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02.彼女のいない日

 現実とは残酷な物で、私がどれだけ麻衣のいるだろう場所へと行きたいと願っても適切な手順・・・・・を取らない限り、その場所へと連れて行ってくれないらしい。

 

 事実、私は厚ぼったく赤く腫らした目で自分の醜態を鏡越しに見ている。要するに私はまだ麻衣とは会えていない・・・・・・

 ――定規でキッチリと引かれたような、つり目気味な目元。そして邪魔だからという理由で選んだショートヘア。

 よく言えばボーイッシュ。悪く言えば――男勝りな印象が強い。正直自分でもコンプレックスに思うぐらいだったけど、麻衣から見れば私は憧れるほどの容姿だったらしい。よく『あやちゃん見たいにカッコイイ女性になりたいな』とか言ってたっけな――。

 そう思うとまた涙が溢れそうになる。――だめだ、涙もろくなりすぎている。私は必死に彼女の事を振り払うと――もちろん一時的にだが――急いで準備を整え始めた。

 

 そして、鉛のように重い足を無理矢理引きずりながら学舎へ向かう。そんな私とは対照的に、周りの生徒達はいつも通り・・・・・登校している。

 

 ガヤガヤと耳障りにすら感じる喧噪の中、私は軽く周囲を見渡す。一方では友人と会話を楽しみながら、その一方では器用にスマホを弄りながら登校する人――

 それぞれが思い思いの事をしながら、学校へと足を運んでいる。

 

 その光景は、とても人が一人亡くなった――いや、生徒による殺人事件が起きた学校とは思えなかった。どこか脳天気に登校する人たちを眺めながら、また何も変わらない毎日が始まるだけだろうと改めて思った。

 

 しかし、その予想はほんの少しだけ裏切られた。流石にこの事態はマズイと思ったのか、一限目を急遽変更して全校集会が開かれた。

 校長が教壇に立って、誰も聴いていない道徳・・の授業を延々とし始める。

 

 ただひたすら、壊れたラジオのように『イジメはやってはいけない理由』を延々と話している。――どこかで聞いたような話の使い回し。あくびが出るほどくだらない。

 

 そう思っているのは、どうやら私だけではなさそうで――現に周りを軽く見渡すと、所々で小声で会話を楽しんでいたり、スマホでゲームしていたり。

 

 そりゃそうだ。こんなくだらない話、真面目に聞く奴なんて世界中探してもいるわけない。こんな事で、イジメを辞めようとする奴がいれば、政府も躍起になって『イジメ撲滅運動』なんてしていない。

 ――結局、イジメは傷害事件だと認識して本気で行動しようとする大人が現れない限り、こんな悲劇が無くなるわけないんだ。

 私は軽くため息をつくと、マイクを通じて聞こえてくるお説教・・・をひたすら聞き流していた。

 

 一限目を贅沢に使った全校集会終了後。

 ありがたいことに、二限目も授業時間を潰して担当がウダウダと何か話をし出す始末。またよくわからない説教を聞かされると思うと、正直うんざりした。

 

 長々と話していたが、要約すると『彼女も被害者だから、あまり責めないように』だそうだ。その理由が『心ない両親に酷い扱いを受けていた』から。

 

 ――思わず噴き出しそうになってしまった。被害者? あの犯罪者が?

 バカな親から虐待受けたら、その腹いせに誰かを|殺して(虐めて)もいいの? 許されるの?

 

 それどころか『彼女の事情も理解して、戻ってきたときには暖かく迎え入れましょう!』なんて――やりようのない怒りをグッと堪えながらも、苛立ちを覚えられずにはいられなかった。

 

 その後の事は、よく覚えていない。ただボーッと抜け殻のように外を眺めて過ごしていたら、一日が終わっていた。

 何も考えずカバンに教科書を詰めると、そのまま帰路についた。

 

 帰宅しても状況は変わらないまま。砂を食べているような味も食感もない食事を済ませると、部屋に戻りベッドの上に大の字になった。

 

 何も考えずボーッとしていると、不意に麻衣のあどけない笑顔が脳裏に浮かんだ。

 ――もう二度と見られない、あの優しい笑顔が。

 

 「麻衣……どうして……私を置いていかないでよ……」

 

 空っぽになった涙腺から止めどなくあふれ出る涙。誰の目も気にする必要なんてないのに、私はそれを隠すように顔を枕へと沈めた。――どれだけ泣いたって彼女は帰ってこない。わかりきっていたことだった。

 

 こんなどうしようもならない現実が、ひたすら恨めしかった。いつまで経っても止まらない涙を流しながらも、私の意識は次第に闇の中へと吸い込まれていった。

 

 ………

 ……

 …

 

 「ん……?」

 

 どれくらい寝てしまっていたのだろうか。

 目が覚めると、部屋の電気はいつの間にか消され、私の周りは暗闇に包まれていた。とりあえず明かりが欲しく、手元にある小さなスタンドの灯りを点けた。

 ボヤッとしたオレンジ色の明かりが暗闇の中に、ほんの少し彩りを加えた。

 

 「今何時だろ……」

 

 目を擦りながら起き上がると、自分の携帯を探し当てた。時計を確認すると、時刻は既に深夜の一二時を指していた。

 きっと母は、私が寝静まっているのを確認して消灯したのだろう。

 

 「うーん……」


 寝癖の付いた髪を軽く撫で、半身を起こしたまま軽く背伸びをする。それとほぼ同時に、お腹から気の抜けるような情けない音が鳴った。

 

 「ありゃ、あはは……参ったね」

 

 夕食時はあんなにも食欲不振だったのに、今になってお腹が減るなんて。どれだけ落ち込もうが、体は正直なものだ――なんて考えながらも、思わず苦笑いをこぼしてしまう。

 

 「冷蔵庫に何かあったかな? いやでも夜も遅いし……」

 

 夜食を摂るか、それとも寝直すか――と思案している時だった。

 部屋の電気は消したままだと言うのに、どこからか不意に光が差し込まれる。

 

 それは色白くぼんやりとした、蛍光灯とは違う独特な明かりだった。

 つられるように顔を上げる。

 するとそこには――恥ずかしげに、雲に少し隠れながらも部屋を照らす月が見えた。

 ぼんやりと輝きを覗かせる真っ白な月は、どこか幻想的にすら感じた。もっと近くで見たくなった私は、ベッドから立ち上がると窓を開けて月をじっくりと眺めた。

 

 「綺麗……」

 

 うっとりと月を眺めていると、夏の匂いを含んだ夜風がふわりと部屋に入ってくる。制服のまま寝てしまったせいか、少し火照っていた体には心地よく感じられる。

 

 こんな夜道を散歩すれば、少し気も落ち着くかも。そんな考えがふと頭を過ぎる。ついでにコンビニでも寄ればお腹も満たされるし一石二鳥だ――なんてのはちょっと意地汚いかな。

 

 「よしっ」

 

 そうと決まれば行動は早い。

 少し皺になってしまった制服から手早く私服に着替え、財布を掴むと既に夢の中にいる両親を起こさないよう、慎重に家を出る。

 

 外に出ると、思っていたよりも明るい。外灯と月明かりの相乗効果があったせいなのかもしれない。

 こんな時間に一人外出するなんて今までの人生でも無かったせいか、なんとも後ろめたさが付きまとって仕方なかった。

 

 「ま、たまにはいいよね」

 

 いつもの自分とは違う思い切った行動に、私は少し気分が高揚していた。

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