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蝶は蜜を求めて異世界に舞う  作者: おりょ?
第3章 かつて不可能だった青
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24話 王都への道(毒草でも生えてたかな?):2日目

 「……すぅ………すぅ………すぅ………」

 「…………」


 馬車の中。

 気持ち良さそうに、寝息を立てる少女が1人。

 その少女に、音を立てず忍び寄る影が1つ。


 「ん〜………くぅ……くぅ……」


 悲しいことに、その少女は自分に迫る脅威に気付くことができませんでした。

 しかし、無情にも影は少女に手を伸ばします。




 「おっはよ〜!!!」

 「…ぅあっ!?………へっ?…ん?」


 突然響く元気な声と共に、私を覆う毛布が剥ぎ取られました。

 寝惚け眼を向けた先に映ったのは、私の毛布を抱え、見下ろすベルの笑顔でした。


 「…べ、ベル?」

 「朝だよ、リン。良く眠れた?」

 「え?あ…うん。眠れた…よ?」


 私の返事に、ベルは頷きます。何かが成功して満足だと言うような笑顔で。



 ベルに起こされた私は、のろのろと馬車の外に顔を出しました。

 天幕によって少し暗い馬車の中と、外の明るさの差に一瞬目が眩みましたが、おかげで眠気が晴れました。

 日の昇り具合から、たぶん6時か7時ぐらいですね。

 程良い日差しが木漏れ日となっていて、とても気持ち良いです。


 馬車から降りて、ぐぅ〜っと伸びをします。

 体に疲れはなく、寝足りなさも感じませんでした。

 どうやら、私が担当した夜警の後も、問題は起こらなかったようですね。

 まあ、何かがあったら、その時に叩き起こされているはずなので……。何もなかったからこその、平穏な眠りです。


 そうしていると、ベルが後ろから声を掛けてきました。

 手には、ベル自身の鞄と私の鞄があります。


 「リ〜ン〜。目が覚めたなら、出発の準備だよ」

 「え?もう移動するの?」

 「うん。日がある内に動ける所まで動くからね。朝食は出発した後に、馬車の中で食べるから、今は朝支度を終わらせよ?」

 「りょ、了解!」


 そういうことなら、ゆっくりとはしていられませんね。

 私は馬車に戻ると、ベルから自分の鞄を受け取り、毛布を畳んで中に片付けていきます。

 次は…そうですね。丁度、馬車の中にいるので、着替えをしてしまいましょう。

 着替えと言っても、下着を変えるだけですが、折角ルメイラで買った物です。使わないと、勿体ないですもんね。

 ベルも馬車の中にいますが、『幻惑』を使っているので、大丈夫でしょう。と言うか、同じ女の子なので恥ずかしがることもありませんでしたね。

 さっさと着替えてしまいます。


 着替えた後、顔を洗いに外へ出ると、もうほとんどの人が起きていました。

 仲間と話してたり、ストレッチをしてたりと、粗方のことは完了しているみたいです。

 私も遅れないように、少し急ぎましょうか。



 「お〜…綺麗、綺麗」


 顔を洗うんだから、綺麗な水だったら良いな……と川を覗き込んでみると、思っていた以上に澄んだ水が流れていました。

 この場所に来た時には、もう夜だったので、気が付きませんでした。


 私は屈んで、指先を少し水に触れさせます。

 伝わってきたのは、心地良い冷たさでした。

 今度は、両手で水を掬います。

 そして、思いっ切り顔に浴びせました。


 「っ〜〜〜!」


 ふぅ〜…手で感じているよりも、冷たく感じましたが、その分スッキリした気がします。

 やっぱり、朝の顔洗いは大事ですね!


 「さてと……」


 スッと立ち上がると、私は気合いを入れ直す為にペチンと両頬を叩きます。


 「よし!今日も1日、頑張るぞ!」


 昨日は何も起こらなかったとは言え、今日もそうだとは限りません。

 気を抜かないようにしましょう。

 さあ、王都までの護衛依頼。2日目のスタートです!





 その後、私達は全員の準備が完了したので、次の休憩地点へと出発しました。

 隊列は昨日と同じで、私とベルは4番目です。


 出発して、10分ぐらいが経った頃でしょうか。次第に周りから木が少なくなってきました。

 そろそろ、この森から出られそうですね。

 進行方向を見れば、大きな草原が広がっています。


 「リン。朝食だけど、この草原を移動している間に食べるから」

 「わかった。でも、大丈夫なの?すぐに魔物とかに見つかりそうな場所だけど…」


 私は草原を指差して、不安を口にしました。

 ベルは、首を振って安心させるように笑います。


 「大丈夫。見つかりやすいってことは、逆に言えば、こっちも敵を見つけやすいってことだからね。それに、昨日の休憩の時みたいに交代でするから、全員が無防備になんてことにはならないよ」


 あー…言われてみれば……。自分達の隠れられる所が少ないのなら、敵が隠れられる所も少ないということです。

 なので、見張りの人数を減らすことができ、その間に見張りじゃない人が食事を取れるということですか。

 なるほど。地形によって、どのくらい危険か安全かを判断し、何ができるか計画を立てているのですね。


 「う〜…ハンターって、いろんなことを考えなくちゃいけないんだね……」

 「程度の差はあっても、生き死にの世界だからね。こういう風に実際に見たり聞いたりして、勉強していけばいいんだよ」

 「…うん。頑張る」


 魔物を倒せるようになったと言っても、まだまだハンターとしての考えが甘いようです。

 ベルの言う通り、この護衛依頼を通して学んでいきましょう。


 私が考えの甘さを実感して、少し落ち込んでいると、雰囲気を変えるようにベルはパンッと手を打ちます。


 「よし!それじゃあ、食事にしよっか」

 「…うん。えっと……ベルが先で良いよ。私が見張りをしておくから」

 「え?良いの?ん〜…なら、お言葉に甘えようかな。にへへ、実はお腹ぺこぺこだったんだ〜」


 私が先に見張りをすると提案すると、ベルは喜びました。

 朝起きてから、時間が経っているので、ベルならお腹空いてるだろうなぁ〜と思いましたが、やっぱりそうでしたか。

 私はと言うと、あまり空腹を感じない体に加え、既に瓶の中には蜜が入っているので、後ででも構いません。

 蜜をいつの間に入手していたかと言うと、朝の出発前です。

 顔を洗うのに利用した川のすぐ側に、桔梗のような紫色の花が咲いていました。

 まだ、味わったことのない花だったので、手に入れない理由がありませんでした。

 そういう訳で、朝食を確保している私は、万が一に昼に蜜を取れない可能性も考えて、ベルの後で食事をすることにしました。

 早めに朝食を取って、夜まで我慢するのと、遅めに朝食を取って、夜まで我慢するのとでは、肉体的にも精神的にも負担が違いますからね。



 もっきゅもっきゅと食べているベルの横で、外を眺めていると、遠くに何かの影を発見しました。

 形と動きから、魔物だと思います。しかし、その影はこちらをじっと見ると、背を向けて走り去って行きました。

 ベルの言う通り、良く見えますね。

 逃げたのは、さすがに魔物でも、勝ち目がないと感じたからでしょうか?


 「……んぐ。ね、あいつら逃げていくでしょ」

 「多勢に無勢?」

 「あむ……本能で危険が理解できてるんだと思うよ」

 「でも、時々向かってくる魔物もいるんじゃ…」

 「それは…まぁ、闘争本能が勝っちゃったんだろうね……」

 「…あぁ……」


 ベルが食べながらも、解説してくれます。

 合同で依頼をこなす利点の1つを、こうして目の当たりにした訳ですが、体験してみると、その有り難さがわかります。

 これまで私が出会ってきた魔物は、こちらを見つけるなり襲ってきました。

 それが、今では逃げていきます。

 いくら魔物でも、自分達を害することができる者が何人も集まっていたら、怖いのでしょう。勇気があるのか、血の気が多いだけなのか…中にはそれでも襲ってくる魔物もいますが……。

 一応、同じ魔物として、その行為は褒めた方が良いのでしょうか?……あ、でも…魔物からすれば、今の私は討伐する側なので褒められても嬉しくないか……。


 そんなことを考えている内に、ベルが朝食を食べ終えました。


 「ふぅ〜、満足。リン、待たせちゃってごめんね」

 「ううん、大丈夫だよ。まぁ…ちょっとはお腹が空いたかもだけど……」

 「じゃあ、すぐ交代するね。警戒は私に任せて、リンはゆっくり食べても良いから」

 「ありがと。じゃあ、任せるね」


 ベルもそう言っていることですし、私も朝食としましょうか。

 鞄から紫色の蜜が入った瓶を取り出します。

 蓋を開けて、大事な言葉を一言。


 「それでは、いただきます」





 ちびちびと蜜を舐めながら、景色を眺めていると、その景色の流れが止まりました。

 馬車が停止したのです。


 「あれ?もう昼の休憩地点に着いたの?」

 「いや、休憩地点には早すぎるよ。まだ先のはずだけど……」


 どうやら変だと感じたのは、私だけじゃないようですね。

 先程、朝食を取り始めたばかりに加え、昨日の行動も考えると、休憩するには早いと思います。

 じゃあ、どうして止まったのでしょうか?トラブルでしょうか?


 「シンドさん、何かありましたか?」

 「わからない。こっちも前の馬車が止まったから、慌てて停止したんだ。騒ぎはないし、襲われた訳ではなさそうだけど……」


 馬車を動かすシンドさんなら、何かわかるかと思って聞きましたが、シンドさんも状況がわからないようです。


 「ベル…ど、どうする?」

 「……待機しよう。シンドさんも言ったけど、襲撃じゃなさそうだし、もうすぐ誰か事情を伝えに来ると思う。魔物の群れを見つけて、やり過ごすために止まった可能性もあるから、下手に動いちゃダメ」


 不安になった私はベルに判断を仰ぐと、冷静にベルは待機するとこを選びました。

 経験の多いベルが待機と判断したのなら、異存はありません。私は、少しでも心を落ち着かせようと、深呼吸をします。



 程なくして、ベルの言った通りに前の馬車を担当していたハンターの男性が1人、こちらへ走って来ました。


 「まず初めに言っておくが、緊急の事態が起きた訳ではないから、安心してくれ」

 「じゃあ、何があったの?」

 「あー…えっと、2番目の馬車の馬がちょっとな……」


 ベルの確認にハンターの人が答えると、それを聞いていたシンドさんは何か思い当たった顔をします。


 「あっ、それなら私は前に向かった方が良いですか?」

 「あぁ、呼んでいたよ。話が早くて助かる」


 シンドさんは頷くと、前の馬車の方へ向かいました。

 そして、伝えに来たハンターの人も私達に「待っている間は、周囲の警戒をしておいてくれ」とだけ言うと、後ろの馬車へ走って行きます。

 残されたのは、ポカ〜ンとした顔の私と、腕を組んで考えているベルでした。


 状況を理解できていない私は、再びベルの判断を仰ごうと目を向けます。

 ベルも私の方を向くと、しばし目を閉じた後、私に不安を感じさせないようにか笑みを浮かべました。


 「まあ、大丈夫って言ってたからには大丈夫だと思うよ。商人は集めるけど、ハンターは集めないってことは、力仕事ではなさそうだしね。指示された通り、待ってる間は警戒しておこうか」

 「わ、わかった!」


 ベルに倣って、私は警戒を始めます。

 突然のことでしたが、安全だとわかり、頼れる仲間が側にいたことで、私はだんだん落ち着きを取り戻していきました。



 後ろの馬車の商人も前に向かって行くの見送り、ベルと周囲を見渡していると、数分経ったぐらいでシンドさんが戻って来ました。


 「あ!シンドさん、お帰りなさ……い?」

 「あぁ、ただいま。早速だけど、ちょっと話があるんだ。良いかい?」


 語尾に?マークが付いた私の視線は、シンドさんの後ろに向けられていました。

 別の商人が1人とハンターが2人いました。そして、皆さんは手に木箱を抱えています。


 私は小首を傾げる中、ベルはなるほどという顔をします。

 シンドさんの説明は、こうでした。



 まず、馬車が止まった原因は、荷馬車隊の2番目の馬車を引く馬の1頭が体調を崩したからでした。

 馬の異常に気付いた商人は、同乗しているハンターに馬車を一旦止めて良いか確認します。

 了承したハンターは前後の馬車に合図を送り、馬車を停止させました。ここで、私の乗る3番目と4番目の馬車は、釣られて停止します。

 そして、馬の状態を調べた商人は、他の商人を呼んで欲しいとハンターに頼みます。


 「…それで、シンドさんはどうして呼ばれたんですか?」

 「積荷の交渉だね」

 「ベルさん、正解だよ」


 ベルの言葉に、シンドさんは頷きます。

 集まった商人に提案したのは、積荷を代わりに少し運んで欲しいというものでした。

 体調を崩した馬は、馬車を引く力が低下します。馬にすぐポーションを飲ませたようでしたが、しばらくの間は無理はさせられないようです。

 馬のために荷馬車隊を拘束する訳にはいかず、だからと言って、その馬を置いて行くこともできないので、せめて馬車は引かせず、歩かせることにしました。

 ここで問題となるのは、馬車を引く力です。

 たかが1頭、されど1頭。引く馬の数が減るということは、残りの馬にその分の負担が掛かることになります。

 そこで、商人は馬車に乗せてある荷を減らす、つまり他の商人に預けることにしました。

 馬車の重さを下げることで、馬の負担を減らすという作戦です。


 「もちろん、善意だけで引き受ける訳にはいかないよ。こっちの積荷だってあるし、こっちの馬の負担も増える」

 「でも、シンドさんは受け入れましたよね?」

 「それは、まあ……商売だよ」


 そう言うと、シンドさんは硬貨を指で弾き、キャッチします。

 あぁ、なるほど!有料ですか。

 積荷を預かることで、こちらにデメリットがあるのなら、その分お金を受け取ると。

 交渉、取引、正しく商人ですね。


 私が納得していると、シンドさんは申し訳なさそうにしました。


 「まあ、その……こんなことを勝手に決めて済まないね。積荷を預かるということは、君達に手狭と感じさせてしまうだろうから……」


 そう言って、シンドさんは頭を下げました。

 私とベルは顔を見合わせると、大丈夫と伝えました。


 「その…私は護衛とは言え、乗せてもらってる感が強いので…気にしないでください」

 「ちゃんと私達が乗ってることも考えて、預かる量を決めてくれたんだから、気にしないよ」

 「そう言ってもらえると嬉しいよ。ありがとう」


 もしも、シンドさんが強欲な人なら、私達のことなんて気にせず、馬を潰さない程度に積荷を引き受けることができました。その後の護衛依頼に支障が出ると言っても、私達は馬車に乗せてもらっている身です。

 しかし、シンドさんはそうはしませんでした。

 私からすれば、快適とまではいかないでも、配慮してもらえているので満足です。



 その後、シンドさんの馬車に木箱がいくつか乗せられていきました。

 少し変化した馬車の中を、私とベルは確認します。

 狭くなったと言っても、座る場所も横になれる場所もあるので、ほとんど気になりませんでした。


 積荷を手伝ったハンターの人が去り際に、馬の体調を配慮して進行速度を少し落とすことになったと伝えました。

 これによって王都への到着が少し遅れるそうですが、その日の昼に着くか、夜に着くかの違いしかないようなので、大丈夫だそうです。



 先頭を行くリーダーの乗る馬車から合図があると、荷馬車隊はまた動き始めます。

 まずは、予定していた休憩地点までへ。


 少々のトラブルがありましたが、気を引き締め直し、私はまた警戒の仕事に取り掛かりました。


リン「それにしても、体調を崩したっていう馬は大丈夫かな?」

ベル「まあ、ポーションを飲んだそうだから、死にはしないでしょ」

リン「……ポーションって、馬も飲めるんだね……」

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