06.変な二人
軽く朝食を済ませた後、麻衣たっての希望により、電車で少し離れた場所にある繁華街――と言っても地方都市なのでたいしたことはないが――に行くことにした。
最初は、昼ご飯を食べるついでにウインドウショッピングをして終わり……というなんとも素っ気ないプランだったが、思わぬ臨時収入――二人で出かけることを伝えると、母がお小遣いをくれた――があったので急遽変更。この先どれくらい私の家に居るのかわからないが、ついでに当分の生活必需品を買い揃えることにした。
「それじゃあ、いってきますね~」
「……ってきます」
ほんわかとした声で挨拶する麻衣に対して、私はそれに隠れるようにボソッと言うと、二人一緒に外へと出た。――瞬間、肌を焼け刺すような日差しが、私たちを目がけて降り注いでくる。
空を見上げると、もこもことした入道雲。そして、それを歓迎するかのような、アブラゼミのオーケストラ。まだ七月だと言うのに、すっかり夏真っ盛りのようだった。
「……暑いね~」
家から出たばかりだと言うのに、早くも『ふぅ』と息をつきながら麻衣は呟いた。――やけにおっとりとした口調と涼しげな表情が相まって、あまり暑そうには見えないが。
「さ、早く駅まで行こう。待合室ならクーラーついてるでしょ」
「そだね。いこっか」
――この天気だとなんだか駅に着く前には、汗だくになりそうだな……そんな懸念を抱きながら、自然と早足になりながら、駅を目指した。
たわいない話をしながら、歩くこと十数分。こんな暑い天気で一人歩こうなら、たとえ僅かな時間であってもクタクタだっただろう。
しかし、今日は勝手知ったる仲の良い親友が横に居る。それだけでも、時間の感覚というのが全然違って思えた。念のため乗る電車の時間を確認する。――目的の電車が来るのは、あと一〇分程度の所だった。
私たちは冷房が効いているであろう待合室には入らず、直接ホームまで出て電車が来るのを待つことにした。話しているときはそれほどでも無かったが、会話のネタも無くなり黙ってホームに立っていると余計暑く感じる。案の定、額からはゆっくりと汗が流れ落ちる嫌な感覚が私を襲った。
持ってきたハンカチで軽く汗を拭う。チラリと横目で麻衣をみると――以外にも涼しい顔をしていた。やせ我慢しているのかな――私は余計なお世話だと思いつつ彼女に尋ねてみた。
「麻衣、あつくない? なんか飲み物でも買ってこようか?」
「いや、私は別に……あっ、でもあやちゃんが飲むのなら少し欲しいかも」
どうやら一本も要らないが、一口程度は欲しいということらしい。遠慮しなくても良いのに――と言おうとしたが、また朝みたいに押し問答な展開になりそうなのでやめておいた。
「ん、わかった。じゃあ買ってくるけど、なんか飲みたいものある?」
「炭酸以外なら何でも。あやちゃんの好きな物でいいよ」
私は軽く会釈すると、自販機でペットボトルに入った麦茶を買ってくる。そして、買いながら思った――あれ、シェアして飲むって事は――いや、何考えているんだ私は……。
この暑さとは、また別の熱さ――しかも顔に集中して――が私を襲う。そのせいで、顔が赤くなっているかもしれない。
そんなことを危惧してか、私は変な詮索をされないよう顔を俯きながらも足早に彼女の待つホームへと戻っていった。
「……ん」
私はぶっきらぼうにそう言うと、買ってきた麦茶を麻衣に手渡す。――と言っても、ほとんど一方的に差し出しているだけ。
「えっ、あやちゃんが先でいいよ」
「いい。私は後から。麻衣から飲んで」
なんか日本語になれていない外人みたいな口調でそう言うと、ズイッと力強く勧める。
「……わかったよ。あやちゃんがそこまで言うのなら、先に貰うね」
パキンとキャップが開く音がした後、続いて小さく喉が鳴っている。一口か二口程度飲むと、麻衣が私に麦茶を手渡した。
「ふぅ……おいしかった。ありがとう。はい、これ」
私は無言で頷くと、黙って麦茶を受け取る。何気なく、キャップで閉められている飲み口をジッとみる。――変な考えをしたからだろうか? なんだかこの場で飲むのが異様なほど恥ずかしく感じる。
気づけば、喉の渇きなどとっくに忘れていた。そして、こっそりと持ってきたショルダーバッグに仕舞おうとした――
「あれ、飲まないの?」
――が、それは許されないそうで。私は顔を上げて、チラリと麻衣の表情を覗くと、いかにも不思議そうな表情を浮かべ私をみていた。私の事情など知るはずもない麻衣がそんな表情をしていても無理はないが――ちょっと恨めしくも思った。
「の……飲むよ。飲めばいいんでしょ」
最初に提案したのは私にも関わらず、私は何故か口を尖らせて言い返してしまう。損な性格だなと思いながらも、キャップを外し飲み口を口に持っていく――いつもは何気なく行っている行為でも、意識一つで、こんなに緊張感溢れる行為になるなんて……いい年して変にウブな自分に呆れてしまった。
馬鹿馬鹿しいと無理矢理思い込み軽くため息をつくと、唇にゆっくりと飲み口を乗せた。少し傾け、勢いよく麦茶が喉に通らせていく。麻衣より少しばかり多く飲むと『ぷはぁ』と若干オヤジ臭いため息をついてしまう。
キャップをしっかりとしめ、麦茶をショルダーバッグにペットボトルをしまう。どう考えても他愛も無い行為なのに、やけに時間が掛かった気がする。チラリと麻衣の方をみると、頬が少し赤らんでいるような――あれ、これってまさか?
「……ねぇ、あやちゃん。今更気がついたんだけどね、これって」
――あ、今更気づいたなコイツ。マズくなるな――主に空気が――と思った瞬間、アナウンスと共にお腹に響くような重低音が耳に入ってくる。その音につられるように目を向けると、どうやら乗車予定の電車が良いタイミングで入ってきたようだった。
「あっ、電車が来るみたいだよ! ほら!」
そんなみればわかるような事を、ワザとらしく大声で言い麻衣の言葉を遮る。
「そ、そうだね!」
どうやら麻衣も私と同じ気持ちだったらしい。その証拠に、彼女はそれ以上の言葉を紡ぐことも、蒸し返すことも無かった。
電車の中は、少し寒いほどに冷房が効いていたが、私たち二人にはそれでも足りないぐらい暑く感じた。――そんな私たちに出来ることと言えば、他の乗客に少しでも無益な詮索をされないよう、黙って俯いているぐらいだった。




