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エルフの森店

 牛丼屋入ったらさ、普段いっつも何注文する?

 定番の牛丼? 変わり種でうどんとか、カレーってのも意外にありだよな。

 いやさ、俺、ちょっと前からバイトしてるんだよ、牛丼屋で。

 で、ひと通り仕事を憶えた頃に、新店舗できるからそこに移ってって言われてさ。

 まあ、早い話、その先が異世界だったんだよ。


「らっしゃっせー」


 自動ドアの開く音に、俺は条件反射で声を出した。

 数人で連れ立って入ってきたのは、ひょろっと背の高い、ぱっと見で男か女かわからないの二人連れだ。

 エルフとかいう種族で、俺もアニメか何かで見たことがあるけどまあだいたいプライドの高いやつが多いんだよな。そのせいかもしれないけど、この店にはこの二人以外のエルフが来たことがなかった。どうも昔は冒険者をしてたとかで、人の生活に慣れているからこういう飲食店に抵抗がない、だとかなんとか。

 なんか店長がそんなこと言ってた。


「いつもどおり、頼めるかい?」

「はぁい、少々お待ち下さーい」


 実は俺の方でも、ドアが開いた時から用意を始めてたりするんだよなこれが。

 二人はいつもどおり、定位置と化してるカウンターの席に座る。


「今日こそは、うまく使えるようになってみせる!」


 右の、脱色しすぎたみたいな白っぽい髪を短く切ったのが、ぱきっと割り箸を割ると、長袖の腕をまくって気合を入れ始める。注文は毎回決まってわかめうどん。どうも器用さに自信があるらしいんだけど、箸の使い方がわからなかったのが悔しかったらしい。

 左に座ってるのはどうやら女らしいんだが、こっちはいつも肉抜きのカレーだ。俺が皿を持って来たのをみるなり、さっと綺麗な金髪をポニーテールにまとめはじめた。初めて来た時べったりと皿の中に突っ込んで汚してからは、まずこれをするのが儀式みたいになってる。


「はい、おまたせっしゃしたー」


 うどんと、カレー。

 そのふたつをカウンターに置いて、俺は代金の銀貨を受け取った。

 ……そうなんだよな。

 この店では、牛丼は売れない。いつもこの二人が食べに来てくれるけど、他のエルフは店に近づきもしない……ていうか、俺は見たことさえもない。

 いくら外食産業のブルーオーシャンを目指す! っても、限界があるだろって思うんだ。

 あ、ちょっと意外に思った?

 主に俺がブルーオーシャンとか言うはずないとかそのあたり。

 ご明察。まんま、他のバイトの受け売りなんだ。

 浪人してる間の生活費とか自分で稼ぐってんで頑張ってる奴なんだけど……って、話がずれた。

 ともかくも。この店は営業一月で、早くも閉店の危機ってわけだ。


「はぁ……」

「どうかしたのか、ばいとくん」

「あ、すません、大丈夫っす」


 思わず漏れたため息を聞きとがめられて、俺は反射的に謝った。

 愛想笑いは慣れたもんだぜ!

 ――と思ったれけど、こっちの様子をじっと見るエルフの男……だよな? の目は鋭い。


「どうした、に対して君は『大丈夫』と返した。ということは何か問題があるんだろう?」


 思わず言葉に詰まった。

 いつの間にか、女の方……だと思うんだけど……の手も止まっていて、俺を見ている。

 こんな美女が俺の顔見つめてくれてるのは嬉しいけど、イケメンに見つめられるのは落ち着かない。

 もう一度ため息を吐いて、俺は覚悟を決める。

 客に泣きつくことじゃないのはわかってるけど、このままじゃ俺もクビ間違いなし――それは困る。


「実はその……お客さんが少ないって、怒られてるんすよ、上の方から」


 俺の言葉に、エルフたちが顔を見合わせる。

 それから、全く同時に俺の方を見て口を開いた。


「そりゃあそうだろう」

「それはそうでしょう」


 わぁお、息ピッタリ。

 エルフたちは何をアタリマエのことを、という顔で続ける。


「臭いんだよ」

「臭いのよ」


 想像してほしい。

 ものっすごい美女と、イケメンとに、声を揃えて『臭い』って言われる、その衝撃を。

 生きててごめんなさい。

 おもわず座り込んだ俺に、イケメンの方のエルフが声をかけてきた。


「どうかしたのか、ばいとくん」

「いやアンタなあ!?」


 勢い込んで怒鳴ってしまった俺に、エルフ男……ああもうだんだん面倒くさくなってきた。うどんの方のエルフだからうどん氏でいいやもう。うどん氏は目を丸くして瞬きした。

 カレーの方のエルフ――うどん氏と同様に、カレー嬢とする――が「なるほど」と呟いた。


「あなたのことじゃないわ。このお店が臭いのよ」


 カレー嬢はしれっとそう言って、空になったカレー皿を返してくる。

 珍しいこともあるものだ。ここは牛丼屋だから食べたあとの皿は置いて帰っていくのが普通で、カレー嬢もいつもそうしていたはずなのだが。

 受け取ろうとした俺を、カレー嬢はストップ、と手で示す。

 そのまま、カレー皿の中を示した。


「その、かれー。私はいつも肉を抜いてもらっているけれど。

 私達エルフの大半は、肉が嫌いなのよ、臭いから」

「肉?」


 思わず聞き返す俺の前で、うどん氏もうんうんと頷いている。


「うどんも、肉が少し入ってる。

 僕とこっちの彼女は、昔、人間と一緒に旅をしたことがあるんだが――冒険の途中で、臭いからって何も食べなかったりしたら飢えてしまうからね」

「つまり……うどんは、無理をして食べてるんすか?」

「そうでもないよ。臭くても美味しいものはいくらでもある」


 うどん氏はあっさりとそう言う。

 つまりこのエルフは、牛丼屋の肉入りわかめうどんじゃなくて、うどん屋のわかめうどんとかならもっと美味しいと思うってことなんだろう、多分。

 もしくは――納豆が大好きな人と大嫌いな人の違い?

 でもそれってさあ。


「どうしろってんだよ……」


 脱力して、俺はカウンターにうなだれた。

 ここは牛丼屋なんだから、一応、メインのメニューは牛丼だ。

 うどんの肉抜きは、正直に言ってなんとでもなる。米だけをお客さんに出すとかもできる。

 でもそれって根本的な解決にはなりませんよね!?


「どうしたらって……肉の臭いを消すのが一番だろうね。脂を抜いてみるとか」

「あぶらぁ?」


 うどん氏が軽く顎に手を当てて言った内容に、俺はゆっくりと顔を上げた。

 一瞬、ビクッとしたうどん氏が肩を縮めたのが見えた。

 今、俺の目はゾンビ並に死んでる。多分そのせいだ。

 だけど――思い当たることがひとつ、あった。

 のそり、と。

 我ながらびっくりするぐらい重くなった体を引きずって、俺はバックヤードの冷蔵庫を覗き込む。

 確かこの辺に――あった。

 俺の晩飯用の肉。

 安い切り落としなんだけど、赤いところが多い。俺はやけくそで、店の床にどっかりと腰を下ろして包装のビニールを破った。多少は残ってる白いところを、店の箸で適当にはずしていく。

 脂を取った肉を、レトルトを温める用の鍋――なんせ開店休業かんこどり状態、使ってないのもいくつかある――に放り込んで水を入れ、温めてみた。


なにをしへうんはい(なにをしてるんだい)ふぁいとふん(ばいとくん)


 鼻をつまんだうどん氏の顔を見て、俺はふむ、と唸った。

 うどんの汁を新しい丼に流し込んで、いつものように肉うどんを作る。

 ただし、入れる肉だけは店のじゃなく、さっき湯だけで煮込んだやつだ。


「これでどうっすかね」

「うどん……だけど今日はもう」

「試してみるだけでいいんで! お代もいらないんで!」


 無理言ってる自覚はある。

 臭いものを無理に食ってくれって言ってるわけだから。

 うどん氏とカレー嬢は一度目を見合わせる。

 その後、しぶしぶといった顔をしてから、うどん氏は俺のうどんを手にとった。


「――」


 ずずっ、と。

 うどん氏は最初に、汁を飲んだ。


「……ふむ。この味はキノコを干したものだね」

「いやそっちはいつもと同じ汁なんで」


 おもわず即答した。

 少しの間、うどん氏の時間が停止した。


「……もちろん、ほんの冗談だよ?」


 嘘だ絶対さっきの本気だった。

 ともかく、うどん氏は麺を口にし、それから肉を箸にとった。

 肉だけでいいのに、と思ったが、多分納豆と白米派のこだわりみたいなものだろう。


「…………!」


 目を見開いて、うどん氏は俺の方を見た。

 その顔に、俺は手応えを感じる。


「臭みがほとんどない――完璧じゃないか!」


 よっしゃああああ!!!

 俺はガッツポーズを取って――そのまま崩れ落ちた。


「おいどうしたんだ、ばいとくん」

「これでいいの? マジに、これでいいの!?」


 嘆く俺の方を、不思議そうな顔で見るうどん氏。

 カレー嬢が、うどん氏の食べていたうどんの丼をひょいと自分の前に寄せ、汁を飲み、肉を――カレー嬢はうどんなしで――口にする。そのまま飲み下すまでの間で、彼女は一度だけ眉をしかめた。


「根本的に、血抜きの質が違うのよね。あなたたちの、肉って。

 私みたいに味の方が苦手なエルフもいるけれど……これなら、かれーでなんとかなると思う」

「それでいいの!?」


 スパイスの味がどうとか、カレー嬢は続けているけれど俺としてはなんだかこう、がっくり来る。

 確かに今まで店で出してた肉は、脂身のしっかり入ったいい肉だったんだ。

 それが――ただお湯で下茹でしただけの、脂身の少ない安い肉の方がおいしいと。

 エルフ、わかんねえ!


「肉、食えるのかよー……それって、好き嫌いって言うんじゃないのかよー……」

「……ああ、なるほど。エルフは菜食主義だと思ってた?」


 うどん氏が、はたと気がついた、という顔でそう言った。


「人間種には、たまにそういう勘違いをしてる人がいるんだけど……。

 エルフの大多数が、弓の扱いが得意なんだよ?

 争いからの自衛に使うため程度で、うまくはならない。狩猟に使ってこそだよ」

「そういえばちょっと前……三百年くらい前だったわね。

 食べもしないのに狩りすぎた動物の肉が腐って、臭いが公害になったのは」

「あれから遊びでの狩猟が禁止されて、若い世代の弓がどんどん下手になってるんだよね。

 若者の弓離れだよ。まったく困ったものだ」


 エルフたちが昔話っぽいものに盛り上がっている横で、俺はあとで店長に報告するためのメモを書いていた。

 なんだろう。むっちゃくちゃ敗北感ある……。

 後日、エルフの森店だけ生姜とネギで煮込んだ安い肉を使うことで、牛丼うどんにカレーライスは大流行おおはやり

 俺は今日も、ちょっとの虚しさを隠しながら、客に丼を提供する日々である。


「あい、牛丼一人前お待たせっしゃしたー!」




 ……あ?

 ガスと水道? そりゃコンロとか蛇口とか捻ったら出るっすよ?

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