05.新しい朝
暖かい。それは、決して体温だけのことではなく――私の心をも暖かな気持ちで満たせてくれる温もり。
人の温もりがこんなにも心身共に満たしてくれるなんて、生まれて初めて知ったかもしれない。
私は時間も忘れて小さな子供のように、ただひたすら彼女が与えてくれる優しさを享受していた。
……
…
ピピピピ……ピピピピ……
夢の世界から現実に強制的に連れ戻すような、なんとも不愉快極まりない単調な電子音が耳に入ってくる。
「んー……」
私はその音を『聞こえなかった』と半ば強引に無視し、軽く寝返りを打つと再度眠りの中へと入っていこうとする。
アラームが鳴る前に目が覚めるときも多かったが、今は少しでも長く夢の世界を満喫したい気分だった。
そんな私の偏屈な姿勢に目覚ましも根負けしたのか、いつの間にかアラーム音は聞こえなくなっていた。
ホッと安堵をつくと、出来るだけ私の眠りを阻害する要因を排除すべく、薄いブランケットのような掛け布団を顔までスッポリ隠す。――今度こそ大丈夫だ。内心、少し満足げに息をつくと再び眠りの中に入っていこうとした。
「……ちゃん、あやちゃん。朝だよ~。朝ご飯の時間だよ~」
……しかし、それはどうやらそれは許されないようで。
母とは明らかに違う、おっとりとした声――下手をすれば、これを子守歌にして眠れそうなほど――が耳に届く。同時に体がゆさゆさと揺れる。……これも声と同調するかのように、本気で起こそうという気があるのかと思うほど、ゆっくりな動作だった。
「う、うぅん……あともう少し……」
……とは言っても、今の私にとってはやはり眠りを妨げるもの以外の何物でもない。潜った布団の中で眉をひそめながらも、その声を半ば子守歌にしつつ再び夢の世界へと入ろうとした。
「あぁ……もう~……。 早く起きてよ~」
「んー……寝かせてよ~……」
強気に出られない親とダメな子供の押し問答もみたいな虚しい争いが続く。この場合って、大抵は親の粘り勝ちでダメな子供――この状況では私――は否応なしに負けてしまうのだが、どうやらこの争いも例外では無いようだった。
「わかった……わかったから。起きますよ……」
次第に大きくなる揺れと、どこか愚図る(?)ような声も混じった鳴り止まないユルいアラート音に耐えられなくなった私は、目を擦りながらのっそりと起き上がった。私が起きてくれたのがそんなに嬉しいのか、パジャマ姿の麻衣がニコリと笑顔を浮かべながら私の顔を覗いていた。
「おはよ、あやちゃん。今日も良い天気だよ」
「ん……おはよ」
私は、半ばうわの空で生返事を返すと窓の外にチラリと目を向ける。……確かに良い天気だった。良い天気すぎて、まだ七月だと言うのにアブラゼミまで鳴き始めている始末。……今日も暑そうだと思うと、なんだかこっちまで泣きたくなった。
昨日のあの再会劇から一晩経って――私の家には麻衣が泊まっていた。もちろん、これは彼女の本人の意思だ。私となるべく長く一緒にいたい――そう強く言われては、私も言葉を返せなかった。
彼女の家の事情とか色々考えたが、昨夜は夜もかなり遅い――しかも制服姿だったので、補導も十分あり得た――ということもあり、事情を詮索することなく家へと連れてきた。
もちろん、このまま彼女を部屋に幽閉する訳にもいかないので、今日の朝食にでも親に事情を話そうと思うけど――どうなることやら。
「もう、あやちゃんたら……起きるの遅いから、先にご飯食べちゃったよ」
「え、先にって……アンタ、私の親と会って良かったの?」
ちょっと意味不明な質問。しかし彼女は質問の意味をくみ取ってくれていたようで、聞き返されることなく、私の質問に答えた。
「うん。会ったよ。別にどれだけ居ても大丈夫だって」
あっさりとそう応える麻衣。何だか頭の中にモヤモヤといろいろな疑問が浮かび上がってくる。
――麻衣はもちろん目の前に居る。そして、その認識は私だけじゃない。私の家族にも……ということは、彼女は私だけに見える『特別な』存在ではない。今、★確実にここに居る『人間』だ。……でも、葬式は確かに行われた。彼女が亡くなったということは……事実としてあるはずだ。
答えが無いような問いに苛まされ、頭が今にもパンクしそうだった。
「? どうしたの?」
「いや、だって……家の人はどうするの? 電話もしてないんでしょう? せめて私の家にしばらく居ること伝えなきゃだめじゃ――」
半ば捲し立てるように麻衣の事情を尋ねるが――それは途中で中断された。忙しなく動く私の唇に、麻衣が人差し指をそっと当てて、それ以上質問することを中断させたのだ。
「そんなこと、あやちゃんが気にすることないの。それとも私がここに居たら、迷惑……かな?」
麻衣は、まるで怒られた子供のように項垂れると、顔を曇らした。
「そんな、迷惑なんかじゃ……むしろ嬉しいよ。嬉しいんだけどもね……」
煮え切らない態度。目の前に、あんなにも望んでいた人が居るんだから、些細なことなんてどうでもいいじゃない――そう言い聞かせながらも、頭に霧が掛かったようなモヤモヤとした感覚を取り除きたくして仕方なかった。
「それじゃあ良いじゃない。はい、この話おわりね!」
『嬉しい』という言葉に反応したのだろうか。曇らせた顔をパッと明るくして、スパッとそう言い切ると、ドアへと向かっていった。
「え、あ、あの……ま、麻衣サン?」
彼女の予想外の反応に、私はあたふたしながら引き留めようとする。そんな私の事情を知ってか知らずか、彼女は足を止めること無く部屋から出て行った。――と思ったら、ほんの少しだけドアが開く。
「おばさんのお手伝いするから戻るね。また寝ちゃダメだよ~」
「あ、うん……」
開いた隙間からチラリと顔を覗かせ、念を押すように忠告する麻衣。頭がまだ混乱していたのだろうか、私は気が抜けた返事をしてしまった。
「……あんな子だったっけ……?」
静かになった部屋の中で、一人ポツリと呟く。――ちょっと頭がズキンと痛んだのは気のせいだろうか……?




