男子生徒(俺)は見た!
「あー、やっと授業が終わったー…これで今日はもう自由だー!…と思ったら急に眠気が来たのでさっさと部屋に戻って眠らないと明日に響いてしまうなあ!」
「待ちなさい」
英語の授業を終えて今から自由時間だというのに僕の自由時間は隣の席に座っているこの女に奪われてしまった。なぜ断らなかった、過去の俺!!
俺と話すことなんて無いに等しいだろうに、一体全体アポまで取って何を話すってんでいべらんめい。あ、ポカリ飲みたい。
「なー、ポカリ買ってきて良い?」
「じゃあ私は紅茶でいいわ」
「馬鹿かよ」
いやいやお前、誰が奢りって言った?そんなコンビニで偶然会った仲のいい友達にこれも一緒に買ってって言う可愛い女の子にでもなったつもりか!容姿だけは認めてやるがお前は可愛い系よりも綺麗系だからな?あえて言うならコンビニで偶然会った仲のいい友達にこれも一緒に買いなさいよって言う系の美人だからな?けっ、これだから容姿のいいやつはいけ好かねえぜ。
「…もう愚痴は終わったかしら?終わったなら紅茶を買ってきてちょうだい。できればミルクティーで」
「ちぇっ、俺はお前の小間使いか何かかよ。何が悲しくて同級生になんて奢らなくてはいかんのだ。奢るんだったら断然後輩だろ。もしくは妹」
「じゃ、待ってるから」
どうしよう話が通じないよお母さん。俺ってば日本語話せてるのかな。中々周りに聞こえるような声で言ってるのに…ひょっとしてこの女耳が悪いのか?ははん?今すぐ耳鼻科に行くことを勧めるぜ。
「…ほら、ミルクティー。ちなみに150円だったけど払う気ある?」
「ありがとう日比野くん」
綺麗な笑顔をこちらに向けてくるが俺は動じないぞ。そういう美人光線は姉で見飽きているからな。
今居るのは昨日の人気のない場所…よりも人気がなさそうなポツンと置かれたソファ。ちなみに二人がけ。目の前にもテーブルを挟んでのソファに座る俺。しかし紫は隣に座っている。なぜ?
「それで、一体全体俺と何を話そうっての?それとミルクティー代返せ」
「そうね……とりあえず貴方のことが知りたいわ」
「無視かよ」
「貴方、おかしいもの。まず普通じゃないわ。普通の人はあんなに無感情になることはできないもの…」
言ってくれるな。平凡極まりない俺を捕まえてお前はおかしいと面と向かって言ってくるやつぁ家族以外じゃ初めてだぜ。
「無感情ってなんだよ、俺ほど感情的になる奴なんてそうそういないってもんよ?」
「何を言っているのか全くわからないわ。そもそも貴方、どうしてあんなに喧嘩が強いのよ?」
「完全無欠の姉の教育の賜物だな」
「へえ、貴方お姉さんいたの」
「妹もいるよ。どっちも俺とは似ても似つかないほどの容姿で家事もできるし超絶優良物件なんだけど……いかんせん買い手がつかないんだよなあ」
「ああ、男の人って自分より上だと付き合いにくいってよく聞くものね」
「マジか!それじゃあ妹はともかくとして姉はもう諦めた方が良いかもしれんなあ…」
妹は可愛らしいしまだ中学生だしこれからいくらでも出会いがあると思うけど、姉に関しては既に自立しているものの基本的に家から出ないし出会いもない。
…こんなことあの魔王の耳に入ったら俺の明日は来ないだろうけど。
「…お姉さんってどんな人なの?」
「容姿、学力、財力、どこを取っても非の打ち所がない完璧女子。なお性格は含まない」
あの姉は性格に難さえ無ければ今頃男なんて入れ食い状態なんじゃないだろうか。
「そんな姉が一時期格闘技にハマってなあ……その練習台にされたのが奴隷である弟の俺ってわけ。俺だって抵抗しなきゃかなり痛かったからさ、姉に勝つとまでは言わないけど、それなりにかじってたんだよ」
「そうなの……相手に容赦がないのは?」
「容赦?あの姉に対してそんなもの持ってたら命がいくつあっても足りないわ」
「いえ、そうではなくて……。私が、絡まれた時の話よ」
やけに静かに聞いてくるな。なんだ、もしかして怒ってる?それともあいつらがどうなったのか気にしてんのか?
「なんだ、手加減しておいて欲しかったのか?」
「……っ!」
俯いていた顔を俺に向ける紫。その目は潤んでいたが、俺の顔を見るとすぐに唇をキュッと結んだ。
「お前さ、もう少しで人生棒に振るかもしれなかったんだぜ?俺に感謝しろとかそんなこと言うつもりは微塵もねえけどさ、なんていうか、お前、甘すぎじゃね?」
そんなんじゃ、いざってときに自分の意見もやりたいこともできねえんじゃねえの?
がんじがらめになって叫んでも叫んでも誰にも聞こえなくなるくらいだったら、なんでも良いから自分を通せるものを持っておくべきだと思うけどな。
「甘すぎるなんて、そんなこと…」
「あるね」
「……」
「…ってか、こんな話するために俺を呼び出したのかよ。もっと普通の話だと思ったわ。あほらしいにもほどがあんぜ」
ぐっと身体に力を入れて立ち上がり伸びをする。時計を見ると自由時間はまだ残っている。あー、アイスが食べたいな。カップのバニラのやつ。スーパーがつくあれはNGで。
「あ、あほらしいって」
「だってそうだろ?俺はあの時のこと、間違ったことをしただなんて思ってないし、誰に諭されようが俺には関係ないしどうでも良いんだよ。興味ないしな」
「………」
な、なんだよ。無言で見つめてくるんじゃねえよ。照れはしねえけど人に見られんのは苦手なんだよ。
「…貴方、本当に変わってないのね」
「んあ?」
「いえ、前にも同じようなことを言われたのを思い出しただけよ」
「前にも?」
なんだろう、俺ってなんかしたっけか?こいつに会ったのも最近のはずだしこんなくだらない話をしたのも初めてだと思うんだが。
首を傾げていると紫は笑った。
「実は私、前に貴方と会っているのよ?中学二年生の冬に」
中二の冬?なんかあったっけかな。そんなに昔じゃないし、印象的なら忘れないはず。
「同じように私がナンパされていた時、貴方が偶然通りかかったのよ。その時も貴方は悪いことはしてないって言っていたわ」
んんー?記憶にございませんが?
「いえ、正確に言うなら『俺は何も悪くない!あえて言うのなら俺の通る道にいたお前らが悪い!』と言っていたけれど」
あ、それなら言いそうだな。多分何かの買い物でも頼まれてて急いでたんだろうな。みんなもあるよね?圧倒的実力者(姉)からミッションが与えられたら何をおいても最優先で成し遂げようとするよね?そういうこと。
「何にも覚えてないわ」
「まあ…そうでしょうね。貴方、他人に興味さなそうだし…」
「失敬な。興味がないってわけじゃ…ん?」
立ち上がったから見えた窓の外。
俺の目線の先には二人の男女。仲睦まじい様子だが…一般の人にはわからないかもしれないけれど、俺たち生徒にはわかる。あれは良くない奴だ。
「なにかしら?」
「いや、あれって…」
若い男の教師が若い女と一緒にいる。
…若い女っていうかあれって生徒じゃないのか?どっかで見たことあるようなないような気がするし。
「あー…女子生徒と一緒にいるな?不純異性交友ってことで…いいのかね?」
「…あれって、窓の外のかろうじて二人の人影だってことがわかる程度のあの塊のことを言っているの?」
「は、お前見えないの?目悪いの?」
「……貴方が異常なだけだと思うのだけれど」
はあ、とため息をつく紫。
俺は気にせずに話を続けることにする。
「なあ、ああいうのってまずいんじゃねえの?」
「確かにまずいとは思うのだけれど…そもそもあの暗さでは写真も撮れないだろうし、見えたとしても誰かまではわからないわよ。どっかの誰かみたいな異次元レベルの視力じゃなければね」
異次元レベル、ねえ……。視力だけでそれだったら俺の能力について知られたら俺はどうなっちまうんだろうな。
これについては家族以外の誰にも知られる気はない。気持ち悪いだとか言われるのは俺はどうだっていいんだけどな、そのせいで家族が傷つくのは嫌だ。
「……好きにすればいいか。どうしたってなるようにしかならないんだろうし」
「たまにはまともなこと言うのね。貴方のことだから暴露するか脅すかすることだと思ったわ」
「そんなめんどくさいことしねえよ。俺は事実を知っても何もしない。めんどくさい展開は御免だからな、二人ともバレないように好きにすればいいんじゃねーの?」
その結果あの二人の人生が破滅しようがしまいが俺の知ったこっちゃないわな。
「あーあ、アイス食べたいから俺もう行くわ」
「え、ちょっと…」
「え、まだなんか話あんの?」
俺が行こうとすると声をかけて俺のシャツの袖を掴んでくる紫。大多数の男はこれで落ちるんだろうなって思うと俺は負けないっていう気持ちが湧いてくる。元気100倍!
「ない、けれど…」
「なんだよ」
じゃあいいじゃんか、とばかりに行こうとするのだがいかんせん袖を離してくれない。
腕を上げても下げても揺らしても引っ張っても駄目だったので押したら腕ごと持っていかれた。どゆこと?
「…………なに?」
「急にこんなことを言うのも何だけれど…」
ぐっと紫との距離が縮まる。綺麗な顔が目の前にある。紫の目を覗き込むとそこには覇気のなさそうな男(俺)が映っている。
「私、貴方のこと……」
「ちょっと待て」
「……なによ?」
ぐっと紫を引き離して腕を抜く。紫の女の子らしい柔らかさを感じてドキッとかそんな展開はない。確かに柔らかかったけども。
「お前は一体全体急に何を言おうとしているんだ」
「何って、愛のこくは…」
「落ち着け、早まるな」
食い気味でいくよ俺は。そうでもしないと主導権が握られっぱなしでずっと俺のターンをやられかねないからな?
「早まってなんかいないわ。私の気持ちは初めて会った時から決まっていたもの」
「だから俺はそん時のこと覚えてないって」
「例えそうだとしても、私は覚えているもの」
お前だけ覚えててわけのわからん理由で好かれてもなあ……っていうか、そういうのって俺の性格に合わないっていうか。
「腑に落ちないって顔してるわね。……いいわ、これから少しずつわからせてあげるから、覚悟しなさい?」
それじゃあ、おやすみなさい。そう告げて勝手に帰っていく紫を呆然として見送る。
……さて、意図せずこんな展開になってしまったわけだが。一体俺はどうしたらいいんだ?