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第12話 『ナーラ神国の危機! 動け伝説の像!!』前編

 ナーラ神国からは、北方の山を越えてハンナリィ帝国に入ることができる。

 四方を山に囲まれた神国は、天然の要塞さながらであり、ここに攻め入るには相当の兵力が必要となる。


 それぞれの方角には関所が設けてあり、外からの侵入は即座に大本殿に通達される。


 その守りの硬さが神国の強みだった。


 ヒデヨシ達は神国で物資を補給し、今夜のうちにハンナリィ帝国に向かうべきか話し合いを行っていた。


「できるだけ早く、ハルカスを助けに行きたい!」

「ですが、今から向かえば帝国に着くのは日が暮れてからになりましょう。本日は休まれてはいかがですかな?」


 神祇官、トウダイ=ジィがそう提案する。


「でも……」


 ヒデヨシは納得いかない様子で口を噤む。

 今、こうしている間にもハルカスが危機にさらされているかも知れないのだ。気ばかりが逸る。


「ウチも、はよ行った方がええと思うわ。あいつらより早よ着けるかも知れんしな。夜襲でもなんでも、油断しとる時に攻めるのがええ。ウチら、少数やしな」

「ふむ、それは一理ありますな。どれ、拙僧もお手伝いをば――」

「カトゥー様。神国に戻られた今、あなたさまは大僧正です。溜まっているお仕事を先にお済ませくださいませ」


 シカッサンドラがカトゥーに釘を刺す。

 そして、少しの間を空け、ヒデヨシ達に向かって言葉を続けた。


「予言にて、凶星が出ておりますゆえ、わたくしも一時の滞在をお勧めいたします」

「慌てていくと、危ないってことなのかな……」

【案外、ここにおった方が危ないんかも知れんで】

「ごもっともですな。ですが拙僧どもがおります分だけ、危機の回避もしやすくなりましょうや」

「まあ、それもそうかも知れん。どないする? ウチはどっちでもええわ」


 ヒデヨシは俯いて、目を閉じる。

 それからがばりと前を向いて言った。


「それでも、俺、やっぱり行かなきゃ。帝国に行くよ!」

「左様ですか。それならば、せめて少しでも休息を取ってから向かうと良いでしょう」


 カトゥーは笑みを向ける。白い法衣を着ているカトゥーの声は、先ほどまでにも増して穏やかなものに聞こえた。

 日が暮れ、大本殿の奥にある部屋で夕食をとる。


 ナーラ神国の料理は、オーサカのものとはまったく違っていた。

 基本的に菜類だけで構成された食卓で、ヒデヨシにとっては少し物足りなかった。


 夜の進軍は、ヒデヨシにとって初めてのことである。

 夕食後、部屋を借りて少し仮眠をとった。


 シォノミ=サキ遺跡から移動の連続だったので、すぐに眠気が襲ってきた。

 出発の刻限には観嬢仙が起こしてくれるというので、そのまま眠りについた。




   ○   ○   ○




 寝ているヒデヨシの隣で、観嬢仙と輝きくんが話している。

 部屋に明かりはなく、外からの星明かりだけがささやかに薄闇を照らす。


【ホンマに急いで行った方がええと思うか?】

「ケンカの基本は、開幕一発、鼻っ面に拳骨やさかいな。せやけど……」


 ヒデヨシの寝顔を見て、少し困り顔の観嬢仙。


「こない小っさいボウズなんやと思うと、ちょい躊躇ってまうな」

【そら、まあ、ワイもそうや。けど、ワイの力をここまで引き出せるんは、ヒデヨシしかおらんで】

「タイ・ヨーノ・トーも動かせる……か」

【動かしてもらわな、困るんや。世界の危機やからな】


 沈黙。

 観嬢仙がヒデヨシの頭を撫でる。


「なあ」

【なんや?】

「約束せえ。ヒデヨシを犠牲にはせん、て」

【……ワイみたいにはすんなっちゅうことか】

「あんたはあんたで、はよ人間に戻れや。3000年前に約束したやろが。ウチ、嘘は嫌いやねん」

【……わかっとる。この戦いで、全部終わるんや】


 観嬢仙は輝きくんを膝の上に乗せた。


「いつまでも待たすなボケぇ」

【すまんな。とりあえず、さくっと巫女の嬢ちゃん取り戻そうや】

「せやな。ほな、そろそろヒデヨシ起こそか」


 輝きくんがヒデヨシの上に飛び乗る。

 不意に乗られたヒデヨシは「う゛っ」と声を漏らした。




   ○   ○   ○




 カーニィ・グランドに乗り、一路、北を目指す。

 神国の都を出る時に、シカッサンドラが見送ってくれた。


 カトゥーの姿はなく。それについて聞くと「ラヅケーナ様に見張られながら仕事なさっています」と彼女はころころ笑った。

 ラヅケーナは、カトゥーが幼い頃から彼を育てていた乳母であり、彼が唯一頭が上がらぬ存在だということだった。


 暗い道を、カーニィ・グランドの下部、ハルカスが乗っていた機神のライトで照らしながら進んでいく。


「夜が明ける前にはハンナリィの領地に入れるやろ」

「ハルカス……待っててね!」

【ねーちゃんも助けやなあかんし、やることは多いで。きばっていこか】

「うん!」


 ナーラ神国、北を守る山を登っていく。

 街道は山沿いに曲がりくねったもので、斜面に沿ってつづら折りになっている箇所もあった。


「トンネルとか作ったらいいのに」

「トンネルて何や?」

「山を掘って、まっすぐに道路を付けるんだ」

「あぁ、そういうのか。ナーラとハンナリィは仲悪いから、行き来の必要があんまりなかったよってな」

「……仲直り、できないのかな」

【どうやろなあ。ハンナリィが大人しゅうしとってくれたらええんやけど】

「300年くらい前からやなあ。急に攻めてくるようになったんは」

「うーん、何かあったのかなあ」

【さあ、分からん】


 山頂近く。ここから先はハンナリィ領だというところで、ナーラの都を振り返る。

 何も見えないはずの漆黒に、一つ、赤い火が灯った。


「あれ……何かな?」


 二つ、三つと火が増えていく。


「ちょい、おかしないか?」

【変やろ……燃えとるで】


 胸騒ぎがする。

 そうしている間にも火の数は増えていく。


 都が、燃えているのだ。


「も、戻ろう!」

【おう! 飛ぶで!!】


 山を降りるだけならば、火を目印にして飛んでいける。

 ジャイロを展開し、カーニィ・グランドは夜空へ舞い上がった。




  ○   ○   ○




 都が近づくにつれて、人々の喧騒も聞こえてきた。

 やはり、ただごとではない。


 大本殿付近に降り立ち、建物に燃え移っていた炎を、カーニィの腹部から泡を射出して消火する。


 僧兵たちが慌ただしく行き来していた。

 大本殿の中から、カトゥーが走ってくる。


「ヒデヨシどの! 助かりもうした!」

「何があったの!?」

「それが皆目!!」


 そして周囲にいる僧兵たちに向かって叫ぶ。


「大本殿に、国民を避難させよ!! 急げ!!」

「俺たち、他の所の炎も消してくるよ!」

「かたじけない! お頼み申す!!」


 神国のあちらこちらから火の手が上がっている。

 ヒデヨシの鼻をつく、街が燃える匂い。


 その異質に、寒気がした。


「どうして……!」

【とりあえず、大本殿に向かう道を優先的に確保や!】

「ウチは人助けの方に回るで!」

【おう、頼む!】


 観嬢仙が降り、走り去っていく。


 闇の中、炎に照らされるナーラ神国民の表情は、困惑と恐怖だった。

 思い切り歯を食いしばって、カーニィ・グランドで消火活動を行っていく。


 徐々に大本殿に人が集まり、消化も一段落ついたという段で、ヒデヨシも大本殿へと戻る。


 大本殿前の広間には、僧兵をはじめ、多くのナーラ神国民が集まっていた。


「近しいものの無事を確認せよ! 僧兵を条坊ごとに割り振ったので、僧兵たちは心身の無事を最優先にして神国民の保護にあたるのだ!!」


 カトゥーが大本殿の中、壇上から指示をとばす。

 ヒデヨシが走り寄ると彼は小声で言った。


「シカッサンドラとトウダイ=ジィの姿が見えませぬ。どこかで見かけましたか」


 ヒデヨシは即座に首を横に振る。

 大きく、カトゥーが息を吐く。


「拙僧、今はここを動けませぬ。代わりに探してきてはもらえませぬか」

「分かった! 任せて!!」


 大本殿の内部へと、ヒデヨシは駆け出す。

 東の空が、白み始めていた。


 都全体に、煤の匂いが漂う。

 大本殿の奥へと走るヒデヨシの耳に、どん、と扉を打ち叩く音が聴こえた。


 急いでそちらへ向かい、無理やり扉を開ける。

 転がり出てきたのは、縄で縛られたナーラ神国民だった。


 塞がれていた口の布を取る。


「シカッサンドラ様が! シカッサンドラ様が危ないのです!!」

「何があったの!?」


 彼女は自らをラヅケーナと名乗った。

 街に火の手が上がり始めた時、騒ぎの中でシカッサンドラの元に向かったのだという。


「シカッサンドラ様が攫われている所に偶然……! それで縛られて……ッ!」

「だ、誰がシカッサンドラをさらっていったの!?」

「ッ!! それが、神祇官様が……! ホンノウ=ジィ様が、シカッサンドラ様を……!!」

【なんやてぇ!?】

「どういうこと!?」

「わ、わたしにも何が何だか……」


 その時、地響きが大本殿中に響いた。

 ラヅケーナを連れて大本殿に戻ると、広間の向こうに、巨大な青銅の機神が立っていた。


 カーニィ・グランドよりも数倍は大きい人型の機神。

 ゆっくりと腕を振り上げ、街並みを轟音と共に押しつぶす。


「な、なんだアレ!?」


 その場にいた全員が、言葉を失ってただ茫然とそれを見つめるしかできなかった。

 カトゥーの元に駆け寄る。


「ラヅケーナ! 無事でありましたか!」

「はい! けれど、けれどシカッサンドラ様が……!」

「彼女がどうしたというのだ!?」


 ラヅケーナが口を開こうとした時、頭上から声が降る。


「ぐぁははは!! 今日がこの国最後の日じゃあ!!」

「その声は……っ!」


 この神国の守護像であるカルシャナ像の台座の上にいたのは、神祇官トウダイ=ジィ。

 そしてその横に。


「シカッサンドラ!!」

「カトゥー!」


 手を伸ばそうとするシカッサンドラをぐいと引き戻し、下卑た笑いを漏らす。


「あれに見ゆるは、ハンナリィ帝国の古代遺産……! 大機神さまじゃあ!」

「貴様……貴様、ハンナリィの手の者であったのか……!!」

「いぃぃかぁにも!! そこを動くでないぞ……。この娘がどうなってもよいのかぁぁ?」

「くッ……シカッサンドラ……!」


 刃物をシカッサンドラの首筋に当てて脅す。

 カーニィに向かって走り出そうとするヒデヨシを、一喝で制するトウダイ=ジィ。


「貴様も動くでない!!」

「……くそお!」

【あのじいさん、帝国のスパイやったんか……!】


 街を瓦礫に変えながら、大機神がこちらに向かってくる。

 このままでは、何もできずに大本殿もろとも、潰されてしまう。


 シカッサンドラの眼に、覚悟が浮かぶ。

 その表情を、カトゥーは見逃さなかった。


「やめろ! シカッサンドラ!!」

「いいえ、これしかありませぬ。カトゥー。後は、頼みます」


 彼女は自らトウダイ=ジィに体重をかけ、相手の体勢が崩れたところへ向け、刃物へと自らの体を差し出した。

 刃が、彼女の胸を貫く。


 ジワリと赤く染まっていく僧衣。口元から一筋、赤い血が流れた。


「シカッサンドラァァァ!!!」

「これ、で、私を気にせず動ける……でしょ、う」


 輝きくんが空気を裂いて叫んだ。


【走れヒデヨシィィ!!】


 その声にびくりと肩を震わせて、我に返ったヒデヨシはカーニィに向かって走る。


「は、発進!!」


 場が騒然とする中、カーニィ・グランドを動かし、大機神に向かって飛び進んでいく。

 ちらりと大本殿を振り返れば、カトゥーが力なく膝をついていた。

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