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07.黒い雲

 ある意味、羞恥に満ちた・・・・・気まずい電車から降り立った先は、相変わらず私たちを照りつける太陽が待ち構えていた。

 そんな、ありがたい太陽光を全身に浴びながら、徒歩で目的地に向かう麻衣と私は何気ない会話――どうも麻衣も私と同じく、先ほどの出来事はなかったことにしたらしい――に花を咲かせていた。

 もちろん、駅から出ているバスを使えば普通に歩くより遙かに早く着くし、ダラダラと汗を流すこともなかった。けれども、こんな他愛もない時間が一時であっても――あれがたとえ夢であっても――麻衣を失ってしまったことを経験している私にとっては、一つ一つが宝物のように大切だった。

 会話の節々で見せる麻衣の笑みが、ジメジメとした暑さを忘れさせてくれたお陰か、あまり時間を感じることはなかった。

 

 「あ、ここじゃない?」

 

 麻衣が指さす方向に、私もつられて見上げる。繁華街の中心にある、白を基調とした大きな建物。壁にはお洒落なモデルの写真やアパレルメーカーのロゴがあしらわれていて、いかにも若者向けということを強調している。

 加えて、眩しいほどの太陽光を浴びているせいか、どこかキラキラしている印象すら感じられた。

 

 「うん、ここだね」

 

 私は素っ気なくオウム返しに応える。そんな私の様子がおかしかったのか、麻衣はクスッと笑顔を見せた。

 

 「……あれ、私なんか変なこといった?」

 

 「ふふっ……いや、なんでも。ほら、はやく行こ」

 

 麻衣は軽く頭を横に振ると、私の問いには応えることはなく、店の入り口を目指して小走りに走って行った。私は、すぐに麻衣の後を付いていくことをせず、何気なく前を走る麻衣の姿をじっと見つめる。

 私が持っていた、まるで可愛げのないの服――いわゆるボーイッシュな服――に身を纏っているにも関わらず、端々から見られる彼女の色白でスレンダーな肢体と、それを強調するかのような煌びやかな黒髪が妙に服と調和している。見ようによっては、これも一種の清楚さとして表現しているようにすら見えた。

 物心ついたころには、女の子らしさを半ば放棄してきた私から見れば、その彼女の姿はどこか眩しくさえ感じた。

 

 そんなことを思いながら、麻衣を一人おいてボーッと見つめていると、彼女が気づいたのか入り口手前で振り向き、こちらに向かって手をこまねいた。

 なんか、妹に振り回される姉みたい――なんて思いながら、私はこくりと頷くと足を進めた。

 

 

 建物の中は、あまり聴き慣れない洋楽らしきBGMと、それをかき消すような勢いの喧噪で活気に溢れていた。人混みも凄かったが、冷房が惜しげもなく効いていたお陰で暑さなど微塵も感じず、むしろ少し寒いぐらいだった。

 そんな中、私と麻衣は構内図を確認してお目当てのショップを探し回っていた。しばらく歩くと、麻衣の足が急に立ち止まった。私も慌てて足を止め視線を向けると、有名店なのか建物の中でも比較的広めのショップが見えた。

 

 「あ、ここみたい」

 

 麻衣が看板を確認すると、我先へとショップの中に入る。よっぽど楽しみだったのか、その足はどこか軽やかだった。

 私は服なんかあまり興味ないので知らなかったが、ここはお洒落な服を低価格で販売しているらしい。ファストファッション? って言われてるみたいだけど……そこら辺はよくわからない。

 本当かなと思い、適当な服をとって値札を確認してみると、確かに安価な印象を受けた。それもあってか、店内は私達と同じ年代の子が多く見受けられる。……しかもみんなお洒落だ。……自分の服と照らし合わせると、なんだか恥ずかしくなった。

 

 そんなこと知ってか知らずか、麻衣は黙々と服を物色している。彼女が服に興味あったなんて意外だなと思いつつ、そんな様子を黙って遠目から見ていた。

 

 ――そう思うのも無理はなかった。だって私は、彼女がイジメに合い始めたから距離を置き始めたのだから。

 

 ……

 …

 

 その日はたまたま麻衣が風邪で学校を休んでいた。麻衣以外、これと言って親しい友人がいなかった私は、窓の外から聞こえる雨音をBGMに借りてきた本を読み空想に耽っていた。

 

 『彩、あの子と一緒にいると危ないよ』

 

 そんな空想の世界を切り裂くような声が、頭の上から降ってくる。

 声の方に視線を向けると、同じクラスの人――名前は知らない――が居た。

 

 『……藪から棒に何よ』

 

 私は、もううんざりと言わんばかりにため息をつくと、ぶっきらぼうに返事を返した。そして中断していた本を読み出そうとした――が、それは出来なかった。ソイツ・・・が本を取り上げたから。

 

 『ちょっと!』

 

 私は恨みがましく睨みをきかせる。しかし、彼女は表情一つ変えず話を続けた。

 

 『……清水がさ、今度は麻衣で遊ぼう・・・かってトイレで話していたの耳に入ってきたからさ。わかるでしょ? 私が言ってることの意味』

 

 『……』

 

 その問いには答えられなかった。無論、知ってはいたが……まさか自分がこんな立場になるなんて思いもしなかったから。

 

 『まぁ、私は遠藤なんて別にどうでもいいんだけどね。ただ、彩が居なくなるといろいろと不便になるから忠告しただけだから。それじゃ』

 

 それだけ言うと、名無しさんのっぺらぼうは本を私の机に返すと、また自分の友人グループの輪へと戻っていった。

 

 麻衣が標的になる……そう思うと私は少し身震いがした。――怖かった。無論、麻衣は大切な友人だ。標的になって、最悪取り返しのつかないことになってしまえば……。

 

 『麻衣……』

 

 震える手を押さえ、本を読むフリをしながら小さく彼女の名前を呟いた。気の弱い性格の彼女の事だ。連中のイジメなんか耐えられるはずない。耐えきれず、不登校になった子も知っている。

 でも、そうなるのは・・・・・・彼女だけじゃなくて――。

 

 『怖いよ……私、どうすれば……』

 

 友人よりも自身の身を案じる自分が情けないとも思いながらも、麻衣の巻き添え・・・・になりそうな自分が怖かった。

 

 クラスメイトの五月蠅いぐらいの喧噪の中、なぜか雨音だけがやけにハッキリと聞こえていた。

 

 ……

 …


 ――だから知らなかった。彼女にこんな一面があったなんて。

 

 「……ちゃん、あやちゃんってば」

 

 「え、あ、なに?」

 

 そんな物思いに耽っていて周りを見失っていたのか、気がつくと麻衣が私の傍に居た。

 

 「もう……いくら服に興味がないからって言っても、その反応はないよ」

 

 今日で何度目かの麻衣様からのお叱りの声。ちょっと拗ねている彼女が可愛らしく感じ――ちゃダメなんだよね。

  

 「いや、ごめんごめん。ほら、私こういうとこ慣れてないから、脳が寝ちゃったというか、なんというか……」

 

 本当に寝ぼけているのかと思うぐらい、ちぐはぐな言い訳をする私。……少し情けなかった。

 

 「いいよ、私一人で済ますから……」

 

 必死に言い訳を探す私の様子を見てすっかりいじけてしまった麻衣は、そっぽを向いてしまう。私は少し決まりの悪い思いをしながらも、なんとか彼女をなだめようと懸命になっていた。

 

 「ごめんって。もうこんな事しないようにするから。……ところで、その手に持っている服なにかなー? 気になるなぁ、私」

 

 ばつの悪い思いをしながらも、なんとかなだめようと――我ながらわざとらしすぎるほど棒演技だが――懸命になる。そんな私の様子を見て、ようやく機嫌を直してくれた。……ただし、渋々許すみたいな態度に近かったが。

 

 「もう……あやちゃんってば調子いいんだから……。これ、着てみるから感想欲しいんだけど、いいかな?」

 

 そう言うと、麻衣は手に持ってた服を改めて私に見せる。――薄手のニットベストに、ボーダー柄が入ったロングスカート。少し色味がある白を基調としていた為か、大人びた落ち着きがあるような感じにも見えた。

 並べられている服を見ると派手な服が目立つから意外でもあったけど……。

 

 「うん、もちろん。私も、どんな感じになるか気になるし」

 

 「本当? じゃあ、ちょっと着てみるね!」

 

 嬉しそうにそう言うと、麻衣は試着室へと足早に向かっていった。

 

 

 試着室前。

 私は麻衣の着替えが終わるまで特に何もすること無くボーッと待っていた。

 そのせいか、考えてしまう。さっきの続きじゃないけど――私が、彼女の傍に居て良いのか……ということ。そんな資格なんて無いんじゃないのか……と。

 またモヤモヤとした考えが頭に充満してきたその時だった。

 

 「あやちゃん、準備できたけどいいかな?」

 

 声がした方を向くと、カーテンの隅からヒョコッと顔を出している麻衣の姿があった。自信が無いのか、ちょっと恥ずかしそうな表情をしていた。

 

 「大丈夫だよ。ほら、早く見せてよ」

 

 そんなモヤモヤを頭から断ち切るように、柄にもなく彼女をせかす。ちょっとでも変な考えを外にだしたかったから。

 麻衣はその問いに答えるように、コクリと頷きゆっくりとカーテンを開けた。

 

 「ど、どうかな……ちょっと地味……かも」

 

 自信のなさを強調するように、恥ずかしそうに頬を赤らめている。ただ、私にはとても地味には見えなかった。

 もちろん、さっきの服も似合っては居たが――やはり、こういう落ち着いた服の方が彼女が本来持ち合わせている清楚なイメージを強調しているようで良い。

 

 「そんな、地味なんて事無い。似合ってるよ、とっても」

 

 私は率直な感想を彼女に言った。すると今度は照れたのか、ますます頬を赤らめる。……ホント、感情豊かな子だなぁ。

 

 「そんなに褒められると、なんか照れるよ……」

 

 照れ隠しの笑みを浮かべながらも、嬉しそうな表情を浮かべる麻衣。

 その表情に連れられてか、私の顔も自然と綻ぶ。

 

 ただ、その笑顔の内側は――私一人じゃどうにもならないほど、真っ黒な陰で覆い尽くされていた。

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