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Winged<翼ある者>  作者: 仙堂ルリコ


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8/50

屋上で

「飯、食ってきか」

 鷹志からラインが入った。

 部屋に戻ったタイミングを見計らったように。


「うん、囚人の餌にしては上等だった」

「そうか、お前の口に合ったなら良かった」


「鷹志、俺今から飛ぶ」

「夜間飛行か。翔太は夜の方が飛び慣れてるからな」

「他のヤツはそうでもないんだ。今バルコニーから見てるけど誰も飛んでない。空いてる」


「バルコニーにいるの?」

「うん。で、なんで風呂とトイレがバルコニーにあるんだ?」

「それはな、レベルCの罰則が部屋からの締め出しだからだ。パルコニーは牢屋スペースなわけ」

「へえーつ、そうなんだ。お前良く知ってるな。他のレベルの罰則も知ってるのか?」


「まあな」

「教えろ」

「文字打ち面倒。明日教える」

「待てない。屋上に来いよ」


「今から?」

「先行っとく」


 翔太は、今すぐ鷹志に会えるのに、明日の入学式まで待つ理由がない気がした。

 バルコニーから顔を突き出すと、海からの風が昼間より随分冷たい。

 着るのがややこしい翼穴のあるジャージを着て、

 バルコニーの柵を一蹴りして、舞い上がった。


 たしか、飛行エリアの幅は15メートル。

 タワーを視界に入れないと距離感が掴めない。


 真っ直ぐ上に飛ぶのも面白くない。

 螺旋を描いて、バルコニーに出て外を眺めている寮生に手を振りながら

 屋上まで行った。


 鷹志はまだ来てない。

 誰もいない。

 円形の屋上に柵は無い。

 内部と繋がっている階段も無い


 翼の無い人間が立ったら恐怖で鳥肌が立つだろう。


 屋上のぐるりに、タワーの外壁を照らすサーチライトが数個ある。

 それで足下だけが明るい。


 眺める風景の半分は、高い塀で閉ざされていた。

 塀に照明は無く、長い闇が続くだけ。

 しかし、振り返れば、聖カストロ学園の全貌が見えた。

 

 時計台のある立派な校舎が白く浮き出て見える。

 所々の窓からオレンジの明かりが漏れている。

 その先に目をやれば、海が見えた。

 

 瀬戸内海に浮かぶ人工島と……対岸までの狭い海だ。

 島と神戸の街を繋ぐ橋もはっきり見える。


「うわ絶景」

 三宮、元町……海岸沿いの繁華街のイルミネーションは横に長く無数の光の帯だ。

 鮮やかに水面に映っているので、陸と海の境目もわからない。


 翔太が好きだった金沢の夜景と規模の違う煌めきに、心を奪われ、

 見ていたのに、

 

 視界が突然、闇に覆われた。


 音も気配も無く、

 幕が落とされたように。


 大きな翼が視界を遮断したのだった。


 あり得ないほど大きな翼、だった。


「……鷹志、か?」


 翔太はようやく声を絞り出して、自分の膝が小刻みに震えているのをしった。


 ミュータントの鷹志。

 初めての友人で唯一、何でも言える相手。

 ざっと1年、文字だけのやりとりだった。

 電話で話したことも、必要が無いから、一度も無い。


 お互いの姿も、わざわざ知る理由はなかった。

 同じミュータントだから、同じ特徴に決まってる。


 それでも初対面となると緊張するのか?


 違う。


 翔太は恐怖に震えていた。


 圧倒的な力を持ったモノと出会ってしまったと、

 頭で考えるより先に本能が察知してしまった。


「翔太、お前、綺麗だな」


 鷹志らしいのに言われて、翔太はぺこりと頭を下げた。

 生まれて初めて、

 弱者が強者に媚びる動作を、していた。


「驚かせたかな」

 鷹志はバツが悪そうに言って、翼を軽く揺らした。

 やはり、とても大きな、翼だった。


「明日な、黒いのが俺、ってカミングアウトするつもりだった」

 鷹志の、大きな翼は、なんと黒い翼だった。


 ミュータントの翼は青だ。正確に言えば瑠璃色で、

 髪と目は、翼よりはダークなネイビーブルーだ。


 黒い翼のミュータントなんて聞いた事もない。


 闇になれて鷹志の顔がはっきり見えてきた。

 彫りの深い美しい顔立ちは、ミュータントっぽい。

 けど、髪と眉は、翼と同じで黒い。


 母の祐子と同じだ。

 翼の無い旧人類の東洋人たちと同じ色だった。


「俺、多分、ミュータントの中でも、異形なんだ」

 鷹志は、前から用意していた言葉のように、告げる。


「最初に打ち明けるべきだった。でも、隠してた」

 長い睫を伏せて闇夜の果てまで通るような低い声。


 翔太は、黒い大きな翼は畏怖であり、ショックでもあり、思考する機能が停止していた。

凍り付いたように両手を握りしめ目を見開いて戸惑っていた。


「……ゴメンな。俺、嫌われたく無かった」

鷹志の声が、段々掠れていく。


 黙っている自分のせいだと、やや遅れて翔太は気付いた。


 翼の無い人間の中で感じる孤独が、同じミュータントの鷹志と出会えて救われた。

 そして今日、12階の仲間と、知り合えて奇跡のように嬉しかった。

 此所が牢獄でもいい。

 規則も罰則も些細な事だ。

 ミュータントだらけ、だから、ここでは異形では無い。

 産まれてから味わったことのない、平穏を与えてくれた。


 でも、黒い翼の鷹志は、異形の中でも異形。

 自分と同じモノが、ここにも居ないのか。


「鷹志、お前はミュータントの中でも特別なんだな。その他大勢の俺とは別格らしい。すっげー強そうだし。カッコいい。俺、お前の……」

 翔太は鷹志の何になるのか、適切な言葉が探せない。

 子分、とか部下とか、そういうニュアンスなんだけど、

 ダサくない名詞が見つからない。

 

 鷹志は、告られたように、翔太の言葉を待っている。

 大きく見開いて不安げな目に翔太は吸引されていきそうだ。

 

 漆黒の大きな翼と髪と瞳。


 抗えない魅力に

 やっと、今、鷹志に言うべき言葉が見つかった。


「俺、お前の翔太になる。今から」


 言ってしまえば、自然に膝を折り鷹志の前に跪いていた。

 予め約束された儀式のごとく。


 鷹志は左手をゆっくりと、翔太に伸ばした。

 

 そして、ネイビーブルーの柔らかい巻き毛に

 震える指先が届くと、上体を屈め、左指と絡んだ鷹志の髪に接吻した。


 彼ら二人は、短い儀式が秘め事であるかのように、

 30秒後には、言葉も交わさずお互いのバルコニーに、下降した。


 翔太は

 聞くはずだったランク別の罰則など、どうでも良かった。

 バルコニーにある風呂に入りながらも、ベッドの中でも、

 鷹志の残像だけを見ていた。



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