカ!』前編
急いで部屋から飛び出して、家の中を見渡す。
台所から、ヒデヨシの母親がひょこっと顔を出した。
「あら、どうしたのヒデヨシ。忘れ物?」
何事もなかったかのように、母がそう尋ねてくる。
日帰りだったはずの異世界から、数日も帰らなかったヒデヨシに対する反応ではなかった。
思わず、詰め寄るようにヒデヨシは叫ぶ。
「今日、何日!?」
「どうしたの? おかしなこと言って……」
母の横をすり抜けて、ホログラムヴィジョンをつける。そこに映し出されたニュースの日付は、ヒデヨシが異世界に行った日を示していた。
ちょうど、ヒデヨシとサナがゲートをくぐったくらいの時間である。
いったい何が起きているのか、さらに混乱してきた。
今までの数日は、夢だったのだろうかとも思ったが、胸に提げているサナのゴーグルの使い込み感や、少しひび割れたガラス面などがそれを否定した。
オーサカ国に、戻らなければ。
そう、ゴーグルを握りしめて強く思う。
「変な子ねぇ。お母さん、今からお父さんの研究発表の手伝いにいくから、忘れ物があるなら早く持っていくのよ」
それだ。
ヒデヨシは弾かれるように顔を上げる。
ヒデヨシの父は。異世界管理局に勤めているのだ。何か方法があるかも知れない。
「母さん! 父さんのところに連れていって!!」
「異世界旅行はどうするの? お隣の幸村さんに着いて行ってもらうんでしょう?」
「そのねーちゃんが、まだオーサカにいるんだ!!」
「……?」
怪訝そうな顔をする母に、ヒデヨシはたどたどしくも必死に説明する。
未発見の異世界に行ってしまった、という点で、母の顔は急に真剣みを帯びた。
「分かったわ。お父さんの所に行きましょう」
「ありがとう!!」
転送事故。その確率は決して高いものではないが、一昔前にはよく起こった事故だった。安全性が確立された現代にそのようなことが起こるとは、母には信じられなかったが、息子が嘘をついているとも思えなかった。
急いで準備を済ませて、父の職場である異世界管理局へと向かった。
研究員として勤めている父は、ちょうど自説の研究発表を行う準備しているところだった。
「父さん!!」
「ヒデヨシ? お前、幸村さんと異世界に行ったんじゃあ……」
「あなた。転送事故が起こったみたいなの。ヒデヨシが、未発見の異世界に行ったって。サナちゃんは、まだ向こうに……」
父の顔が険しくなり、ヒデヨシの元へ駆けよってきて膝を落として視線を合わせる。
「ヒデヨシ、こっちを見て」
胸元からいくつかの器具を取り出し、健康状態をチェックする。
「少し、疲労状態だな。二人でメディカルルームに行きなさい」
「ええ、分かったわ。行くわよ、ヒデヨシ」
「で、でも俺、戻らなきゃ!!」
「話はもちろん聞くよ。けれど、まずは検査をしなさい。未知のウィルスや危険があるかも知れない」
「……その後で、聞いてくれる!?」
「もちろんだ」
気ばかりが焦るが、こちらの世界に危機を及ぼす可能性は否定できない。
母に手を引かれ、検査が行われた。
父は、その日の研究発表を延期してくれた。
○ ○ ○
父が研究棟として使っている部屋の一室で、家族は座っていた。
「さて……。母さんにも話をしたかも知れないが、父さんにも聞かせてくれないか」
「うん。オーサカ国ってところに行って、そこで――」
話を聞きながら、父が端末を操作していく。
現在判明している異世界を片端から検索して、一致する世界がないかどうか調べていたのだ。
しかし、やはり既存の異世界に、ヒデヨシが訪れた異世界はなかった。
「新しい異世界か……」
「ねえ父さん、もう一回、行けるよね!?」
「何を言っているの! 未知の異世界なんて危ないでしょう!」
「でも、約束したんだ!! 助けてくれって! 言われたんだ俺!!」
父が、ヒデヨシの肩に手を置く。
その顔は、悲しげな顔だった。
「ヒデヨシ……。今の技術では、未発見の異世界に狙って行くことはできないんだ」
新たな異世界は日々発見されているが、その多くは調査隊が危険を冒して見つけ出しているもので、中には人類が生存不可能な世界もある。命を落とす調査隊員もいるのだ。
「そんな……! ねえ、なんとかならないの!?」
「残念だが……」
発見した異世界と安定した移動を可能にするには、転送ゲートの設置が必要だが、そのための座標の識別には、特殊な機械を異世界に持ち込む必要があった。
「異世界との繋がりがないと、ランダムな世界に出てしまうんだ」
「繋がりって、どんなの?」
「せめて、異世界のものが何か、ここにあればいいんだが……」
「輝きくん、は向こうにいるし……。今は、何も持ってない……」
「それに、時間軸のズレがあるようだから、本当なら病院で精密な検査が必要なんだ」
異世界で過ごしたのは数日だが、こちらの世界ではほとんど時間が経っていなかった。
異世界との時差は、人体に影響を与えるものとしても上位に入るものだ。
「管理局から捜索隊を出してもらいましょう。ね? それで幸村さんも助けてもらえばいいわ」
「でも……!」
「もしも、異世界の何かを持っていたとしても、ヒデヨシが行くことないじゃない。危ないのよ」
下を向いて、唇を噛む。
涙が溢れ、ぽたぽたと大粒のそれが零れ落ちた。
父と母は気の毒そうに顔を見合わせるが、慰めの言葉が出てこない。
ぎゅっ、とゴーグルを握る。
ずっと首から提げていたそれにも、一粒、涙が落ち、ガラスの上で水滴は丸くなった。
異世界での行動での助けになったそのゴーグルをじっと見つめる。
相手の悪意の有無を測定するそれ。
暗い洞窟で辺りを照らしていたそれ。
離れた相手と通話していたそれ。
オーサカでの行動が脳裏をよぎり、ヒデヨシははたと気づいた。
「……あっ」
「どうした? ヒデヨシ」
ウメダ遺跡で、ゴーグルに機能を追加してくれたタマの存在を思いだす。
元々無かった機能を追加したのだ。きっと何か、異世界の技術が使われているに違いない、とヒデヨシの中に希望が生まれる。
「このゴーグル……!」
「現地調査員がよく持って行くタイプのものだが……」
「改造したんだ! 向こうで!!」
「……少し、見てもいいか?」
ゴーグルを父に手渡す。
机から工具を持ってきた父は、慣れた手つきで隅々までそれを確認し、父は目を丸くした。
「これは……すごい……見知らぬ技術だらけだ」
「ねえ、それじゃダメかな!!」
「そうだな、これなら、アンカーとして使えるかも知れない」
「ダメよあなた! 危ないでしょう!?」
腕を組み、父はしばらく考え込む。
「ヒデヨシが行かなくてもいいわ。そのゴーグルで何とかなるんだったら、他の人が行けば……」
「俺が! 約束したんだ!!」
「ゴーグルだけでは、足りないだろうな」
「そんな……!」
ヒデヨシと母の顔。安堵と困惑が対照的に浮かぶ。
「ヒデヨシ。お前、今、何歳になったんだったかな」
「え、11歳だけど……」
「そうだよなぁ。約束は、守らなきゃいけないよな」
「あなた……! ダメよ!」
姿勢をぐっと前に傾け、ひざを突き合わせてヒデヨシと正面から向き合う。
「ヒデヨシ。聞いてくれるか」
「う、うん」
「父さんな、どうしてこの仕事に就いたと思う?」
「え、と、異世界に行きたかったから?」
「ああ、誰も知らない異世界を旅してみたかったんだ」
父は、ちらりと母を見た。
「母さんも連れていくって、結婚前に約束したんだぞ」
「……昔の話でしょう」
「それで、見つかったの? 新しい異世界」
父は、首を横に振る。
「調査隊には、なれなかったからな。けど、こうして皆が安全に異世界に行けるように毎日研究してる」
「あなた……」
「異世界はな、危ないんだ。ヒデヨシ」
「……うん」
まっすぐに、ヒデヨシの目を見る。
「……父さんが、安全に送ってやる。だから、約束を果たしてこい」
「父さん!!」
「あなた!」
母が心配そうな顔で何か言おうとしたが、父がそれを手で制する。
「子は、成長するものだよ。親がそれを邪魔しちゃあいけない」
「だって……」
「心配なのはわかるさ。だから、ヒデヨシ。父さんたちとも約束だ。無事に帰ってくるんだぞ」
「……うん!! 約束する!!」
父が立ち上がって移動を促す。
それに着いていくヒデヨシと、まだ心配そうな顔で後を追う母。
「ゴーグルの異世界情報だけじゃあ、足りない」
「じゃあ、どうする……あ、これ!!」
ヒデヨシはズボンから水色の滴の形をしたペンダントを取り出す。
それは、ハルカスが攫われた時に落として行ったものだった。
「これも、異世界のものか! 鉱石は情報精度として低いが……大事なものか?」
「つけてた子を、絶対に助けるって決めたんだ!!」
「それなら大丈夫だ。記憶や想いは、とても強い引き金になる。しっかり、向こうの異世界のことを考えるんだぞ」
「分かった!! 任せて」
転送ゲートのある部屋まで行って、そこにいた職員たちに声をかける父。
「あれっ、研究長? 今日、偉いさん方にプレゼンの日じゃあ……」
「やあ、すまんね。息子の門出を祝ってやりたくてね」
「よく分かんないですが……。あ、奥様、どうも。キミがヒデヨシ君かい?」
メガネ姿の研究員が父に、母とヒデヨシに声をかける。
「転送ゲート、座標未指定で許可取ってくれないか。あと、コーディネイトアンカーの使用権」
「新規調査隊の依頼なんかありましたっけ?」
「息子が行くんだ」
「い、いやいやいや! 何言ってんすか!! 民間人の、それも子どもでしょう!?」
「責任は、全部持つさ」
「えぇー……」
父が、ヒデヨシの頭をワシワシと撫でる。
「俺の息子だ。異世界を救うって、約束してきたらしい」
「約束、ねえ。研究長が “約束” って言いだしたら聞かないすからねえ」
メガネの研究員は頭をガシガシと掻いて溜息をつく。
「正攻法で許可なんか取れないっすよ」
「え、そんな……」
ヒデヨシの顔が曇る。
「だから、こっそり行って下さいっす。後で一緒に怒られましょうね、研究長」
「そうだな。減給もセットだろうな」
「そうと決まれば、いっちょ悪さしますか!」
「あなたって人は、もう……」
男は、いつまで経っても未知への興奮に打ち勝てないものだ。
男たちは、悪ガキのような顔をしていた。
研究所内、転送ゲートの前で、ヒデヨシは父と力強く握手する。
「ヒデヨシ、これを持っていけ」
「なに? これ」
「コーディネイトアンカー……いや、難しいか。とにかく向こうに着いたら、これを起動しておいてくれ」
「分かった!」
「そしたら、キミの行った異世界の座標がこっちでも分かるんす。ゲートが繋がるようになるんすよ」
「よく分かんないけど、向こうで使えばいいんだね!」
発煙筒のようなそれを受け取り、ヒデヨシはゲートの前に立つ。
ゴーグルを握りしめ、オーサカで出会った人々の事を思い出していく。
「それじゃあ、行ってくる!!」
紫にうねる光の中へ、ヒデヨシは飛び込んだ。
靄の中で、強く思い浮かべる。
少女ハルカス。勇者ナァンバーン、観嬢仙……。
そして、ぐにぐにとした不思議な球体。
「輝きくん……今行くよ!!」
やがて視界が輝きに包まれ、落下感とともにヒデヨシの意識は薄れていった。




