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第1話『少年オーサカ、異世界に立つ』前編

 商店街はざわざわと賑やかだった。

 食材の買い出しでごった返す客をすり抜けるようにして走る一人の少年は、お使いの買い物メモを握りしめて八百屋へ向かっている。


 ランドセルの金具が外れ、少年の足取りに合わせて軽やかにかちかちと鳴っていた。


 少年の名は大阪ヒデヨシ。小学5年生。

 平均からすると少し小柄ではあるが、その分だけエネルギーが有り余っているような、活発な少年だった。


「お、ヒデヨシ君じゃないか。おつかいかね」

「そう! えっとね……」


 八百屋に着き、彼は手元のメモをちらりと見た。

 キャベツ、ニンジン、ドラゴンタケ、と書かれたそれを読み上げていく。


「あいよ、今日のドラゴンタケは新鮮だよっ」

「うぉ、まだド派手に動いてる!!」


 ドラゴンのウロコに生え、うねうねと動くそのキノコは、今や一般的な異世界からの輸入食材だった。

 さまざまな異世界が存在することが科学的に証明され、渡航技術が確立してからすでにかなりの年月が経っている。

 住環境が近い異世界などもあり、感覚としては『ちょっと遠い海外』のようなものだ。


 八百屋の店主が福引券を差し出す。


「はい、これ。向こうで福引やってるよ。1等の商品は異世界旅行券だ」

「ほんとに!? すっげえや!」

「ま。日帰りだけどね」


 野菜を入れた袋をぶんぶん振り回し、ヒデヨシは走る。

 文房具屋の隣の狭い路地に、野良猫が数匹集まっているのを見つけて急ブレーキ。好奇心のままにそちらを眺める。

 野良猫たちは何かをじっと見て、時折ちょいちょいと手を出している様子だったが、ヒデヨシが「わーっ!」と声を出すと一目散に逃げていった。


 その場に残されていたのは、野球ボールほどの真っ赤な球体が一つ。


「なんだコレ」


 拾いあげて、表面についた土を落とす。少し光沢のあるその表面と、ぐにぐにとした弾力のあるさわり心地。


「……スーパーボールかな。もーらい!」


 野菜の入った袋にそれをねじこみ、再びヒデヨシは走り出した。

 商店街の入り口にあるテントに、数人の人だかり。福引券を取り出して自分の順番を待つ。一人、また一人と抽選器をガラガラ回していく。ヒデヨシの番。券を渡し、持ち手をグッと握って「ド派手にこいッ! 異世界旅行!」と叫ぶ。微笑ましげにそれを眺める係の面々。


「頑張ってなあ、坊主」

「うん! うおりゃあああ!」


 その時。

 野菜の入った袋の中で、赤い球体に一筋の亀裂が入り、ぎょろりとした青い目が現れた。だが、うっすらと光ったそれは誰の目にも触れない。


 からん、と音を立てて抽選器から落ちたのは、金色。


「おっ!? い、1等、1等賞!! 異世界旅行券が出たよー!」

「ほんとに!? やった! 異世界、異世界だーッ!!」


 がらんがらんと、けたたましく鳴るベルの音を聞きながら、ヒデヨシは快哉の声を上げた。

 



   ○   ○   ○




 それまで以上に力強く町を走り抜け、家に帰り着くなりランドセルを放り投げる。テーブルに野菜の袋をどさりと置いて母の姿を探すヒデヨシの視界の外で、赤い球体がごろりと転がって家具の隙間に隠れた。


「母さん母さん母さん母さん!!」

「なによ、どうしたの? 頼んだお野菜は?」

「あっち! それよりこれ見てよ! 福引! 異世界! 当たった!!」


 興奮して単語を矢継ぎばやに飛ばすヒデヨシ。

 その手に握られていた旅行券を見て、母は目を丸くした。


「あら。ほんと」

「ねえ、行こうよ異世界!」

「そうねえ、新婚旅行で行ったきりだから、ヒデヨシは行ったことないものねえ」

「ひゃっほーう! 異世界だ異世界! クラスのみんなに自慢できる!」


 券面に書かれた事項を読み、母が眉をひそめる。


「日付が決まってるみたいだけれど、この日は確か……ちょっと待ってちょうだい」


 母はぱたぱたと台所のカレンダーに近寄り、「やっぱり」と声をあげた。


「ヒデヨシ、その日は無理だわ。お父さんの研究発表の日だもの。母さんも手伝いにいくのよ」

「えー!! 別の日じゃだめなの!?」

「駄目よ。お父さんがずっと頑張ってるの、ヒデヨシも知ってるでしょう?」

「そりゃあ、そう、だけどさ……でも異世界も行きたい!」


 ヒデヨシの父は、異世界管理局に勤めていた。日夜新しく発見される異世界の事象や文化などを調べ、害がないと判断した異世界に対しては渡航や交易の許可を出す政府機関である。

 判明しているだけで8000ほどの異世界があり、うち、渡航対象は200ほど。異世界の情勢などで変動はするが、まだ明らかにされていない異世界も多くある。そのような異世界を研究しているのがヒデヨシの父だった。


 幼いころから異世界のことを聞かされて育ったヒデヨシが、異世界に興味を持つのは、至極当たり前の流れだったのだ。


「行きたい行きたい! いーきーたーいーー!!」

「来年、6年生になったら修学旅行で行けるじゃない。今回は諦めましょう?」

「やだよー! 異世界渡航バスに乗ったまま景色を見るだけだって言ってたもん!」

「そうは言ってもねえ……」


 困り顔の母と、うっすら涙を浮かべ始めるヒデヨシ。

 その時、玄関のチャイムが鳴り、むくれるヒデヨシをその場に残し、母がドアを開ける。隣家に住む女性がラフな格好で立っていた。笑顔で挨拶を交わし、女性はビニール袋を差し出す。


「おすそわけ、持ってきましたー」

「あらまあ、いいのにそんな……」

「いつもお世話になってるのでー。実家から届いたタラスクモロコシですー」

「ありがとうね。ヒデヨシ、ヒデヨシー! 幸村さんにお礼言いなさいなー!」


 不承不承といった様子で玄関に出てきたヒデヨシを見て女性が軽く手を挙げる。


「やっほぅ、ヒデヨシ君」

「……ん、ありがとう、サナねーちゃん」

「どしたの? 元気ないね」


 母が事情を説明すると、女性は少し考えてから言った。


「あの、私が引率じゃダメですかねー」

「いいの!?」


 弾かれたようにヒデヨシが顔を上げる。


「大学の講義で、異世界のレポートがあるんですよー。異世界に行くお金もないし、適当に済ませようかなと思ってたので、実際に見にいけるなら嬉しいなー、と」

「でも、悪いわ。この子、たぶん迷惑かけるし」

「ド派手にいい子にするから! 大丈夫だからぁ!」

「日帰り異世界だったら、私も負担じゃないですよー」


 母は頬に手を当てて悩み、父の了承が取れたら、と条件付きでその話を受けた。

 ヒデヨシの顔が一転して明るくなり、玄関で飛び跳ねた。


 家具の隙間では、赤い球体がぎろりと目を剥いてその様子を眺めていた。




   ○   ○   ○




 異世界旅行当日。

 ヒデヨシは赤い革ジャケット姿で体の半分はあろうかというリュックを背負っていた。


 対して引率役を買って出た彼女――幸村サナはジーンズにシャツを着てカバンを提げただけの簡素な服装だった。


「ヒデヨシ君、すごい荷物ね……」

「だって異世界だぜ、ねーちゃん!」

「自然景観がメインの、安全な所らしいよ?」


 玄関先で二人を見送る母もため息をついた。


「どうしても持って行くって聞かなくて」

「だって何が起こるか分からないのが異世界だって父さん言ってた!」

「確かにそうだね。よし、それじゃいこっか!」

「おー!」


 異世界に行くためのゲートステーションに向かうエアレールトレインの中で、サナは大学の話をした。


「じゃん。異世界検知計に、マルチゴーグルぅー」

「すっげえ! なにそれなにそれ!」

「大学からの借り物だけどね。このゴーグルをかけるとね……」


 そう言ってヒデヨシには不釣り合いに大きいそれをかぶせる。

 ゴーグル越しに見たサナの周囲に、様々な情報が浮かんでいた。


「安全かどうか、怒ってるかどうか、とかいろいろ分かるの。私の周りは緑の枠が出てるでしょう?」

「敵じゃない、てこと?」

「簡単に言うとそういうこと。ま、ゴーグル使うような危険な異世界じゃないと思うけどねー」

「ねーちゃん、この157ってねーちゃんの身長?」

「そうよー。ヒデヨシ君、今何センチ?」

「俺、148! もうすぐ追い越しちゃうな!」

「ふふ、そうかもねー」


 ゲートステーションに着き、検査事項に情報を記入していく。

 観光目的での異世界渡航であれば、簡単な検査だけで異世界に渡ることができる。危険物の持ち込みなどがないか、センサーで検査を行われ、それから個人用ゲートをくぐるだけだ。


 センサーで、ヒデヨシの荷物に反応があった。


「生物は持ち込み不可ですよ、検査いたします」

「えー、そんなの入れてないぜ」

「うわあ、ヒデヨシ君、ほんとに色々入れてきたんだね」

「うん。父さんの部屋にあった本見ながら用意したんだ」


 検査台に並べられていくサバイバルグッズや飲食物の中に、商店街で拾ったあの赤い球体があった。


「あ、あのボール……入れた記憶ないけど、間違って入ったのかな」

「へー、きれいな赤色だねー」


 特に不審なものは見つからず、再度センサーを通しても今度は何の反応も無かった。

 待ちきれない様子で、ヒデヨシはサナの手を取りゲートに向かう。


 一見すると白い壁面に見えるゲートはしかし、手を入れると水面に波紋ができるようにうねりが生まれ、二人を飲み込んでいく。

 白のなかで数秒もすれば、異世界に設置されたゲートから二人が出現する。


 ――その、はずだった。


 不意におとずれる落下感。白かった空間には亀裂が入り、轟音とともに崩れていく。


「え、なになに!?」

「ねーちゃん、異世界ってこんなジェットコースターみたいな感じで行くのか!?」

「違う! これ、何かおかしい――!!」


 空間の全てが崩れ去り、二人の意識もそこで暗転した。




   ○   ○   ○




 森。

 一言でいえば、森の中。そこに二人はいた。


 先に意識を取り戻したのはサナで、辺りを見回してヒデヨシを起こす。


「大丈夫? 痛い所とかない!?」

「ん……んん、大丈夫。ここが、異世界?」

「たぶん異世界だけど……」


 サナは持ってきていた異世界検知計を取り出し、いくつか操作する。


「異世界識別パターン、どれにも当てはまらない。連絡も……」

「ど、どういうこと?」


【おうおう、故郷(シャバ)の空気はうまいのう、ええ?】


 二人の脳内に、テレパスが響く。

 咄嗟に頭を押さえて周囲を見渡すが、木々しか見えない。


【すまんが、ちょいと協力してんか、お二人さん】


 どこから聞こえるのだろうと混乱する二人に、なおも謎の声は続ける。


【ここや、ここ。いやあ、慣れへん世界に行くもんとちゃう。死ぬかおもたわホンマに】


 ヒデヨシのリュックから赤い球体がぽんと飛び出し、二人の前でぎょろりと青い目を見せた。


【ワイの国を、オーサカ国を救ってくれへんか。ごっつピンチなんや】


 突然の出来事にヒデヨシとサナは言葉を失った。

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