第7話『アーケノベ鉱山大探検! 探せ幻の鉱石!』前編
平野部から、やがて海が見えてきた。その先には、大きな街や何隻もの船も見える。
港町アッカシ―は、ヒデヨシの想像よりもはるかに大きく、そして想像よりも静かな街だった。
港町というくらいなので、貿易のために賑わっているのだろうかと思っていたが、外に出ている者の姿はあまり見られなかった。
「輝きくん。あんまり人がいないね」
【せやなあ。昔は昼でも夜でも賑わっっとったんやけどなあ】
街道から街に入っても、それは変わらなかった。
港町特有の潮の匂いだけがヒデヨシを迎え入れてくれた。
【なんか事情がありそうやのう。とりあえず、アッカシ―の代表んとこ行こか】
海に面した大きな建物を輝きくんが示す。
三輪カーを道の脇に停め、ヒデヨシは建物のドアをノックする。
【あ、ちゃうちゃう。こうすんねん】
「え?」
ぴょこんとヒデヨシの肩から降りた輝きくんは後ろに下がり、勢いをつけてドアにぶつかった。周りが静かなだけあって、どぉん、という衝突音はやけに響いて聞こえた。
「ちょ、ちょっと輝きくん! 怒られるよ!!」
【……出てこんか。ほな、もう一丁!!】
再び下がり、勢いをつけてドアにぶつかろうとした瞬間、ドアが開き輝きくんは勢いのままに建物の中に突撃していった。
がしゃん、と何かが崩れる音がして、ヒデヨシは肩をすくめた。
「ようこそ、客人……おや、オーサカの人かね? それともアリッダーの人かな?」
「タ、タコ……!?」
ぬうっと姿を現したのは、胸部から上がタコで、人でいうところの腕は無く、頭部の付け根から八本の触手が出ている姿をした人物だった。
二本の長い触手だけが左右に出ており、それが腕のように見える。残りの六本は後ろにまとめて留めてあった。
【アイタタタ……急にドアが開きよった】
ぴょこぴょこと輝きくんがヒデヨシの肩に戻る。
【ほれ、自己紹介せえ。ヒデヨシ】
「あ、お、俺、大阪ヒデヨシ!」
「ああ、オーサカから来たのかね。我々から見るとナーラ神国以外の者は見分けがつきにくくてね。すまない」
ヒデヨシはぶんぶんと首を振る。
「私はアカシャ。ヒョーゴスラビア、六番自治区の区長を務めている」
「あの、えっと、お願いにきたんだ! 行きたい所があって」
「ほう……どこへ行きたいのかね。うちの流儀を知っていたからね、相応の礼儀は示そう」
「あ、ありがとう」
土地が違えば、風土や習慣は違ってくるものだ。
船乗りが多いこの地区では昔から喧騒が絶えず、来訪を告げるにはそれに負けない程の音をたてる必要があった。
ゆえに、激しいノックであればあるほど真意での訪問だとされるようになったのだった。
「昔の廃坑……えっと」
【アーケノベ鉱山や】
「そう、アーケノベ鉱山に行きたいんだ」
「あのような廃坑に何の用かな? 何も採れなくなって久しい場所だが……」
【どこまで話したもんかなあ。全部話したら長なるしなあ】
「俺の乗ってる機神が壊れて、その材料が残ってないかなと思って……」
機神、という言葉を聞いて、アカシャの頭部にある黒い眼がすっと細くなる。
「機神だと? ……忌まわしい……まだ、我々から何か奪うつもりかね」
「違うよ! ハンナリィ帝国と戦うのに、どうしても材料が必要なんだ!」
「第二自治区と第四自治区は、ハンナリィ帝国に奪われた。今でも、奴らの侵攻は続いている」
「俺も、ねーちゃんを攫われたんだ! 取り返したい!!」
アカシャはしばらく何事か考えていたが、右の触手で部屋の奥を指した。
「詳しく聞こう。他の区長も呼ぶ」
【なんや物騒な雰囲気になってきよったなぁ……】
ハンナリィ帝国がヒョーゴスラビアに侵攻してからというもの、交易に使う品物や街道を抑えられ移動もままならない状態が続いていた。
港はその役割を無くし、街は活気を失っていたのだった。
ほぼすべての自治区から、中心区である第六区に区民が集まってきているとアカシャは言った。
「我々は助けを求めている。オーサカ国やナーラ神国に援軍を請うてはいるが……」
【オーサカ国もせやけど、他の国もなかなか余裕があらへんからなあ】
「キミが、我々の助けになれるというのならば、何かしらの成果を期待したい」
「う、うん……」
「分かってはいるのだ。キミのような小さき者に頼るなど愚かしいと。しかし、我々にはもう後がないのだよ」
奥の部屋には、円卓があり、そこの一つの席に座るよう促された。
しばらくしてから、アカシャが円卓の間に入ってくる。
「他の区長たちに連絡はした。間もなく来るだろう」
「わ、分かった」
【下手なこと言うたら牢にでも入れられかねんなぁ】
「また牢屋は嫌だなあ……」
オーサカ国を訪れた初日に、牢に入れられたことを思いだし、ヒデヨシは小さくなった。
○ ○ ○
集まってきた面々は、全て特徴的な見た目をしていた。
中には人型でない者もいた。異世界は何が起こるか分からないと常々思っているヒデヨシではあったが、ヒト以外の姿形をしたものが自分を囲んでいる状況に、少しばかり恐怖を覚えた。
アカシャが面々に声をかけた。
「進行は、私、アカシャが行う。さて、お集まりいただき感謝する。この者が、オーサカ国から来た者だ」
「ひ、ヒデヨシです」
それぞれの視線は、比較的冷たい。いや、どちらかといえば疲弊しているように見えた。
それはハンナリィ帝国の侵攻の強さを物語っている。
鳥型の獣人が、羽根を挙げる。
全身を白い羽毛に覆われ、顔はまさに鳥類のそれであり、くちばしは黄色く尖っていた。
にわとりが立って歩いたらあんな感じだろうな、とヒデヨシは思う。
「第四区長、サジー=ドリー。発言の許可を願いますの」
「認めよう」
「そこの……ヒデヨリ、と言ったかしら? 何か能力はありますの?」
「俺だけじゃ何もできないけど、機神があれば動かせるよ。あと、俺ヒデヨシ」
「その機神とやらはどこにあるのかしら? ヒデナガ」
「ヒデヨシだってば! 今は壊れちゃって、それを直したくてこの国に来たんだ」
羽根を下ろし、サジーは首を振る。
次いで、大きな甲羅を背負い、ウロコを持つ亀のような者は手を挙げる。
「第五区長、アルァイ=トータス=マツモトより。いいかな」
「認めよう」
「アーケノベ鉱山はうちの区にある。本当に何もないぞ」
「でも、機神の修理にはそこで採れる鉱石が必要なんだ!」
「わずかに残った鉱石も、ハンナリィ帝国が持って行ってしまった。どうするね」
「でも、行ってみなきゃ……」
鱗を纏った腕を静かに降ろし、アルァイは甲羅の中に首をすくめる。
場には、冷ややかな諦めの空気が流れている。
「我々は、個々に様々な能力を持っている。それでも、帝国に手も足も出なかったのだ」
「でも、帝国とは何回も戦ったよ、俺!」
【あかんわ。完全に気持ちが負けとるな、こいつら……】
虎型の、他の者より一回り大きい存在が立ち上がる。
「ボウズ、俺は、期待してねえぞ」
「ランディ=バースォカダ。発言には許可を」
「うるせえ。俺の区の兵のおかげだろうが、帝国に対抗できてるのは」
「それは事実だが、今はオーサカ国からきたこの少年の話だ。第七区長」
「オーサカ国から来たってんなら、なんであの勇者を連れてこねえ!! あいつと俺さえいりゃあ、帝国の奴らなんざ……」
「勇者って、ナァンバーン兄ちゃん!?」
「ボウズ、あいつを知ってんのか」
「うん! 俺、兄ちゃんに勝ったよ!」
「なんだと……?」
場の空気がざわりと変わる。
勇者の名は、ここヒョーゴスラビアにも届いているようだ。
【そういえば、あの兄ちゃん、国内ではうるさいからって色んな国に行かされとったな】
「本当か、ボウズ」
「本当だよ!」
ヒデヨシはナァンバーンと戦った時のことを詳細に話した。
場の空気が少しだけ、希望を孕む。
「アルァイのじじい! どのみち待ってたって何も起こりはしねえんだ。行かせてみたらどうだ」
「……」
「サジー嬢も、勇者の野郎の強さは知ってんだろ」
「そうですわね。ヒデツグに賭けてみてもよろしくてよ」
「俺、ヒデヨシだってば」
他の区長も、ランディがそこまで言うならば、勇者を倒したならばと賛同する。
「ふむ、ではアーケノベ鉱山への入山を、この者に許可することとする」
「ありがとう!」
【まさかあの兄ちゃんに救われるとは思ってへんかったなあ】
鉱山での移動には三輪カーは使えないとのことで、小型の採掘機械を借りた。
カーニィよりも二回りほど小さい機械で、足部はキャタピラに、両アームの先はドリルになっていた。
「もう使うことはないと思っていたので、燃料はないのだが……」
「大丈夫! 動かせるよ!」
アルァイの申し訳なさそうな声に明るく返す。
区長たちが見守る中、輝きくんの力を使って起動に成功する。
【ハッタリは最初が肝心や。一発、ド派手にいったろか!!】
「よーし! 行っくぞー!!」
席の左右にある操縦桿を握り、気合いを入れる。
機体は必要以上に輝き、ドリルが高速回転して唸りをあげる。
キャタピラ部分にエネルギーを流し込み、溜めを作って一気に発散させた。
「発進ッッ!!!」
どう、と街道を削りながら採掘機械はあっと言う間に区長たちの前から見えなくなった。
風と共に力強く去っていった少年の後ろ姿に、彼らは言い知れぬ期待を抱いた。
目指すはアーケノベ鉱山。求めるは幻の鉱石。
ヒョーゴスラビアに蔓延する絶望を切り裂くようにヒデヨシは駆ける。




