21話 そして、出会いの旅路は続いていく
ベルによる、王都に行くために、行商人の護衛依頼を受けるという提案。
即決した私ですが、その護衛という仕事がどのようなものなのか、全く知りません。
なので、ベルに教えて貰うことにしました。
「護衛って言うと、具体的にどんなことをするの?」
「基本的な仕事は警戒だよ。周辺の魔物や賊をいち早く見付ける、護衛対象の容態の確認、安全な休憩場所の確保。大事なのは、この3つかな」
「へぇ〜。護衛って、戦うだけじゃないんだね」
「まあ、必ずしも戦いが起こる訳じゃないからね。一切、戦闘が起こらない護衛もあれば、連日連戦の護衛もある」
「うへぇ〜……私、大丈夫かな…」
「運だよ、運。それに、魔物なら兎も角、人間なら護衛の付いてる獲物をわざわざ狙うか、どうかだし。その護衛も私達だけじゃないからね。でも、戦う心構えは忘れちゃダメだよ」
「…うん」
護衛というのは、こんなにも大変なんですね。
ベルに説明されるまで、仕事なんて守り、戦うことだけだと思っていました。
でも、そうですよね。
護衛する対象の人は、1箇所にじっとしている人ではなく、どんなことが起こるかわからない旅をする人です。
家と違って、馬車での生活は苦労することでしょう。
その生活を手助けするのも、ハンターの護衛なのですね。
「リン、護衛の仕事は理解できた?」
「うん。何となくだけどね」
「何となくでも、わかったのなら充分だよ」
私の回答に満足したように頷いたベルは、ハッと思い出したように手を打ちました。
「そうだっ!リン、もう1回買い物しに行かない?」
「え?良いけど…今度は何を買いに行くの?」
「それは、後のお楽しみ〜」
「えぇ〜。あっ、ちょっと待って、ベル!」
ベルは先に数歩進んで、手招きをします。
私は、その後を追いかけました。
「ベル…ここなの?」
「うん。そうだよ〜」
ベルに連れられ、やって来たのは街の大通りにある1つの店。
店内に並んでいるのは、ローブやズボンに下着。そこは服屋さんでした。
「あの…どうして、服屋さん?」
「何日か掛かる旅ってね、たくさんの物が必要になるんだ。食料だけじゃなく、寝具とか着替えとかもね。例えば、下着だったら、2つは欲しいかな。川辺で洗濯できても、それを乾かすまでに別の物を着なくちゃいけないからね」
「な、なるほど…それで、服屋さんに……でも、服の替えの1着や2着なんて持ってるんじゃないの?」
「丁度良い機会だから、新しいのを買いたくなった!」
ベルはビシッと答えます。
そ、それが、本音か…!
「他の必要になる物も後でちゃんと買いに行くからさ〜。ちょっと寄ろうよ〜、ね?」
ベルは手を合わせ、片目を瞑って、お願いのポーズをとります。
「私は別に良いんだけど…」
だけど…………服…服かぁ……。
私は服屋さんを見て、思います。
私…もうほとんど服を着るっていう習慣がなくなっているんだよね〜……。
この世界に来てから、1週間と少し。
幻惑で誤魔化せ、尚且つ、元が魔物なので裸でも気にならなくなったということで、今に至るまで服を身に纏ったことはありませんでした。
時々、やっぱり着た方が良いかなぁと思ったことはありますが、結局着ないままです…。
しかし、ベルの理由とはまた違いますが、これは服を買うのに丁度良い機会なのかもしれませんね。
よくよく考えると護衛の間は、ベルや他の人と一緒にいる時間が増えます。それは、それだけ私の幻惑がバレる可能性が高まるということです。
私の幻惑のLvでは、触れられるとわかってしまいますので…。
それに、着てもいない服を着る振りや、脱ぐ振りをするのは大変そうです。
これらの心配がある中、今まで通り無防備というのもダメでしょうし……。
…………うん。自分の気持ちが服を買う方向に傾いている間に、行動に移しましょう。
この機会を逃したら、次は私の「あの時、やめたからなぁ〜」思考が前面に出てしまいそうなので…。
と言うことで、服。買うことにしました。
現在、私とベルは店内に入り、物色しています。
ベルは何やら1人であちこち見て回っていますが、私はスカートやズボン、下着が置いてある前で悩み中です。
服を買うにしても、問題は私のこの翅なんですよね…。
私は自分の背中から生える翅をちょんと触ります。
この翅のおかげで、下は着れても、上が着れないのです。
首を通せて、前と後ろだけに布があり、横は紐などで括れるような服があれば、完璧なのですが…店内にはありませんでした。そもそも、この世界に来てから、そんな服は見たこともありません。
さて、どうしよう……。
下だけでも買うべきかな?でも、下だけ履いて、上は全裸とか…バレてしまった時に困ります……。
でもでも、上も下も着ていないよりかはマシ…かな?
う〜ん……じゃあ、下を買うとして、何を買いましょうか……。
目の前に並ぶ商品を見ます。
スカートは膝下まで覆う、ゆったりとした物で、ズボンは長いのと短いのがありますね。
あと、下着は前世で着ていたようなショーツとカボチャパンツがあります。このカボチャパンツはドロワと言うのでしたっけ?
ドロワは白色ばっかりですが、ショーツは何色か種類がありますね。
などと、考えていると肩にトンッという衝撃が。
振り返れば、ベルが立っていました。
紙袋を持っているので、どうやら既に買い物を済ませたようです。
「リン〜。何を悩んでるの〜?」
「あっ…ベル。どれを買おうかな〜って……」
「今、着てるのと同じので良いんじゃない?」
「だ、だよね〜……」
ベルにもっともなことを言われてしまいました……。
う〜…まずは下着はどっちを買いましょうか。
ドロワとショーツの2種類がありますが、私はショーツの方が良いですね。
大した理由ではありませんが、ショーツは前世でも履いていた物です。未体験のドロワに手を出すよりかは安心できそうなので…。それに、ショーツはドロワよりも面積が小さいので、替えのもう1枚と合わせても鞄を圧迫しなさそうですし…。
あっ!…そもそも私、鞄なんて持ってないじゃないですか!
手提げ鞄のようなポーチは持っていますが、旅に使うようないろいろと詰め込める程の大きさの鞄を持っていませんでしたね…後で、買わなくちゃ。
それに、まだ服屋さんの後も、別の旅に必要な物を買わなくてはなりません。
ここで、私は大切なことを思い出しました。
私は急いで、自分のお金を入れた袋を確認します。
次にショーツの値段を見ます。その次にスカートやズボンの値段を…。
あっ…………ま、マズい…マズいよ……これは…!
「…………」
「リン?どうしたの?固まっちゃってさ~」
「ねぇ、ベル。この後、行く予定のお店では、何を揃えるの?」
「えっとね~……足りない物を買い足すだけで良いけど…非常食でしょ。水筒に毛布、それに塗り薬とかだね」
私はベルの挙げてくれた物を頭に浮かべます。
まず、非常食は私はいらないけど、水筒と毛布と塗り薬は買った方が良いよね。水筒と毛布は売ってるのを見たことがあるからわかるけど、塗り薬の値段はわかんないなぁ…。次に大きい鞄も買う。最低限、隠すために下着も買う。替えも含めて2枚買う。
ということは…………。
買えない……下着までしか買えない!
ど、どうしよう?!服屋さんばかりに気を取られて忘れていましたが、他の買う物も考えると、スカートかズボンかを選ぶどころか買えません!
具体的にどのくらい足りないかと言うと、金貨2枚と銀貨1枚程…。
ベルとパーティーを組んでからは討伐依頼をよく受け、ぼちぼちとは稼いでいたのですが、依頼約2つ分が足りません。
このままでは、幻惑があるとは言え、下着のみの姿になってしまいます!
いや…この場合、下着だけでも買うことができたと喜んだ方が良いのでしょうか?
むむむむぅ………………うむ。
ここは、割り切りましょう。
幻惑が破られた時に最低限の部分を隠す物を買うという目的は達成できるのですから、無理をしてまでスカートやズボンを買う必要はないでしょう。
それに、元々が全裸だったことを考えれば、下着だけでも充分に進歩です。
うんうん。良い方向に考えれば良いのです。
「よし。じゃあ、買ってくるね」
「わかった。私は外で待ってるね〜」
ベルは手をひらひらさせて、お店の外へ向かいました。
決めるのに時間が掛かり、ベルを待たせてしまいました。
これ以上ベルを待たせるのは申し訳ないので、私はショーツを2枚取って、会計に向かいました。
「お、終わった〜……」
時刻は夕暮れ。
旅に必要な物を買い終え、『ゆりかご亭』に帰ってきました。
ベルとは、明日ハンターギルドで会う約束をして、別れました。
ベルは先にギルドへ行って、王都までの護衛依頼があれば、確保しておいてくれるそうです。感謝です。
「おかえり、リン」
「あっ、エレーナさん。ただいまです」
私の部屋へ行こうと階段を上ろうとした時、食堂の方からエレーナさんが声を掛けてきました。
「リン、その荷物はどうしたんだい?」
「これですか?えっと…王都までの護衛依頼を受けようと思っていて、その準備です」
「王都までかぁ……なら、リンともそろそろお別れか…」
「あ……」
「まぁ、送り出すのも宿屋の楽しみだからね」
「エレーナさん…」
「ハハハッ。縁があれば、また会えるさ。頑張ってきなよ、リン!」
「…はい!お世話になりました!」
エレーナさんは微笑むと、食堂の奥へ戻って行きました。
私は最後に、もう一度お辞儀をすると、部屋に向かいました。
部屋に入り、パタンッと扉を閉じ、荷物を床に置くと、ベッドに腰を下ろします。
「そっか…王都に行くってことは、エレーナさんやバルトンさん、このルメイラで出会った人達とお別れになるのか……」
この街に来てから1週間以上。見知らぬ世界での、初めての街。
親切な人。怖い人。たくさんの人に会いました。
……魔物でも、寂しいと感じるものなのですね。
エレーナさんとの会話で、実感しました。
見送ってくれる人がいるというだけで、生まれた森から旅立った時とはまた違う気持ちが押し寄せて来ますね。
「でも……」
……でも、今回は寂しさ以上に期待の気持ちの方が大きいです。
新しい花に出会える予感。そして、一緒に付いて来てくれる心強い人。
ふふっ。なんだか、心がぽかぽかしてきます。
「…………よし!寝るか!」
少し部屋を掃除して、旅の荷物を整えます。
ベッドに寝転がります。
明日、お世話になった人達にお礼を言ってから行こう。
そう自分と約束をして、瞼を閉じました。
次の日、ハンターギルドの掲示板に、王都までの護衛依頼が張り出されました。
リン「おはようございます!」
エレーナ「おはよう!行くのかい?」
リン「はい!」
エレーナ「そうかい…じゃあ、いってらっしゃい!」
リン「いってきます!……あの、エレーナさん」
エレーナ「なんだい?」
リン「ありがとうございました!」
これにて、2章の終わりです。次回から、3章へ移ります。
皆さん、大変長らくお待たせしてすみません!
セルフ夏休みを堪能していました……。
拙いところもありますが、これからも、この物語をよろしくお願いします。




