7話 霧の森にて、出会う少女
とあるハンターの視点
今日はいつにも増して、霧が深いな。
「おい、アンク。どうした?ぼーっとして」
「ん?あぁ、すまん、エルゼン。今日は霧が濃いなと思ってたんだ」
「まぁ、それは俺も思っていたが…気を抜くなよ」
「わかってる」
今は気配を感じないが、ここには魔物が出るっていうのに何をやってんだ俺は…。
無事に街へ戻れるよう集中するために、頭を振る。
「まあ、アンクの気持ちはわかるよ。獲物が多かったから、浮かれてるんでしょ?」
「だから、霧が濃いなって思っただけだって言ってんだろうが」
「またまた〜」
後ろを歩くシーシャの指摘に反論するが、実際に収穫が多いので説得力はない。
俺たち、アンク,エルゼン,シーシャの幼馴染3人パーティーはカカントラの森、通称『迷いの森』に狩りに来ていて、今はその帰りだ。
この迷いの森は、常に霧が立ち込めていて魔物が見つけにくいが、同業者も少ないので実力さえあれば稼げる。
今日は、いつもより魔物が多く襲ってきたが、実力は俺たちの方が上なので、良い報酬に変わってくれた。
見慣れた道を帰っていると、前を歩くエルゼンが急に立ち止まった。
「エルゼン?」
シーシャの問いに、エルゼンは静かにするよう合図して、少し奥を指差す。
目を向けると、霧の向こう、薄っすらと影が動いている。近づいて来ているようだ。
各自、すぐに戦えるよう武器を構えた。
そして、姿が見える距離になり、現れたのは少女だった。
黒い髪の、まだ幼さの残る、白いローブを着た少女だ。
なぜ、こんな所に少女が?
そう、思っているとその少女は少し怯えながら話しかけてきた。
「あの…武器を…下ろしてくれませんか?」
はっと気づく。警戒して武器を構えたままだったのだ。自分に向けられているのだから、怯えるのは当然だ。
「あ、あぁ…すまん。魔物だと思って警戒したんだ」
そう言って武器を納めると、少女はほっとしたような顔をする。
「ねぇ、君。どうして、こんな所に?1人?」
シーシャが少女に話しかける。同じ女性だから、少女も話しやすいだろう。
「えっと…実は、旅をしていて……その…1人で」
「「1人で?!」」
「あ、その……はい」
驚いたな。こんな小さな少女が1人旅なんて…。にわかに信じがたいが。
「えっと、私…魔法が使えるので」
「魔法士なのか?」
「え?…あー、はい。だから、魔物はちゃんと倒せます」
こちらの考えていることが想像できたのだろう。少女は自分が魔法士だと説明してくれた。
なるほどなぁ。まあ、ある程度の実力がある魔法士なら、1人旅も可能か。
「でも、旅をしているなら街道があるだろう?わざわざ、迷いの森になんか入らなくても」
エルゼンが疑問を口にする。
迷いの森の外には、街道が通っている。いくら魔法士でも、より安全な方が良い。
対する少女の答えはと言うと…。
「街道?…あぁ!街道ですね。あー…その、私ってすっごい方向音痴なんですよね~。気がついたら、森の中だったというか…」
「「「(さすがに、無理があるだろ)」」」
怪しすぎる。仮に方向音痴が本当だとしても、旅なんてできるだろうか、いやできない。
ジーッと疑いの目を向けると、少女は目をそらす。
「まあまあ、こんな可愛い子を追い詰めるのはやめましょ?」
「そうは言ってもなぁ…」
「旅の事情なんて、人それぞれなんだし。それに悪人なら、もっと取り入りやすい嘘を吐くわよ」
怪しいっちゃ怪しいが、シーシャの言ってることも一理ある。
判断に迷っていると、シーシャは少女に近づき、話し始めてしまった。
「ごめんね?アンク…あぁ、あの赤髪の男の人、アンクっていうんだけど、あれでも私たちのリーダーだから、危険がないか心配なのよね」
「いえ、私が怪しいのは充分わかってます…だから、疑うことは間違ってはいません!」
「そう言ってくれると嬉しいな。私、シーシャっていうの。あなたは?」
「リンです!」
「リンちゃんか。よろしくね!」
もう自己紹介まで、終わってるし…。
エルゼンと顔を見合わせると、ハァと溜め息を吐く。
シーシャが関わろうとしているなら、リンという少女は悪人ではないのだろう。スキルではないが、シーシャには悪人を見分ける才能がある。
ひとまずは、シーシャの判断を信じてみるか。
「あー…今は危険はないと判断する。と言うことで、俺はアンク。こっちの目つきが悪いのはエルゼンだ。よろしくな」
「目つきが悪いって……エルゼンだ。よろしく」
「はい!よろしくお願いします!」
「ところで、リン…あぁ…リンって呼ぶぞ?リンはどこに向かってるんだ?」
「一応、街に」
「なら、ルメイラか…」
「ルメイラ?」
「あぁ、この先にある街だ。俺たちが帰ろうとしている場所でもある」
「おぉ!この先に街があるんですね!」
「……一緒に来るか?」
リンはすぐに頷いた。
1人増えた帰り道。話していると、リンの知識としての常識は、少しズレていることがわかった。
「あの…皆さんって、冒険者ですか?」
「は?冒険者?違う、違う。俺たちはハンターだよ」
「ハンター…ですか?冒険者じゃなくて?」
「リンの言ってる冒険者がどういうのを指すか知らんが、冒険者は秘境とかを探検する人、ハンターは魔物とかを狩って金を稼ぐ人だ」
「へぇ~…」
他には…
「『隠蔽』スキルのLvって、どうやったら上がるんでしょうか?」
「リンって、『隠蔽』持ってんのか?」
「はい。持ってますけど…?」
「リンちゃん…それはあまり言わない方が良いよ」
「え?なんでですか?」
「『隠蔽』がある奴は、後ろ暗いことがあるって言ってるようなもんだぞ。魔物相手じゃなくて、対人で使うスキルだからな」
「でも…でも、『鑑定』でステータスを見られちゃうじゃないですか」
「いやいや、『鑑定』って才能みたいなもんだから、持ってる奴は少ないぞ。持っていても、Lvが低いのが大半だし」
「マジですか……」
「………持ってんの?」
「…………………」
「いやん!リンちゃんに覗かれちゃう!」
「シーシャさん!誤解を生むようなこと言わないでください!」
など、子どもも知ってるとは言わないが、1人旅するなら知ってろよぐらいのことも知らないとは、驚きだ。
どこの隠れ里から来たんだと言いたいよ。
なんやかんやで、森を抜け、あと15分ぐらいでルメイラに着ける距離になった。
そこで、エルゼンがふと思い出したようにリンに言った。
「リンは、ハンターじゃないんだよな?」
「はい。ただの旅人です」
「ハンターなら、ハンターカードを見せれば、他所の街にも入れるが…何か、身分を証明できるものは持ってるか?」
「…えっと……持ってないです…」
「それなら、門のところで小銀貨1枚を払わなくちゃならないけど…」
「……それも持ってないです………」
金も持ってないかぁ…なんとなく、そんな気はしてたけど。
別に小銀貨ぐらい貸してもいいと考えていると、リンはローブのポケットから何かを取り出して、提案してきた。
「あの、皆さん。これを小銀貨1枚で買ってはくれませんか?」
それは、赤い水晶の花だった。
「それって…」
「ダメですか?」
「いや、そうじゃなくて……触ってみても?」
「どうぞ」
渡された水晶の花を見てみる。透明度が高く、ほんのり赤くなっているのがとても綺麗だ。指で軽く弾くと、キンッと鳴る。
「リンちゃん…これは、小銀貨1枚の価値じゃないと思うよ?」
シーシャが指摘するが、リンは気にしなかった。
「そうですか?私は小銀貨1枚でいいですよ」
「いやいや、これは金貨2枚の価値はあるぞ」
「じゃあ、知り合い割引ということで」
リンはそう言うが、さすがに40分の1での取引は申し訳なさすぎる。
「リンちゃん、せめて金貨1枚で払わせてよ」
「う~ん……銀貨5枚?」
「ダメ!金貨1枚!」
「……わかりました」
なんでこっちの方が必死なんだ…。
結局、金貨1枚で商談成立したが、それでも2分の1だ。
「リン…もうちょっと、強欲でもいいんだぞ?」
「にへへぇ…」
そして、そうこうしてる内に、俺たちはルメイラへと帰ってきたのだった。
霧の森に、白いローブの少女……幽霊ですね。