3話 昆虫にも耳はある
「白蜜の奇跡?」
前にステータスを確認した際には、この一文はありませんでした。白蜜ということは、この鈴蘭のような花が関係しているのでしょう。実際に、この花の蜜を飲んだら現れたのですから。蜜自体は金色でしたので、花の色で名前分けされているんだと思います。
「なになに…『白蜜の奇跡』は『蜜の奇跡』に属するアビリティの1つで、摂取した蜜の種類に応じて奇跡の数,強度が変化する。アビリティは、スキルと違ってMPを消費する技、と。ふむふむ」
つまり、いろんな蜜をどんどん飲んでいけということですね。わざわざ『白蜜』と表示するということは、他にも赤や青、黄などのアビリティがあるのでしょう。美味しい蜜が飲めるなら、尚更やる気がでるというものです。
なんとなく、今後の目標を見つけられた気がします。動機は後者の方が強いですが…
ガサッ!
目標を見つけたところに、水を差す音が1つ。私の後ろから何かが草を搔き分ける音。
「誰?」
振り返ると共に尋ねた私が見たのは、私を覆うように広がる暗い影とそれを作り出す緑の巨体。
『鑑定』が表示したのは、
ーーー
〜ステータス〜
名前:---
種族:フェロス・マンティス
性別:雌
年齢:4歳
Lv:43
HP:3480
MP:140
STR:1305
VIT:1622
INT:35
MND:400
AGI:55
〜スキル〜
狩猟(Lv.7) 斬撃(Lv.8)
〜称号〜
ーーー
カマキリです。とてつもなく大きなカマキリです。蝶の天敵である存在です。
STRは私の261倍。VITを差し引いても、私のHPを4回吹き飛ばす攻撃力。
「っ!!!」
蜜による夢心地は一瞬にして消し飛ばされ、嫌な汗がドバッと湧き出ます。
咄嗟の判断で、私は『幻惑』を使い、自分の姿を透明にしました。
目の前からいきなり消えた私に、戸惑ったようにフェロス・マンティスは周囲を見回します。INTが低くて助かりました。
「…………」
必死で息を殺します。今も目の前で私を探しています。
何時間にも感じた5秒が過ぎ去ると、フェロス・マンティスは別の場所へ移動するのか足を動かし始めました。
このチャンスを逃すまいと私も後退します。
これが、間違いでした。
1歩後ろへ下がった瞬間、フェロス・マンティスは私の方へと向き直ります。見えていないものが見えているかのように。
私は恐怖に固まりました。視線の先、大鎌が私の命を刈り取るべく薙ぎ払われます。
あ…死んだ……
目を瞑りました。せめて、痛みを感じないことを願って。
ガキンッッ!!
それは、身を切り裂くにはあまりにも不釣り合いな音でした。
ガキンッ!…ガキンッ!
まだ、音は続きます。
私は目を開きます。
すると、眼前に大鎌が振り下ろされました。
「ひぅっっ!!!」
しかし、その致死の一撃は謎の障壁に阻まれて、ガキンッ!と音を鳴らし、止まります。
困惑しました。助けてくれる人の姿は周りにはありません。
ステータスを確認しました。見ると、謎の障壁が攻撃を防ぐ度に私のMPが減っていきます。
ですが、私は攻撃を防げるようなスキルもアビリティも持っていません。いや、ついさっき手に入れたアビリティがありました。
急いで『白蜜の奇跡』を確認します。
ーーー
『白蜜の奇跡』現在、使用可能な効果:障壁,結晶化,自己修復
ーーー
つまり、今は障壁を使って攻撃を防いでる状態ですね。
ガキンッ!
防ぐ度に、MPが50減ります。今ので5回目。私の総MPは1000、現在は750。まだ、15回は防げます。
その前にこの現状を打破しなくてはなりません。
考えろ!考えるんだ、私! (ガキンッ!残り14回)
どうしてバレた?透明になっていたはずなのに… (ガキンッ!残り13回)
視覚じゃない。なら、聴覚? (ガキンッ!ガキンッ!残り11回)
そうだ!カマキリにも耳はある!草を踏みしめた音でわかったんだ! (ガキンッ!残り10回)
病院時代にネットで知りましたが、カマキリには脚の間に聴覚器官があります。そして、このフェロス・マンティスにも脚の間に溝のようなものがありました。
後は、あの耳をどうにかするだけ! (ガキンッ!残り9回)
周囲を見渡し、自身のステータスを確認。そこに、1つの道筋を見つけました。
もう時間はありません。素早く花を1本摘み取り、結晶化します。結晶化にMPを80使ってしまいました。残り370。7回しか防げません。
急いでフェロス・マンティスの下に潜り込みます。相手の方がAGIは高いですが、図体が大きい上に狩る側の余裕がありました。この間に2回攻撃を受けました。残りは5回!
「いっけぇぇーーーっっ!!!」
結晶化し硬くなった花を溝の中に突き刺します。
「グシャァァァァー!!!」
フェロス・マンティスは堪らず叫びます。それもそうでしょう。人で表すなら、耳の中に硬い棒を突っ込まれて、ぐちゃぐちゃにされているようなものです。
「っ!!!」
体を振り回し、私を離れさせようとしますが、私は懸命にしがみ付きます。私ごと地面に体を叩きつけるので、障壁が2回発動しました。残りは3回です。
私はこれでもかと言う程、奥にまで花を突き刺します。
ゴチュッ!粘着質な音がすると、フェロス・マンティスは虚空の向かって鎌を振り回し始めました。
私は地面に投げ出されると(残り2回)、後ろも見ずに走り出します。ガキンッ!まぐれの一撃が当たって、残り1回となりました。
「はぁっ!…はぁっ!…はぁっ!」
走ります。走ります。死に物狂いで走ります。AGIや『飛行』のLvを上げなかった自分を殴ってやりたいです。
走り続けて、数分。どのくらい離れたかはわかりませんが、安全だと判断し、へたり込みます。
「…はぁ……はぁ……はぁ〜〜〜…」
鼓動の激しさは治まらず、体はガクガクと震えています。
決心しました。娯楽の為だけではなく、生存の為にも蜜を集める、と。
今回は『白蜜の奇跡』があったから助かりました。自分が如何に弱者かわかりました。今のは運が良かっただけなのです。
ですが、生き残れました。安堵が全身に広がっていきます。緊張した心と体は、命があることに歓喜し、解れていきます。
「……あ」
その安堵は、緊張で閉まっていた栓も解いてしまいました。
膀胱の…。
チョロ〜(水?の流れる音)