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09.悪夢

 …

 ……


 周りには灯りなど一切無いにもかかわらず、スポットライトを当てられているかのようにハッキリと見える人の姿。後ろを向いているため、それが誰かはわからなかった。

 ただ、どこかでみた・・・・・後ろ姿には間違いなかった。

 

 「……誰?」

 

 思わず呼びかけてしまう。彼女はそれに反応するように、ゆっくりと私の方を向いた。そして、その彼女の姿は――

 

 「……麻衣?」

 

 ――光を失いながらも、誰かに救いを求めている瞳。それを強調するかのような虚ろな表情。

 

 「麻衣……どうしたの?」

 

 私は近寄ろうと彼女に向かって足を進める――が、なぜか体が言うことをきかない。何度足を前に動かそうとしても、結果は同じだった。

 

 「あれ……なにこれ」

 

 言うことを聞いてくれない体に苛立ちを覚えながらも、私は必死に体を動かす。しかし、足は少しも動くことはなかった。

 

 『……けて』

 

 不意に小さな声が私に耳に入ってくる。

 

 「えっ……?」

 

 ポカンとあっけにとられていると、彼女の唇がゆっくりと動いた。今度は聞き逃すまいと、私は耳に神経を集中させていた。

 そして、麻衣の唇から発せられた言葉は――。

 

 『たすけて』

 

 と言っていた。

 

 ……

 …

 

 「麻衣!」

 

 悲鳴に近い叫び声をあげると共に、急に視界が一転した。

 暗闇は姿を眩ませたのか、窓に目を向けると眩しいほどの日差しが差し込んでいた。

 突然額から汗が一滴ポツリと流れ落ち、反射的に汗ばんだ額を軽く拭う。気づけば心臓の動悸も何だかいつもより激しい気がする。

 

 「ここは……?」

 

 夢とも現実ともつかない、何とも曖昧な状態。

 それをどうにかハッキリさせようと、部屋の中を軽く見渡す。

 教科書が散在している机と椅子、そしてそれに寄り添うように置いてある衣類棚――それはどこか見慣れた、安心すら出来る風景だった。

 それもそのはずだ。だってここは――

 

 「私の部屋……」

 

 曖昧だった今の状況が、ゆっくりと確実に現実へと引き戻してくれる。そのお陰もあってなのか、激しく波打っていた心臓の動悸がゆっくりと納まっていくのが手に取るようにわかった。

 

 そして、入れ替わりに耳に入ってくるセミの大合唱――それは紛れもなくあの暗闇の中で起きていた『出来事』が悪い夢だったことを教えてくれるようだった。

 

 ただ、夢の中で見た彼女の表情――影を落とし今にも消えてしまいそうな表情――は私の脳裏を掴んで離すことはなかった。

 

 それも当然だった。

 決して思い出したくなかった――あの日の表情だったのだから。

 自然と私は唇をギリギリと強く噛みしめた。何か嫌な、ドロドロとした感覚が頭を浸食していく。

 

 「……やめてよ」

 

 そんな浸食を止めるように、私は静かに抵抗した。もちろん、誰にでもない脳裏に居座る私自身に。こんな感情はもうゴメンだし、大体今の私にとっては決して必要がないものだ。

 だって――麻衣はここにいる。あの陰鬱とした気分がぬぐえない日々とは違うのだから。

 だから――

 

 「余計なこと思い出さないで……」

 

 目の前に見えた制服を恨めしく睨む。

 それは私自身の中に未だに居座る悪い自分・・・・に対しての静かな抵抗だった。

 そんな私を、目の前に見える言葉を持たない制服ワタシは――どこか蔑んだ表情で私を見ているようだった。

 



 あの悪夢から覚めた後。私と麻衣は二人仲良く並んで同じ制服を着込み同じ学校へと足を運んでいた。私達はイマドキの女子高生らしく、昨日見たテレビの話や共通する趣味の話などに花を咲かしている。

 

 ――と言うには、あまりにも語弊があった。なぜなら、麻衣が一方的に・・・・話をしているだけなのだから。

 私は、といえば適当に相づちを打っているだけで、彼女の話などまともに聞いてなんかいなかった。

 

 あんなに大切な時間だったのに。一度は確実に・・・居なくなった彼女が目の前にいるというのに。

 気がつけばギリっと唇を噛みしめている。悪い癖だった。いつも、何か耐えられないことがあると、こういうつまらない・・・・・ことをしてしまうんだっけ。

 

 「……どうかしたの、あやちゃん?」

 

 麻衣は何処か脳天気なところが目立ちがちだが、こういう相手の心情に対しては敏感な子だった。現に、今も私のクセを見て声をかけてくれている。

 そんな彼女の表情をチラリと伺う。クリクリとした目で私の顔を覗きながら、心配そうな表情を浮かべている。

 いつもの私なら感情を押し殺して『大丈夫』なんて声をかけているんだろう。

 だけど今はそんな気になれなくって――

 

 「ねぇ」

 

 ――私はゆっくりと言葉を続けようとした。

 それは彼女の存在を、否定、するような残酷な言葉だった。

 けれども私は――。

 

 「……手」

 

 そんなこと出来るはずもなくて。

 

 「つないで、くれない?」

 

 ただそういうのが精一杯だった。

 私がそう言うと、彼女は理由を何も聞かず愛らしい笑みを浮かべ、小さく頷く。 そして何も言わず、包み込むように私の手を握った。

 

 彼女が帰ってきてから何度も何度も感じた温もり。

 今の私には、それが唯一の心の拠り所だった。

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