第9話 『アリッダーでひと休み! 温泉旅館で豪華なごはん!』後編
街道を三体の機神でゆっくり歩きながら、目的地の情報を聞く。
アリッダーには、ハンナリィ帝国がいないとナァンバーンが教えてくれた。
「ハンナリィ帝国から見りゃあ、オーサカとナーラ神国を挟むから、攻めにくいんだろう」
「そっかぁ」
特に、ナーラ神国の南部は深く険しい山林であるので、街道自体もそれほど整備されていない。
実質、アリッダーとの交易路は、オーサカと繋がる道か、海からのそれしかない。
「機神だと、交易船に乗れないから歩いていくしかないんだー!」
「どれくらいかかるかな?」
「このペースなら、そうだな。夕方には宿場街ナンキシラに着くだろ」
「ちょうどええやん。うまいメシ食って温泉にでも入ろうや」
【えらい呑気なやぁ】
「賛成さんせーい! ナンキシラは魚料理がとってもおいしいんだよ!」
「漁港に近い街だからな。俺様も賛成だ」
がしん、とハルカスの乗る機神の速度が上がる。
「早く行こうよ! 日が暮れる前に着いたら、寄り道したい!」
【そもそも、ナンキシラに行くこと自体、寄り道ちゃうか?】
「どこか、行きたいところがあるの?」
「砂浜! 夕陽が沈むのが綺麗に見える場所があるんだって!」
「へえ」
ヒデヨシは返事をするが、夕日が沈むのは当たり前の光景だと不思議に思った。
「少年。ナンキシラ浜にはな、言い伝えがあるんだ」
「言い伝え?」
「沈む夕日を一緒に見た相手と、同じ願い事をしたら、それが叶うんだとよ」
「なんやそれ、おもしろそうやん」
「事前に何をお願いするか決めたらダメなんだって!」
【客引きによくありそうな言い伝えやんけ】
和気あいあいと街道を進んでいく。
アリッダーとオーサカの国境にある山を進む。
街道は少し険しくなったが、交易路として使っていることもあり、山道、と呼ぶほどのものでもない、緩やかな傾斜だった。木々の葉で光が遮られ、まだらな影を作っている。
突如。
カーニィ目がけてどこからか矢が飛んできた。
輝きくんの張っていたエネルギーフィールドに阻まれはしたが、一行に緊張が走る。
「誰だッ!」
ナァンバーンの機神が宙に浮く。
少し高い視点から周囲を見回してみても、木々に阻まれて正体不明の相手の姿は見えない。
「修行の成果と、新しくなった俺様の機神、影式markⅡの力を見せてやるぜ!」
両アームの先端の爪をがばりと開き気合いの雄叫びをあげる。
「兄ちゃん! 影式、どこか変わったのー!?」
「名前以外は何も変わってないッ!!」
「えっ」
【あいつほんまアホやな】
影式、もとい、影式markⅡは上空へ飛びあがり、ナァンバーンは下を見下ろして精神を集中する。
修行を終えて、ナァンバーンの感知能力は常人のそれをはるかに超えて成長していた。
木々の間で動く何者かの影をしっかりと捉え、回転しながら突撃していく。
「そこだぁッ!」
ブースターを使って急降下、そして周囲の木々をアーム爪を最大に開いた状態で回転してなぎ倒す。
拓けた視界には、一人の人物が腰を抜かしていた。
「相手が悪かったな! 勇者ナァンバーン様の舎弟に手を出した事、後悔すると……って、ハンナリィ兵じゃないな」
そこにいたのは、ゆったりした法衣のような衣装に、鹿の頭をした亜人。
木々を抜けてカーニィたちも姿を現す。
鹿顔の人物は、観念したように下を向いた。
「もはや、ここまで……」
「えっと、ヒョーゴスラビアの人なの?」
ヒデヨシが声をかける。
【ちゃうちゃう。ナーラ神国のモンやな。あの国はみんなあんな顔やから】
「そうなんだ。鹿だね」
【シカ? ヒデヨシの国におる生きモンか?】
「そうだよ。そっくり。角があるところも。着てるのはお坊さんの服みたいだし」
鹿の亜人が思い切ったように顔を上げる。
「最期に、最期に拙僧の願いを聞いてはもらえぬか!」
「え、あ、うん」
「拙者の……拙者の首だけはどうか神国へ帰していただきたく……」
「いや、殺さないよ!?」
「なんや、また厄介そうなん出てきょったなあ」
観嬢仙は手を額に当てる。
ヒデヨシも声には出さなかったが同じことを考えていた。
○ ○ ○
機神から降り、事情を聞く。
話をするうちに、鹿亜人の顔が青ざめていき、角が地面に埋まりそうなほど見事な土下座の姿勢をとった。
「拙僧の勘違いで、かような子の命を取らんとしていたなど……やはり許されるものでは……! かくなる上はこの角切り落として謝罪の意を……ッ!」
「いや、邪魔だからいらない」
【ヒデヨシ……ツッコミがタフになりよったなぁ】
鹿亜人の名は、カトゥーと言った。
「拙僧、神国にて仕えし神僧、名をばカトゥーと申す」
「俺。大阪ヒデヨシ。それで、カトゥー。どうして僕らを狙ったの?」
「神国の預言者に、シカッサンドラなる者がおるのです。その者によれば、ここを通る機神はいずれナーラ神国に危機をもたらすと……」
「俺、そんなことしないよ!!」
「そーだそーだ! ヒデヨシはオーサカ国を救いにきた救世主なんだからね!」
繰り返し、ぺこぺこと頭を下げるカトゥー。
「いやまったくもってその通り。拙僧、これでも人を見る目はありましてな。ヒデヨシ殿は信に足る者でしょう」
「調子ええやっちやなあ」
「おうおう、俺様の舎弟を狙った事実に変わり位はねえんだ。落とし前ってのがあるだろう」
ヒデヨシは「えっ」とナァンバーンを見る。
【ヒデヨシ。お前、いつの間に兄ちゃんの舎弟になったんや?】
「なったつもりはないんだけど……」
「俺様がさっき決めたぁ!」
「はいはい、アホ言うとらんでええねん。真面目に話するで」
「いえ、せめてこの拙僧に、ナンキシラでの接待はお任せめされよ」
「ちょい黙れ」
「御意に……」
観嬢仙にすごまれ、縮こまるカトゥー。
「シカッサンドラ言うたな。確かに有名や。会うたことあるわ」
「わたしも知ってる。絶対に予言が外れないんですって」
「いかにも! ナーラ神国、稀代の預言者! 彼女であればいずれ――」
「黙れいうとんねん」
「御意……」
三つ指ついて顔を下げ、角を地面につけてぷるぷる震えるカトゥー。
ナァンバーンは少しだけ彼に同情した。
「せやったら、急いだ方がええやろ」
「どういうこと?」
「ウチら以外に機神に乗るいうたら、ハンナリィ帝国くらいしかおらんやろ。そいつらが通るっちゅうことちゃうんか?」
「そっか、帝国の奴らが来るかもしれないってことか!」
【さっさとコアの封印解きにいった方がええっちゅうこっちゃな】
ヒデヨシは地図を取り出し、封印の場所を確認する。
ナンキシラの街からさらに南にその場所はあるようだった。
太陽の傾きを確認し、観嬢仙は「ふむ」と一人考える。
「どのみち、今夜はナンキシラで休んだほうがええか」
【せやな。用心はしつつ、休む時には休んだ方がええ】
封印の場所まで一気に行軍しても、疲れによるリスクの方が大きい、とそう判断した。
カトゥーをビッと親指で指し「こいつが払い持ってくれるいうとるしな」と言った。
「それはもう、豪奢に参りましょう! ナーラ神国にツケておきます故、心配ありませんぞ!」
「……お前、本当に僧か? いやまあ、俺様、そういうの嫌いじゃないけどよ」
「そうと決まれば急ごうよ! 早くしないと夕日が沈んじゃうよ!」
カトゥーをナァンバーンの機神に乗せ、一行は再びアリッダーの宿場街、ナンキシラを目指す。
○ ○ ○
浜で沈む夕日を見た後に、一行は宿に入る。
「ハルカス、夕日見ながら何かお願いしたの?」
「いやあ、うぇへへ……。夕日に見とれてたらお願いするの忘れてた」
カトゥーの言葉通り、宿で出された食事はとても豪華なもので、ヒデヨシが初めて見る食材も多かった。
オーサカからの使者だとカトゥーが宿という宿中に触れ回り、贅を凝らした料理を運び込ませたのだ。
「すっげえ! どれもこれもド派手にうまぁい!」
「ほんとおいしいね! 夕日もキレイだったしサイコー!」
「そうでしょうともそうでしょうとも! この宿は拙僧が知る中でも一級ですぞ!」
「ナーラの僧侶って、もっとこう、戒律を守るとかそういうのないんか?」
「神国内では守りますぞ? 守らねばラヅケーナの罰が待っておりますからな! はっはっは!」
「……何? それ」
「ろくでもないヤツやっちゅうのは分かったから聞かんでええわ。それよか、酒、追加」
【飲み過ぎちゃうか?】
「大丈夫大丈夫。飲まれたりせんて」
「御意に! これ! 誰かある! 酒を大樽で所望する!」
宴会の様相を呈した食事は遅くまで続き、倒れるように皆が眠りについた。
はだけそうな服を気にもせず、観嬢仙は大の字で眠り、ヒデヨシとハルカスも敷物の上に並んで寝息を立てていた。ナァンバーンは壁にもたれかかるように座り込み、酒瓶を手に持ったまま俯いている。
全員が寝静まったとみて、カトゥーが暗い部屋の中でゆらりと立ち上がる。
僧服をビシリと整え、険しい目つきで一行を見渡す。頭から生えた角が、月光をギラリと反射した。
「おう、ついに本性を現したか」
「……ッ!! 寝ておりませんでしたか」
ナァンバーンが顔だけ上げてカトゥーを見る。彼の瞳にもまた、月光が射していた。
「一応、これでも勇者やってるもんでな。警戒はさせてもらった。で、敵か? 味方か?」
「皆を起こしてもいけませぬ。どうか、外へ」
「おう」
音もなく、男二人は宿の外へ出る。
そのまま夜風に吹かれながらナンキシラ浜へ出た。
「拙僧は、神国の使いにて」
「予言通り、俺たちを倒すってか?」
「いえ」
即座に否定された声に勇者は拍子抜けする。
「貴殿らが神国に危機をもたらすとは、どうしても思えませぬ。しかし、予言は絶対」
「……そんなら、どうする?」
「手合わせ、願えますかな。邪なる拳かどうか、今一度見極めさせていただきたく」
「お、いいね。そういうの好きだぜ」
ばしり、と拳を打って構えるナァンバーン。
対してカトゥーもゆらりと足を開いて構えを取る。
僧服が足元までを覆っているせいで、体の軸や出足が分からない。
半身に構えたその姿勢から、ふっと沈み込んだかと思うと瞬歩で距離を詰めるカトゥー。
突き出される右の拳を躱すが、角で巻き込まれて体勢を崩される。
背が地面に着く前に体を捻り、カトゥーを乗り越えるように回転して逃げる。
「やるねえ。相当鍛錬積んでる動きだ」
「貴殿も、素晴らしい体術ですな」
ナァンバーンが砂を蹴り走る。右腕を振りかぶってカトゥーのガードを上げさせ、目前で深く沈み込み体ごと相手を押し倒した。
組み合いながら転がり、砂浜の上でナァンバーンがマウントを取る。
「行儀のイイ組手にゃ、こんなのはねえだろ」
両手を組んで振り下ろす。
カトゥーはあえて顔を持ち上げて打点をずらし、額でそれを受ける。反動をつけて起き上がり、ナァンバーンを押しのける。
「型破りですが、型を究めし拙僧なれば、破り方も承知の上にて」
「はっはぁ! そうこなくっちゃな!!」
先と同じようにカトゥーが距離を詰める。
拳、角の二連撃。ナァンバーンはどちらもいなし、ぐいと引き倒すように姿勢を崩しにかかる。
取った、とナァンバーンが思った次の瞬間、さそり蹴りのように振り上げられたカトゥーの足がナァンバーンの顔面を狙う。
咄嗟に右腕を前に出してそれを掴む。左腕で首根っこを押さえ、右腕で蹴り上げられた足を掴んだ。完全に動きは止めた。
「あ、っぶね」
「破ぁッ!」
しかし、カトゥーは抱え込まれた首を思い切り逸らして角でナァンバーンの背後への突きを狙う。
「甘ぇッ!!」
振り返らず、左腕を素早く離して正確に角を掴む。
「視界の外でしょうに……これを止めますか。拙僧の負けです」
「っひゅー。最後のこれは焦った。見えてようが見えまいが勇者俺様には関係ねえのよ」
ぱっと手を離して、カトゥーに向き直る。
「またやろうぜ。楽しかった」
「是非に。さて、分かってはおりましたが、やはり邪悪さの欠片もない」
「おう。これでも俺様、勇者だからな」
はっはと軽く笑いながら、僧服の乱れを整えるカトゥー。
「それでは、予定通り拙僧は寝ずの番をいたしましょう」
「あん? お前さん、ハナから疑ってなかったな?」
街中の宿に一行の存在を触れ回ったのも、もしも敵が先にここに来ていたら、それをおびき出すための一計だった。
騒ぎが収まれば絶好の狙い時である。敵が来るとしたら、夜だと張っていたのだ。
「それに、夜に街道を通って邪なる機神が来るやもしれませぬしな」
「はっはぁ! 食えねえなあ! 気に入ったぜ!」
「拙僧、これでもなかなかやる男ゆえ」
「違ぇねえ! そんじゃ、ご厚意に甘えて俺様は帰ってぐっすり寝るとするぜ」
「しっかり休まれよ。虫の一匹も通しませぬ」
カトゥーの背中を叩いて、心から愉快そうにナァンバーンは笑った。
ナーラ神国の僧、カトゥー。ナァンバーンは彼を信頼に足る人物だと評した。
男と男が拳を交えたならば、理屈よりもはるかに多くのことが分かるものである。ナァンバーンは一言「いやあ、良いケンカだったぜ」と伸びをしてからりと笑った。
ナンキシラの夜は、波音と共に静かに更けていく。
次話予告!
輝きくんコア封印の地、シォノミ=サキ遺跡! そこに眠るコアを手に入れることはできるのか!
遺跡攻略の途中で、また帝国が現れた! 今度こそ、取られる訳にいかない!
「ナンキシラの料理、おいしかったー!」
【ワイは水しか要らん体やからなあ】
「水の味とかは分かるの?」
【そらばっちりや。せやから変な水とかいらんで】
「ふぅん」
【いらんぞ!? フリちゃうからな!?】
第10話
『シォノミ=サキ遺跡の謎! 機神・大合体!!』
次回もド派手にオーサカだぜ!!




