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04.再会

 『……ん、あやちゃん』


 真っ暗闇の中、不意に誰かが呼ぶ声が聞こえた。

 『あやちゃん』という懐かしい名称。

 

 無愛想な私の事を、そんな可愛らしい名称で呼んでくれる人など、この世でも一人ぐらいしかいない。それも、今の私が一番聞きたかった声。

 

 きっと幻聴に違いない――そう思った。しかし、私の思いとは裏腹に、その声はおぼろげな物から次第にハッキリとしたものに変わっていった。

 

 『あやちゃん、どうしたの? 泣いているの?』

 

 その声が幻であって欲しくないという非現実的な想いと、空想の中の声に過ぎないという現実的な考え。

 どちらともつかずな思考が、頭の中から離れない。

 

 ――このままじゃ(らち)があかない。

 そう思った私は、小刻みに震える手を顔からゆっくりと離し、声のする方へと視線を向けた。するとそこには――私の顔を心配そうに見つめている、同じ学校の制服を着た女子高生の姿があった。

 

 信じられなかった。

 けれども、涙でぼやけた視線の先に見える少女の姿は、あまりにも麻衣に似すぎて・・・いた。

 

 「あやちゃん、大丈夫? 眼、真っ赤だよ?」


 両手で涙を拭い、改めて彼女の姿を捉える。

 ――羨ましく思えるほどスラリとした華奢な体つき、肩まで掛かった綺麗な艶のある黒色の髪、銀縁の眼鏡の奥に見える優しげな垂れ目。それは、大人びてしまった私から見たら、可憐な少女・・・・のようにすら見える。

 そんな『女の子』が、眉を八の字に曲げ心配そうに私の顔を覗き込んでいる。

 

 「……うそ……そんな……」

 

 私は思わず感嘆の声を上げてしまう。

 その少女は紛れも無く――もう二度と会えないはずの大切な親友の『麻衣』本人だったのだから。

 

 「麻……衣? 麻衣……なの?」

 

 「うん、麻衣だよ。遠藤麻衣。あれ、もしかして忘れちゃった?」

 

 麻衣はどこか悪戯っぽくクスクスと笑みを浮かべている。あの日――彼女が亡くなってから私がよく見た表情。それは、私が一番好きな彼女の表情だった。きっと麻衣から見たら、私は目を丸くしていたのだろう。だって信じられなかったから。当たり前だ。死者が蘇生した挙げ句、私の前に現れる世界など何処にもあるはずがない。

 でも現実には――目の前には麻衣(・・)がいる。それは間違い無く事実だった。

 

 「ど、どうしたの? あやちゃん? 本当に変だよ?」

 

  ――それが紛れもない(であることを、直接確かめたい。そう思った私は、ゆっくりとベンチから腰を上げ、ガラス細工を扱うようにそっと彼女の背中に腕を回した。

 体全体から伝わってくる、彼女の柔らかな感触。鼻腔をくすぐるふわりとした香り。それは幻覚と言うには、あまりにも無理があった。

 ――いや、もうここまで感じられるのなら夢でも幻覚でもなんだっていい。私が知る『麻衣』本人が、紛れも無く目の前にいる。それだけで十分だった。

 

 「バカッ……今までどこにいたのよ! ……本当に寂しかったんだから!」

 

 遠慮していたのもつかの間、彼女の体を抱きしめる手の力が無意識の内に強くなっていく。抱きしめれば抱きしめるほど、彼女の温もりが強く感じられた。これが夢で会ったら永遠に醒めないで欲しい――麻衣との密度が高まるごとに、空っぽだった私の心は少しずつ――そして確実に――満たされていった。

 

 「あ、あやちゃん、そんなに力入れられると苦しいよ……」

 

 麻衣は苦しそうに抗議すると共に、私の背中をポンポンと叩いた。その合図で、無我夢中になって彼女を抱きしめていた私はハッと我に返り手を離した。

 

 「あっ……ご、ごめんね。つい……嬉しくて。大丈夫?」

 

 そう言いながら、どこかばつが悪そうに苦笑しながら謝る。そんな私を、彼女はケホケホと咳き込みながらどこか恨めしそうな視線を向けていた。

 

 「もう、あやちゃんったら……久しぶりに会えたと思ったら、これなんだもん……」

 

 「あはは……いや、つい、ね? だってホントに嬉しかったんだもん」

 

 まるで子供みたいな言い訳をしながら、私は三度(みたび)涙を拭った――そして、これが私が流した最後の涙だった。

 

 「ふふ、ありがと。……心配かけてごめんね、あやちゃん」

 

 どこか申し訳なさすら感じる声でそう言うと、麻衣は私の体をそっと抱き寄せた。私はそれに応対するように、再びそっと彼女の背中に腕を回した。

 

 「……私も、ずっと会いたかったんだよ」

 

 耳元に吐息が触れるほどの近距離で、小さく囁く麻衣。急に湿っぽくなった彼女の声は、今にも泣き出しそうにも感じた。

 

 真夜中の誰もいない小さな公園で起きた奇跡。

 こんなあり得ない(・・・・・)再会を、私たちを照らす満月だけがそっと見守ってくれているようだった。

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