目をつけられるまでの俺の日常
「急な話だけど、みんなは超能力と聞いて何を思い浮かべるだろうか。
空を飛べる、火を出せる、物を動かせる……色々あるかもしれない。
だけれどそれらは普通の人には備わっていない、異質な力だ。
そんな異質な力を持って生まれてしまったある種不幸な少年が俺こと日比野響。現在は中学最後の春休みを謳歌している。
さて、俺には優秀で背が高く、クールでかっこよくて美人でみんなの憧れとよく言われる姉(一般人)、同じく優秀で気立てがよくて可愛らしいみんなの嫁的な感じの妹(一般人)、なんだかアホなことばかり言う突拍子も無い父親(一般人)、天然なのかどうかよくわからないけどいつもニコニコ家事完璧我が家の看板とも言える母親(一般人)がいる。
そんな中で背はやや高く顔は普通よりちょっといいかな、運動はそれなり、勉強もそれなりな俺(超能力者)は暮らしているわけだが、当然家族は俺が超能力を持っていることを知っている。
ただ、あまり生かされる場面を見ることはできない。最初に聞いただろ?超能力と言ったら何を思い浮かべるかってさ。
他の人がどうだか知らないけど、少なくとも俺に関して言うと、だ。
空を飛べるますか?
―飛べません。
火を出せますか?
―出せません。
物を動かせますか?
―動かせません。
じゃあ何ができますか?
―テレパシーのみです。
そうなんだ、今言った通り、俺の超能力っていうのはテレパシーだけなんだ。だから使うのは精々が母さんに頼まれて他の家族に買い物を頼んだり、誰かが怒っているときはその気持ちを汲んで近づかなかったり、そんな程度。
ああ、言っておくけど決して勉強とか恋愛とかでズルするために使ったことはないぞ。
自分の力にならないし、もしも超能力が無くなったら俺は凡人以下になっちまうからな。そしたら今までできてたことが急にできなくなる、なんてことになりかねない。
送信受信は俺の自由だからオンオフを切り替えることも簡単、頭が疲れるだけでMP的なものを感じたことは一切ないし、有効範囲に制限を感じたこともない。
さて、こんな超能力は本当に必要なのか否か。そこんとこどう思う風音?」
「お兄ちゃん、もうすぐでご飯できるからね」
「ありがとう、そんなスルースキルを持つ妹がいる俺は幸せ者だよ」
コトコトとシチューを煮込んでいる妹を尻目に、兄である俺はソファに寝転んでぼーっとしてくだらないことを考えている。こんな生活をいつまでも続けたいものだ。
今は父さんも母さんも休みで二人して旅行に出かけてしまっていない。
家にいるのはもうすぐで中学三年なり受験を控えることになる妹と、同じくもうすぐ高校一年生になって新しい人だらけの高校に通うことになる俺、最後になんだかよくわからない仕事をしている姉。
姉に関しては、大学在学中に起業してまだ卒業もしていないというのに社長になっているというよくわからない人だとしか言いようがない。
二十歳の若造がどこまでやれるかはわからないが、やれるとこまでやって世界を変えてやる、というのは姉の言葉だ。言っていることはカッコよく、実際に実績も伴っているので本当に世界を変えたらどうしようかと正直心配している。
そんなアグレッシブでダイナミックでファンタスティックな姉なので当然忙しく同じ家に住んではいるがあまり家には帰ってきていない。よって必然的に俺と妹の二人暮らし状態なわけだ。
「必然的に俺と妹の二人暮らしか…」
「しみじみと言ってるところ悪いけど、ご飯できたよ?あと、流石にそこまでいくとフォローできないし、お兄ちゃんのことは好きだけど、そういうのじゃないから」
シチューの火を止め、テーブルを拭き、皿を出し…と諸々の作業をしながら呆れた声が飛んでくる。きっと呆れた顔もしてるんだろうな、見えないけど。超能力全然役にたたんやん。
「俺はこんなにも妹を愛しているのに、この愛は一方通行なんだね…よっこいせ」
手伝いをすべくソファから身を起こし立ち上がると微妙な顔の妹が俺の目に映る。
「どうした妹よ、そんなガリガリ君当たったんだけどお腹いっぱいみたいな顔して」
「…お兄ちゃん、大丈夫だよね?」
スス、と俺から距離を取る妹。
当然俺はそんな妹の行動なんて簡単にテレパシーでわかっていたので、笑って大きく一歩踏み出す。あまり使わないがこういうことになら俺は積極的に使うようにしている。面白いからな。
「ああ、大丈夫だ」
「じゃあなんで近づいてくるの?!」
そろそろ怖くなってきたのか顔を引きつらせながらさらに離れる妹。それを追う俺。そして手を広げる。
「ここに愛があるから」
「……そんな愛はいらないしわからないよ」
ガックリと項垂れてしまったのでポンポンと頭を撫でて終了。結果は俺の勝ち。
項垂れている妹を置いてささっとシチューを皿に盛り付け、サラダも皿に移す。ダジャレじゃないよ?
「ほら、食べようぜ。せっかく作ってくれたのに冷めたら勿体無い」
「…はあ」
ため息の後にこくりと頷き、席に着く妹。
そしていそいそとその隣に座ってみる俺。あからさまに訝しげな顔でこちらを見る妹に俺は笑顔で笑いかける。
「……どうして横並び?」
「これはお約束のあーんが待ってるんじゃないかと思って」
「そういうのないから、早くあっち」
指で対面の椅子を指す妹。まったくシャイなんだから。誰に似たんだか。
そんな妹の指に俺はマヨネーズをのっけて、対面に座る。
「いただきま「せん!」す」
俺が黙って手を合わせて日本の食文化の象徴、イタダキマスをしようとしたところに入る邪魔。妹か。
「なんだよ風音。早く食べようぜ」
「お兄ちゃん、いい加減子供みたいなことしないでよ……マヨネーズ、無駄になるでしょ?」
「わかった、ごめん。今舐めとるから」
そう言って立ち上がろうとすると妹が慌ててティッシュを取る。
「いいから!!もうしないでよね」
むすっとした妹も可愛い。なんで彼氏ができないんだろう。中学生だからか?いやでも狙われてたりはするだろうな…。
怪しいやつだったら俺がとっちめてやるぜ。超能力でな!!ボソボソと聞こえるか聞こえないかくらいの呪いの声を聞かせてやるぜ。
「わかった、次はしないよ」
既に人生で何度目かわからないこの言葉を放ち、俺は座り直す。
「それじゃ、気を取り直して……いただきます」
「いただきます」
湯気がたちのぼり、早く食べてくださいと言わんばかりの芳醇なビーフの香り…一口食べると妹の愛というスパイスと食材のハーモニーが…いや、オーケストラが…!
「お兄ちゃん、聞こえてる。うるさい」
え?マジ?全然気付かなかったわ。口をもぐもぐと動かしてるなう。
「家の中だからいいけどさ、外でそんなことしないでよ?私、身内が政府に連れてかれるみたいなの経験したくないからね」
はいはい、わかってるよ。まったくもう素直じゃない。ツンデレなんだから。
いい加減お兄ちゃんにくらいデレてくれてもいいのに。お兄ちゃんさみしい。
「お兄ちゃん」
「ふぁい、ふいまへん」
スプーンを口に入れていたので変な返事になってしまった。そもそも、ずっと口を動かしていたから俺は一回も口を開いていなかったんだけど。
それ以降特にこれと言って会話もなく夕飯が終わった。大抵ウチじゃ両親がいなきゃこんなもんで、食事中どころか実は普通に過ごしてても会話はほとんどない。
けどやっぱ生まれた時から一緒に過ごしてきてるから別に気まずさは感じない。
「風音ー、俺風呂先に入ってもいいかなー」
食べ終わり、洗い物をする妹に声をかける。
俺も働けって?いや、やろうとすると風音が私がやるからって俺追っ払われるんだよ。
俺だって家事スキルはあるんだけど、披露する機会がないんだ。決して下手だとか皿を割るだとかそういうことではないんだ。フリじゃなく本気で。
ただ、俺以外の家事スキルが異常に高いだけなんだ。
「うん、いいよ。私も後で入るからお兄ちゃん出たらお風呂のお湯抜いてお風呂洗って殺菌してお湯張り直しておいて」
「そこまで俺が嫌なの?!」
「あはは」
「え、否定しないの?!」
「まあ結構嫌だけど、お湯が勿体無いし仕方ないからそのままでもいいよ?」
「お兄ちゃん悲しい!!行ってきます!」
「お風呂まだ沸いてないからそこらへんはお得意の超能力でなんとかしてみてもいいよー、できるんならだけど。行ってらっしゃい」
くそ、超能力馬鹿にしやがって。覚えてろよ、俺がその気になればお前ら一般ピーポーのプライバシーの一つや二つくらいなあ…!
…まあ、いいか。俺は別に超能力使ってどうこうしたいってことほとんどないし。
黙って浴槽と床を磨いて妹を転けさせることに力を入れよう。
そう決心し、俺は驚きそして怒る妹の顔を想像して笑いながら風呂に向かった。
ーーこんな日常が、俺はずっと続くと思っていたんだけど、そう長くは続かなかった。