第10話 『シォノミ=サキ遺跡の謎! 機神・大合体!!』前編
夜が明け、一行はナンキシラのさらに南、シォノミ=サキ遺跡を目指す。
カトゥーは、ヒデヨシ達と出会った山道に戻り、不審な機神が通らないか引き続き監視すると言ったが、ナァンバーンがそれを止めた。
「帝国の狙いも、たぶん同じ所だ。お前さんも来いよ」
「よいのですかな?」
「俺様の目に狂いはねえ。カトゥーは頼りになるぜ」
「兄ちゃんが言うなら、俺は賛成!」
観嬢仙、ハルカスが顔を見合わせて不思議そうな顔をする。
「まあ、邪魔にならんのやったらウチは構わんけど」
「こう見えて拙僧、気配りもできるよい男ですぞ。ささ、観嬢仙どの。酔い覚ましにこちらを」
「お、アリッダーの実やんけ。オレンジに熟してええ食べごろやな」
「わっ、皮も剥いてないのにすごく良い匂い!」
「ハルカスどのにも、おひとつ」
「ありがとう! わたしもカトゥーの同行に賛成!」
物につられるように、二人もカトゥーに好意的な評価を下す。
アリッダーの実は柔らかい外皮を剥いて食べる果実であり、少しの酸味と、凝縮された甘みが特徴的な橙色の果実だった。別名を、幻の果実。オーサカ国でホーリェに頼まれたものだった。
【どないした? ヒデヨシ】
「え、あ、うん。どう見てもミカンだなと思って」
【ヒデヨシの世界にも似たようなもんがあるんやな。ま、当然やろな】
「そうなの?」
【感覚っちゅうか、世界の下地っちゅうか、そういうのが似てる世界を探したからな】
輝きくんの目的のためには、より強い潜在能力を持つものをオーサカ国に連れてくる必要があった。
そのため、姿形や習慣などが近い世界を渡り歩いてヒデヨシと出会ったのだった。
「よし、それじゃあカトゥーは俺様の機神に乗れよ。出発だ!」
「いえ、めっそうもない。拙僧、走りますゆえ」
カトゥーの首根っこをがしりと腕で引き寄せて
「寝てねえんだろ、俺様の機神に乗って寝てろって」
と小声で言った。
カトゥーは角を掻き「敵いませんな、ではお言葉に甘えましょう」と影式に乗り込んだ。
○ ○ ○
シォノミ=サキ遺跡まで、数時間。
機神での移動ならば、とそれぞれが速度を上げて、遺跡に辿り着いた。
円筒型に立つ、高さおよそ20メートルの遺跡。
それがシォノミ=サキ遺跡だった。海沿いの岸壁に建てられたその遺跡は、長い年月の潮風を受けても一切の劣化を見せていなかった。
「なんだか、引っこ抜けそうだね」
「拙僧にもそう見えますな。上の辺りが細く窪んで、まさに持ち手のようでありますな」
「こんなもん引っこ抜けるのは、オーサカの大機神くらいのもんだろうよ」
それぞれ遺跡への感想を述べているうちに、観嬢仙が遺跡の入口を調べていた。
「他のもんが入った形跡はあらへん。少なくとも、待ち伏せされとるっちゅうことはないな」
【ほな、帝国の奴らが来ても困らんように見張りは要るな】
遺跡の入り口は、機神で入れるような広さではなかった。
コアの封印を解くために、輝きくんとヒデヨシは遺跡の中へ入る必要がある。
カーニィを護衛するために、残り二体の機神は外で待機することになった。
「カトゥー、遺跡への同行、頼めるか」
「御意に」
影式からふわりと飛び降り、音もなく着地する。
「よろしくね!」
「用心に越したことはありませんからな」
【まあ、なんや棲みついとるかもしれんしなあ】
遺跡の入口の先には少しだけ広間があり、そのまま地下へと繋がっていた。
「うへえ、また地下かぁ」
ヒデヨシはゴーグルをつけ、ライトで行く先を照らす。
ふと気になってカトゥーをゴーグル越しに眺めてみる。その輪郭は緑に覆われて一切の敵意がないことを示していた。
「おお、便利なものですな。では、拙僧も」
僧衣の袖から手の平に収まる程度の円筒を取り出し、何事か呟く。
円筒の先から光が射した。さながら懐中電灯のようである。
「わ、すごい」
「拙僧、これもで神国一の法力の使い手にて」
【昨日はえらい酒も飲んどったけど、人は見た目によらんなあ】
「禁酒は神国の教えにありませんからなぁ」
【なんや自分! ワイの声聞こえとるんかいな!】
「輝きくんの声は、すごい人にしか聞こえないんだって!」
「それは光栄」
いくらか地下に降りていく途中、でてきたのは虫くらいだった。
甲虫のような見た目のものから、クモやムカデのような多足類まで。そのどれもがヒデヨシの知る者とはサイズ感が違っていた。
「わ、でっかいクモ」
「ヒデヨシどのの国ではそう呼ぶのですな。とりあえず成敗成敗」
別の法具、両端が尖ったクナイのようなものを取り出して、ひゅっと投げる。
それを察知してざかざかと足を動かして逃げる大蜘蛛だが、法具は途中で不自然に軌道を曲げてざくりと刺さった。
「さ、参りましょう。道案内はどちらの団子どのにお任せしても?」
【いのちの輝きくん言えや。こう見えて3000歳越えやぞ】
「これは失敬。では輝きくん殿。改めて案内をお願いいたします」
【ま、そんなに広い場所でもあらへんし、ぱぱっといこか】
だが、その楽観的な予測は打ち砕かれてしまう。
さらに下へ下へと進んだ先が、水没していたのだ。
シォノミ=サキ遺跡は海沿い、岸壁に建っていたので、どこかが崩れて水が浸入してきたのだろう。
「ど、どうしよう、輝きくん」
【うーん……】
「別の道は、ないのですかな?」
【あらへんなぁ。こっから下が全部沈んどるとなると、泳いで行くにも遠すぎる」
カトゥーがぽん、と手を打つ。
「こういうのは、如何ですかな?」
先ほど大蜘蛛を射抜いた法具をいくつか取り出し、ぼそぼそと呟いてから角にきぃんと当てる。
波紋のようなものがクナイから出て、頭をすっぽり覆うほどのシャボンのような膜を作りだした。
「これならば多少は呼吸ができるかと」
【なるほど! その要領でええんか! ほな、ワイがもっと大きいの作ったるわ。ヒデヨシ、力貸せ】
「うん!」
ヒデヨシが輝きくんをがしりと掴む。
ぱちぱちと球体が輝き、輝きくんの気合いの声とともに、ぐわりとエネルギーフィールドが展開した。
ヒデヨシとカトゥーを包んでもまだ余裕があるそのフィールドを中から見上げ、
「これは見事ですなあ! 流石、オーサカの守護を数千年されているだけのことはある!」
【せやろ、せやろ。もっと褒めてええんやで】
「でもやりすぎると干からびちゃうんじゃない?」
【遺跡探索の間くらいやったら大丈夫や! でもまあ、さっさといこか!】
水をどぷんと掻き分け、形成されたエネルギーの場が進んでいく。
やがて遺跡探索チームの一行は、最下層である部屋に到着する。
そこもやはり水没しきってはいたが、部屋の奥に祭壇のようなものがあり、そこには綺麗な箱が置かれていた。
水を押し分け近づいてみれば、箱は真っ白でなんの装飾もなく、しかし海水に晒されていたというのに朽ちかけた気配を一切感じさせなかった。
「この箱の中に、コアがあるんだね」
【せやで。ワイの力が何倍にもなるから楽しみにしとき】
箱に手をかざすと、一瞬だけ青白い光が箱の表面に走り、自然とふたが開いた。
中には、深い海のように蒼い輝きくんが入っている。
「青いですな。拙僧、輝きくん殿とおなじ真紅を想像しておりました」
「ウメダ遺跡のは白かったよね」
【せやな。さて、起こそか。ヒデヨシ、触れたってくれ】
「うん」
青い輝きくんを手に取る。
その手触りは、普段触れている輝きくんとよく似ていたが、ひんやりと冷たかった。
力を吸い取られるような感覚。
そして、青い球体は目を開きその体と同じく青い瞳をぐりん、と動かす。
【おぉ……封印解かれよった……おはようさん】
【寝とるとこ起こしてすまんなあ。時が来たんや】
【そうかぁ……そら、しゃあないなあ……】
えらくのんびりした喋り方の球体。
「そういえば、白い輝きくんも喋ってたっけ」
「いやはや、面妖な生き物でございますなあ」
突如、遺跡が揺れる。
小刻みに揺れるその振動は、自然的なものではなく、人工的なものだとカトゥーは感じ取った。
「やはり、帝国の機神が襲ってきましたかな」
「そんな! 急いで戻ろう!!」
【説明は後や! とりあえず行くで!】
【えらい派手な目覚ましやなぁ……ほなまぁ、連れてったってや……」
輝きくんを肩に、青い輝きくんをカトゥーに渡し、ヒデヨシらは来た道を急いで引き返す。
○ ○ ○
地上では、ナァンバーンとハルカスが帝国と戦っていた。
「数で攻めてきても、この勇者俺様の敵ではない!」
影式のアーム爪を開き、高速移動しながら帝国の浮遊機械や二足機体を蹴散らしていく。
ハルカスの機神には武装らしい武装は無かったが、観嬢仙がその身一つで舞いながら戦っていた。
「たしかに、なんぼ来ても敵やあらへんけど、油断はせんようになぁ」
対多数の戦闘において、ナァンバーンが後れを取ることはまずないだろう。
それは元々持っていた勘の良さに加えて、大多数との組手修行で周囲の認識能力が上がったためだ。
そのナァンバーンがぴくりと眉を上げる。
雑兵の後方から、強敵の気配がした。
姿は、よく見知った首なしの黒い機神。その腕は三節昆のようにぐねりと、不自然に長い。そのアームの先には不気味に丸い鉄球めいたものが取り付けられていた。
飛行機械の群れに紛れて走り寄ってきたそれは両アームを振り上げて、渾身の勢いで影式を狙う。
即座にブースターを吹かして、ナァンバーンはその場から緊急離脱した。
空振りに終わった鉄球が激しく地面を打ち、大地が揺れる。
「はっはぁ! 当たらん当たらん!!」
「わ、わ、揺れるー!!」
ハルカスの機神がたたらを踏む。
黒機神から声が響く。
「あのガキはいないのかしらぁ? 今回こそすりつぶしてやろうと思ったのにぃ」
黒機神を操っているのは、ハンナリィ帝国第4師団長、オリコ=ニシジン。
ヒョーゴスラビアでの屈辱を晴らすために、再び彼らの前に現れたのだった。




