18話 どこにでも湧く、嫌な奴[1]
「おいおい、こんなとこで何してんだぁ?ここぁ、嬢ちゃんみたいな小娘が来るような場所じゃねぇぞぉ〜」
今日は良い天気だな〜。こんな日に飲む花の蜜はとっても甘いから、今から楽しみだよ。
「あぁん?おい、ガキ!聞いてんのか?」
ベル、まだかな〜?まぁ、ポーションは大事だもんね。仮に使わなくても、持っていて損はないんだし。
買ってくるのは、2本だけって言ってたから、もう少し我慢しよう。
「テメェ…意地でも俺を無視するつもりなんだなぁ…良い度胸じゃなぇか!」
「テメェさーん!呼ばれてますよー!」
「お前に言ってんだよ!!お前に!」
あぁ、もう〜……うるさいなぁ〜。
そう思いながら、顔を横に向けると。そこには、顔を真っ赤にしたゴリ…じゃなくて、男の人が立っていました。
ゴツゴツとした体、テッカテカの頭、そして悪人顔。う〜ん…何と言うか、典型的ですね。
現在、私は絡まれています。
と言うのも、私が何かをしたからじゃありませんよ。
相手の方から一方的に絡んできたのです。
今日、私はベルといつも通り朝食を摂ると、ハンターギルドへ向かいました。
その途中、ベルはポーションの残りが少ないことを思い出したので、買いに行ってしまいました。
私はベルの買い物が終わるまで待っておくよと言いましたが、先にギルドに行って、良さげな依頼がないか探しておいてとベルに言われたので、1人でギルドへ向かった次第です。
ギルドの中に入ると、普段は見かけない人が何人かいました。
気にせずに掲示板を確認しようと思いましたが、その前を4人の人が陣取っていましたので、その人達が退くまで酒場の席に腰を下ろしました。
そして、ぼーっとしていると、掲示板の前にいた1人が突然絡んできたのです。
どう考えても、私は悪くありませんよね?これ…。
はぁ…面倒臭い……。でも、無視してても、それはそれで面倒臭いことになりそうだしなぁ…。
現に、無視してたら突っ掛かってきましたし。
男の人は今も私に眼を飛ばしてきています。
目を合わせないようにしながら、私は尋ねました。
「あの、私に何か御用ですか?」
すると、男の人は私を指差し、見下したような目をして言いました。
「用だと?あるに決まってんだろ。ここぁ、お前みたいな小娘が来るような場所じゃねぇんだよ!とっとと帰りな!」
うわぁ〜…やっぱり変な難癖付けられた…。
展開的にそんなことだろうと思っていましたが……。
「じゃあ、ここはどんな人が来る場所なんです?」
「そりゃあ、ハンターだろうが。バカか?」
「へー、そうですか。それなら、私もここに来ても問題ないですね。私もハンターなので」
どうだ!正論だぞ!
この男…いえ、もうこれは猿ですね、猿。
この猿が言うには、ここはハンターなら来ても良いそうです。と言うことは、私も来て大丈夫だと言うことです。
ふっ、ぐうの音も出まい。と思いながら猿をちらっと見ましたが、私は失敗を悟りました。
よくよく考えてみると、単純なことでした。
だって、こんなことで絡んでくる相手には、正論を言っても意味ないですもんね…。
猿を見た時、今度はにやぁ〜とした笑みを浮かべていたのですから。
「おうおう、嬢ちゃんもハンターだったのか。そりゃあ、すまねぇな!…で、ランクはいくつだよ?」
「何でそんなこと言わなきゃならないんですか?」
「あ?もし、俺より低いランクなら、先輩としていろいろ教えてやってやろうかと思ったんだけどなぁ。いろいろと」
「………」
うむ、まさかここまで鬱陶しいとは…。
私のランクを聞いた時点で、なんとなく言うだろうと思いましたよ。やっぱり、猿じゃないですか。
さて、どうしましょう。
腹が立ちますが、実際に私のランクは一番下のEです。
人のランクを聞いてくるってことは、この猿はある程度は上なのでしょう。
私は『鑑定』を使いました。
ーーー
〜ステータス〜
名前:ゴルラド
種族:人
性別:男
年齢:27歳
Lv:57
HP:2400
MP:890
STR:1030
VIT:1500
INT:660
MND:670
AGI:905
〜スキル〜
狩猟(Lv.3) 大剣(Lv.5) 破砕(Lv.2) 頑強(Lv.4) 威圧(Lv.2) 隠密(Lv.1) 言語理解(Lv.2)
〜称号〜
ーーー
Lvは…私とあまり変わりませんね。
ステータスを見た感じだと、パワーファイター型。スキル構成もパワーファイター型。私と真逆の脳筋タイプですね。
しかも、猿だと思っていましたが、ゴリラの方だったとは……。
名前が似ているので、本当にゴリラと言ってしまいそうです。…この世界に、ゴリラは存在するのかな?
まあ、このステータスだと、荒事になっても心配いらないでしょう。
そう言えば、周りの人はどうして助けてくれないのかな?
よくよく考えてみると、女の子が、こんなゴリラに絡まれていたら、普通は助けますよね?
ここはハンターギルドです。ここにいる皆さんは荒事のプロフェッショナルのはずですが…。
そう思って、周りに目を向けると、受付の側に見覚えのある人が立っていました。
えっと…名前は、確か……バ、バ…バル…そう!バルトンさんです!
ベルと初めて出会ったあの日、『ゆりかご亭』で頼れる兄貴感を出してた男の人です。
私がバルトンさんを見ていると、ちょうど目が合いました。
すぐに、目線で助けを呼びます。下手に声を出して、助けを求めたら、このゴリラも変に反発するかもしれませんし…。
目で訴えること数秒。
しかし、バルトンさんは首を横に振りました。
え?!なんで?!
あの頼れるオーラを纏い、ゴリラ相手でも余裕で勝てそうなバルトンさんが助けてくれないなんて?!
あれ?
驚きました。驚きましたが…よく見ると、バルトンさんは口をパクパクさせています。
バルトンさんは何かを私に伝えようとしていました。
私…読唇術なんて無理なんだけど……!
そう思いながらも、口の動きを読み取ります。
私の『言語理解』のおかげでしょうか?何回も同じ動きを繰り返しているので、だんだんとわかってきました。
えっと、なになに……ジ・ブ・ン…デ…ガ・ン・バ・レ?……もしかして、自分で頑張れ?
私も声には出さず、口パクで読み取ったものと同じ言葉を返すと、バルトンさんは頷きました。
えぇ…助けてくれないの……?
ここで思い出しましたが、ハンター登録した際に、説明を受けましたね。ハンター同士の諍いは当人達で解決しろって。そう言えば、言われていましたね。
だから、バルトンさんや他のハンターの人達は助けに来てくれなかったのでしょう。
一応、遠巻きにはこちらを見てくれているので、さすがに、暴力沙汰になれば止めに入ってくれるでしょうけど。
「おい。どこに目ぇやってんだ?」
おっと、また無視されたと思ったのか、不機嫌な御様子。
こんな奴、相手しなきゃなんないのかぁ…。超面倒じゃないですか…。
ですが、他人の助けを当てにできない以上、自分でどうにかするしかありません。
「そんで、お前はランクいくつなんだよ?」
「Eですけど?」
嘘を吐くのは、アレなので正直に答えます。
すると。ゴリラは途端に大笑いし始めました。
「ブフッ!ハッハッハッハァ〜!E?Eだって〜?」
「…じゃあ、そう言うあなたはいくつなんです?」
「俺か?はっ、Cランクだよ。Eランクで初心者ハンターのお・嬢・ちゃ・ん」
ゴリラは胸を張って言います。
……ふ〜ん…Cでしたか。ベルより低いですね。
じとーっと興味なさげに聞いていると、Cランクだとわかって、私が怖がっていると思ったのか知りませんが、ゴリラはさらに卑しい顔をします。
「わかったか?俺は嬢ちゃんよりも大先輩なんだよ。そんな俺が可愛い後輩ちゃんに直々に指導してやるって言ってんだ。ははっ、嬉しいだろぉ?」
「いいえ、全然。全く。これっぽっちも嬉しくはありません」
「まあまあ、そう言うなって。な?一緒に依頼でも受けて、どっかに行こうぜ?」
「しつこいです。鬱陶しいです。あっちに行ってください。そして、臭いです……あっ………」
あっ……言い過ぎたかも…。
そう思いましたが、時既に遅し。
恐る恐るゴリラを見ると、案の定、顔が真っ赤になっています。激おこゴリラです。
「舐めたこと言ってくれるじゃねぇか…」
「お風呂に入った方が良いですよっていう親切な後輩からの助言ですよ~。あはははは…」
咄嗟に誤魔化しますが、意味なさそうです。
「ふざけんな、テメェ!」
「良い度胸だなぁ、ガキィ!」
「調子乗ってんじゃねぇぞ!」
「なっ!?」
ゴリラがキレたと思ったら、突然別の2人の男が乱入してきました。
この2人、私が絡まれる前、掲示板の前にいた人です。まさか、ゴリラに仲間がいたとは思いませんでした。
「嬢ちゃんには、目上に対する敬意ってもんが足りねぇようだなぁ!」
「っ!」
失敗しました。少々怒らせ過ぎたようです。
ゴリラとその仲間は私にジリジリと近づいてきます。
1体1だったのが、いきなり1対3になったため、バルトンさんや眺めていた人達も慌てて止めに入ろうと動き出しました。
ですが、もうゴリラは目の前です。それも、拳を振り上げた状態で。
これは、1回は攻撃を受けますね…。
私には、一応『白蜜の奇跡』の障壁がありますのでダメージはないと思いますが、バルトンさんが駆けつけるまでにゴリラが拳を1回は振れるであろう時間はあります。
「おらっ!!!」
迫る拳。
思わず目を瞑ってしまいました。いくら障壁があるとは言え、大男が殴りかかってくるのです。こんなの、怖いに決まってるじゃないですか!
体が強張りました。
……………………………………。
しかし、衝撃はありませんでした。
それどころか、障壁が発動した気配さえありませんでした。
ゆっくりと瞼を上げます。
「…え?」
瞳に映ったのは…。
こちらへ駆け寄ろうとした体勢で止まっているバルトンさん。
驚愕の表情を浮かべた仲間の男2人。
私に殴りかかっている大男。
そして、
大男の拳を横から掴み、止めている、銀色の髪をした少女。
「……ベル…?」
「お待たせ、リン」
私に顔を向けると、ベルは微笑みました。




