23話 王都への道(何事も起こりませんように……):1日目
時刻は昼の少し手前頃。
ルメイラを出発してから、約2時間ぐらい経ちました。
天気は快晴。風の音、車輪の音、馬の音…それらを伴い、荷馬車の群れは順調に進んでいます。
「…………平和だねぇ」
「…………暇だぁ」
「こちらとしては、願ったり叶ったりだけどね……」
私とベルの呟きに、御者台に座るシンドさんは、チラリと振り返って苦笑します。
「で、ですよね〜……」
うんうん。平和だと言える余裕があることが一番だもんね。
私としても、何事もなく移動できるのなら嬉しいです。
「ははは。有事の際には、嫌でも暇じゃなくなるからね。期待してるよ?」
「…………ですよね〜……」
シンドさんの言葉に思わず、私の声も沈みます。
護衛の仕事なのでわかってはいますが、いざ何かが起こると思うと、怖いですね…。
本当に、平和が一番です。
「リン。そうならないようにも、周りをしっかり見ようねー」
「は〜い」
ベルに促されたので、視線を外の風景に戻します。
私達は今、警戒の仕事をしています。
この荷馬車隊は現在、縦1列に並んで移動しています。
先頭は、リーダーであるシューゲルさんの乗る荷馬車で、私とベルが乗るシンドさんの荷馬車は4台目です。
警戒する方向は担当が決められていて、先頭は前方のみ、2番目は前方と左右、3番目は左右のみ、4番目は左右と後方、最後尾は後方のみ、となっています。
1つの方向のみに注意を向ける人と、2つの方向を広く大きく見る人がいるのは、言ってみればメインとサブのようなものですね。
今回は5つもパーティーがあるので、それぞれ交互に配置することができました。
こういう割り振りができるのは、複数のパーティーがいるからこそみたいで、人数が少ない時は1人あたりの見る範囲が増えるので大変だそうです。
私とベルは4台目なので、左右と後方が担当です。
荷馬車の後ろ、荷物を出し入れする部分に腰掛けて、周りを見ています。
見える範囲には、特に気になる物はありませんが、何が突然現れるかわからないので、安心はできません。
ただ、シンドさんと話していた通り、今はトラブルもなく進んでいます。
なので、ベルが暇だと言う気持ちもわかります。
「ねぇ、ベル。こういう大人数での行動って、私みたいな初心者が得することにならない?」
「ん〜?…と言うと?」
警戒中は全く喋ってはいけない。なんてことはないでしょうし、私はベルに聞きたかったことを質問することにしました。
勿論、目は外に向けたままです。
「えっとね…今回の依頼だけど、依頼を受けたのは別々でも、行動するのは他の人と一緒になったよね。それで、今こうしてるみたいに警戒の仕事も分担させてもらってる訳でしょ。これって、本来なら1つのパーティーでやらないといけないことだよね。それを、分担するって……初心者が楽してしまうと言うか、何と言うか…う〜ん……」
「……先輩方を頼りに依頼をこなしているようで、申し訳ない気持ちが出てる?」
「……うん」
ベルの言う通りです。
私はハンターになったばかりで、実力というものがをありません。
実力が同じ者同士が助け合うのならともかく、私のような未熟な者だと、助け合うと言うよりも頼っている感じに思えるんですよね。
別に、先輩方を頼ることが間違っているとは言いませんが、この状態で依頼を成功させたと言うのは、何か違う気がします……。
「それは、新人が通る道だと思うよ」
「……そうなんだろうけど……」
うぅ〜……辛気臭い考えだとは私自身も思います。
こうやって、最初は頼りながらも努力していき、実力を上げていくのでしょう。
でも、今日を合わせて3日の間、これからも頼らないといけないことがあると思うと、どうしても申し訳ない気持ちが出てしまいます。
そんな私をチラッと見たベルは、クスッと笑います。
「ふふ。リンって、時々すっごく控えめになるよね。そんなに遠慮しなくても良いんだよ?」
「うぅ……やっぱり辛気臭いよね、こんな考え……」
「悪く言えばだけどね……まぁ、気持ちはわかるよ。自分が受けた依頼は、自分の力で頑張りたいって…。でも、私からすれば、使える力は遠慮なく使えば良いと思うな。それが、他人の力でもね」
一呼吸置いて、ベルは続けます。
「リン。どうして、私達は協力し合って依頼をこなしているんだと思う?」
「その方が安全で、一人当たりの負担も軽減するから…?」
「そうだね。じゃあ…どうして、こっちが手を貸してあげないといけないような人とも、一緒に行動するんだと思う?こっちの負担が増えるのに…」
「えっと……善意?」
「それも少しはあるかな。でも、一番の理由はね……余裕があるからなんだよ」
「余裕?」
ベルは頷きます。
「自分や家族、仲間が最優先。そこに、他人の面倒も見ることができる余裕があるからこそ、手を貸せる。敵を発見した時、伝える余裕があるから別のパーティーにも伝えるし、他人が襲われている時、助けられる余裕があるから助けに行く。余裕がないなら、自分達だけ逃げるし、他人を盾にもする。……こう言うものだよ」
「…………ベル……」
思わず、私は警戒の仕事も忘れて、ベルの横顔を見詰めてしまいました。
ベルは外に目を向けています。
ふと、過ぎる考え。
あれ?どうしてだろう?
どうして、ベルが見ているものが何なのか、気になるんだろう?
今、ベルの目に映っているのは、外の景色?それとも……。
そんな私の視線に気が付いたのか、ベルは私に顔を向け、ニヤリと笑います。
「まぁ、これはあくまで考えの1つだからね。危機的状況でも、誰彼構わずに助けに行く英雄みたいな人もいれば、下心見え見えの陰湿な奴もいる。…結局、何が言いたいかと言うとね。相手が手助けしようとしている時、こっちに得があるなら助けてもらえば良いってこと。相手がどう思っているとか、迷惑が掛かるとか悩んでいても、何も始まらない。向こうが手伝うって言ってきてくれているんだからね。特別な事情もないのに、断るのも変だよ。いっそのこと、手伝わしてやるよってぐらいの気でいれば良いんだよ」
「……そういうものなのかな?」
「心の持ちようは人それぞれ。リンはリンの答えを見つければ良いんだからね」
「……うん、そうだね…そうだよね。私には私だけの答えがあるもんね」
私はベルに頷きました。
ベルはやれやれとした顔をすると、私の頭を撫でてくれます。
ベルは、すごいなぁ。意志がしっかりしてるんだもん。
私も見習わないとね。
この時にはもう、先程ベルから何かを感じたことは、すっかり頭から消えていました。
ガタッと小さな揺れと共に、私達の乗る荷馬車は止まりました。
周りには、ちらほらと木や岩がある、普通の道です。
「どうしたんですか?シンドさん?」
「ここで昼休憩だってさ」
そう言うと、シンドさんは御者台から降ります。
私も荷馬車から降りると、前を行く荷馬車もちゃんと停止していました。
商人の人達は、馬に餌や水を与えたり、昼食を取り始めています。
休憩かぁ~…もうそんなに時間が経ったんだ……。
「おーい!集合!!」
大きな声でシューゲルさんが招集を掛けました。
荷馬車隊の中間にハンター全員が集まります。
「よし。今から休憩を取る。3つの班に分けて、順番に昼食と用を足しに行く。自分の班の番じゃない時は、周囲の警戒にあたるように。意見はあるか?」
なるほど。確かに、休憩の時は気が緩みそうです。
こういう時こそ、警戒が大事ですよね。
それに、半分に分けるよりも、3つに分けた方が時間は掛かりますが、安全です。3分の1が休憩している時に、3分の2は動けるのですから。
私も含め、他のハンターの皆さんからも異論は出ませんでした。
そして、シューゲルさんが適当に決めた結果、私とベルは2番目の班になりました。
1番目の班が休憩を取り始めます。
昼食を取る人と、茂みに消えていく人が数人います。
「ベル…あの人達、どこ行くんだろ?」
「昼食じゃないなら?」
「う〜ん……お手洗い?」
「正解」
あぁ、お手洗いでしたか。
そうですよね…こんな馬車旅でも、したくなりますもんね……。
う〜ん……携帯便器とかないのかなぁ…?
まあ、ないから茂みに隠れてしなくちゃいけないんだろうけど……大変ですね。
「…あっ」
「ん?リン、何か見えた?」
「え、あ…ごめん。何でもないよ、あはは……」
「そう?それなら、良いんだけど…」
いけない、いけない。
思いつきが声に出てしまいました。
警戒中なので誤解を招いてしまいます。気を付けましょう。
それはそうと……。
ふむ……実行するのは私達の班の番になってからですね。
「よし!次は2班だ」
15分ぐらい経った頃でしょうか、シューゲルさんが交代の合図を出しました。
最初の人達が私達に引き継いで、警戒にあたります。
「じゃあ、食べよっか!」
「あ…ごめん、ベル。私、先にちょっと行ってくるね」
私が茂みの方を指差すと、ベルはちゃんと理解してくれたらしく、了解と頷いてくれました。
私は、茂みに向かいます。
そして、さらにちょっと奥へ向かいます。
少し奥に進んだ辺りで、簡単にお目当の物が見つかりました。
「あった、あった。ふふっ…文字通り、お花を摘みに行くってね♪」
私の目線の先には、一輪の花が咲いていました。
そうです。最初から花を探すことが目的でした。
元々、私の主食である花の蜜は、現地で調達していくつもりでした。
ただ、どのタイミングで手に入れようかと悩んでいましたが、シューゲルさんの提案のおかげでかなり楽になりました。
班に分けることで、見つかりにくくなりますし、茂みに向かってもお手洗いだと思ってくれます。
最悪、手に入らない可能性もあったので、ホッとしました。
よし!と言うことで、とっとと蜜を頂戴しちゃいましょう。
あんまり遅いと、ベルを心配させてしまいます。
私はルメイラで買った鞄から、いつもの瓶を取り出して、花に近づけます。
すかさず、『抽出』。
すると、花の先端から瓶の中へと黄金色のトロ〜ッとした蜜が流れ込みます。
『鑑定』した結果、この花はエンニという名前ですね。見た目は黄色のパンジーです。
「取れた~」
瓶の半分ぐらいまで溜まったので、終了します。
そろそろ戻らないといけないので、我慢しましょう。
私は瓶をそっと鞄に仕舞うと、ベルの待つ場所に戻りました。
「う!おあえい〜」
「ただいま〜」
戻ると、ベルはもう昼食を取り始めていました。
口に食べ物が詰まっているようです。
班の他の人の中には、もう食べ終わっている人もいるので、私も早く食事にしましょう。
私は鞄から、先程の瓶を取り出します。
コップ1杯程度の量ですが、瓶の中では蜜が煌めいています。
「それじゃあ、いただきます!」
急ぐと言っても、味わなくちゃ意味がありません。
少しずつ口に含んでいきます。
「んにゅっ?!」
舌に広がったのは、酸味と甘みと苦味でした。
あぁ…何だろ、この味。…強いて言えば、グレープフルーツかな?
最初は甘酸っぱいのですが、じわっと苦味が出ます。
別に嫌な味ではないのですが、少し新鮮ですね。
今まで味わってきた蜜は、タイプは違えども、どれも苦味がありませんでした。
これは良い発見です。苦味があるということは、塩味や旨味、辛味もある可能性があるということです。
ふふっ。これは是非、見付けないといけませんね。
ちびちびと飲んでいると、シューゲルさんの声がしました。
「そろそろ、交代だ!まだ終わってない奴は、急げよー!」
「え?もう時間?」
「あむっ……しょうがないよ、リン。さぁ、交代しよっか」
「あっ、ちょっと待って!」
ベルは残りの昼食を一口で食べ終えると、立ち上がります。
はぁ…時間なら仕方がないね……。
私も残りの蜜を一気に飲み干します。
「んくっ…んくっ…ふぅ~」
うん。これでエネルギー充填完了です!
午後の仕事も頑張りましょう!
ーーー
『黄蜜の奇跡』が強化されました。現在、使用可能な効果:帯電,放電。
ーーー
昼休憩の後、私達はノンストップで進み、現在は小さな川が流れる森の中にいます。
森の中でも道が整備されており、川の畔には野営できるスペースが確保されていました。
辺りはもう薄暗くなり始めています。
森に入ってから、十数分経ったぐらいでしょうか、荷馬車隊は停止しました。
すぐ側に野営できる場所があるので、今日はここまでと言うことでしょうか?
私は横に座るベルに聞きます。
「今日はもう終わり?」
「うん。ここで夜営するんだと思うよ。夜はさすがに進めないから、時間的にも場所的にも丁度良いしね」
「そっか。…んぅ〜……疲れたよ〜、精神的に。警戒だけと言っても、緊張するよ……」
今日はこれで終わりらしいので、私は大きく伸びをします。
そんな私を見て、ベルは気の毒そうに言います。
「リン……残念だけど、まだもう一踏ん張りしなくちゃいけないよ」
「…………と言うと?」
「夜警」
そのベルの言葉の直後、狙っていたかのように、シューゲルさんの声がしました。
「よーし!今から、夜営の準備だからなー。夜間の警戒も交代制だが、昼より細かく分けるぞ。集まれよー!」
そ、そうでした。ここでする夜の野外での寝泊まりは、前世以上にとても危険なものです。
さらに警戒は、昼よりも敵を見つけにくい夜の方が重要です。
やらない訳がありません。
でも、夜警かぁ……ちょっと怖いかな…。
一度、集合した私達は夜警の順番を決めることにしました。
そして話し合いの結果、私とベルは宵塗りの刻、夜中の22時から23時頃までを担当することになりました。
この時間帯になったのは、私が真夜中の警戒を担当するのには不安があるのと、ベルの交渉のおかげです。
「リン、どうする?夜警に備えて先に寝る?それとも夜食を先に食べる?夜食に関しては、夜警中に軽く食べるっていうのもありだけど…」
ベルの言葉に辺りを見渡せば、木に根元で夜食を食べている人や、荷物を枕にし、毛布に包まって地面に寝転がっている人もいます。
夜警の順番によって、皆さんはきちんと計画を立てているのですね。
「ん〜……それじゃあ、私は先に寝させてもらおうかな……」
今回は初めてのことばかりです。なので、念には念をと言うことで、私は先に寝させてもらうことにしましょう。
夜食に関しては、そうですね……抜いても大丈夫そうです。
自分のお腹に手を当てましたが、あまり空腹を感じていませんでした。
こういう時に、魔物の体が役立ちますね。お昼に蜜を飲めたので、今夜は水だけでも良いでしょう。
明日の早朝に、新しい蜜を取ることにしましょう。
「了解。じゃあ、私達の番が来たら、起こしてあげるね」
「うん。お願いするね、ベル」
ベルに起こしてもらえるのなら、安心ですね。
間違えても、寝過ごすなんてことには、ならないでしょう。
「リンさん、仮眠するのかい?」
「あ、シンドさん。はい、お先に寝させてもらいます」
「それなら、馬車の中で眠ると良い。荷物も大してないから、眠るぐらいの空きはあるからね」
「良いんですか?」
「あぁ、構わないとも」
シンドさんが許可してくれたので、有り難く使わせてもらいましょう。
私はシンドさんにお礼を言って、鞄から毛布を取り出します。
「おやすみ、リン」
「おやすみ、ベル」
ベルと最後に言葉を交わすと、目を閉じます。
そして少しの間、真っ暗な世界に浸ります。
何事もない護衛1日目の終わりは、まもなくでした。
ベル「ほら、リン。起きてー」
リン「んぅ〜……くぅ……」
ベル「えいっ(でこピン)」
私事ですが、ブックマークが100人を超えることができました!
誠にありがとうございます。
これからも、リンの物語をお届けできるように、頑張りたいと思います。




