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Winged<翼ある者>  作者: 仙堂ルリコ
47/50

長野2

車はドームから離れ森へ入った。

前方にトンネルが見える。


トンネルの入り口から数十メートル離れたところに

黒い山がある。

山は動いている。

近づくと、黒いのはカラスだとわかる。

カラスは戦車が脇を通っても逃げない。

人間は何も出来ないと知っている。


カラスの群れの下には死体の山があった。


表面に見えるのは新しい。

隠れた中に何体あるか分からない。

腐敗し、崩れてしまっている。


「シェルター内で亡くなった人よ。初めは離れた場所で埋葬していたのだけれど、今はその人手もない」


トンネルの先に出口は無い。

道は下り坂になり、

地下シェルターの駐車スペースに着いた。

大型商業施設の駐車場、程度の規模と設備だ。

軍用車と、乗用車が整然と並んでいる。

……人の気配は無い。

何機か有るエレベーターの一つに乗り込む。


「れ、礼子君、医者だ。……医者を呼んでくれ」

矢沢浩一の背中で学園長が苦しげな声を出す。

礼子は、全く存在を忘れていたかのような

モノをみるような眼差しを、声のする方に向ける。

そして、機内のパネルにタッチする。


「じゃあ、フロアDで停めないとね」

と矢沢浩一にだけ言う。

ドアは閉まり、五人を乗せたエレベーターは

下降していった。


タッチパネルにはAからDまでの文字がある。

Dは駐車場から一番浅いフロアだった。

ドアが開くと、すっかり慣れた臭いが機内に入って来る。

死臭だ。


「発症したモノをこのフロアに集めているのよ」

ドアを閉めながら礼子は言う。


「<死>が決まった時点で、早めに、隔離してるワケ」

この説明は変だ。

学園長は<例の病>から免れている。

青司が与えたダメージは、そう重くない。

治療と療養で回復する筈だ。


「成る程、アンタが<死>を決めてるんだ」

「とんでもない。生き延びる可能性が高い者への配慮よ。常に<死>が隣にいては、肉体が健康でも心が持ちこたえられない。絶望が一番恐ろしいのよ。空が赤くなってから、世界中でどれだけの人が集団自殺したかしら」

 Bフロアで降りると、数人の武装した自衛官が出迎える。

 彼らは礼子に敬礼する。


「アンタが最高指揮官なんだ」

「成り行きでね」

「どんな?」

「旧体制で、ミュータントたちとトラブルがあったの。武力で管理しようとして、失敗したのよ」

「反撃されたんだ」

「そう。彼らは銃を構えた兵隊を掴んで、高く飛んで、地上に落とした。あの数よ。力関係はわかってるのに。バカよ。支配しようとするのが間違いね」

「じゃあ、アンタは、支配してないんだ。対等で友好的な関係なんだ」

「友好的とまではいかないわ。対等と認めてもらってるのは確かね」

「確かに、先生たちの戦闘能力はミュータントと対等だ」


突然死は自衛官も多く殺した。

心身ともに鍛えられた身とはいえ、

任務放棄、発狂……稼働人数は著しく減っていった。

その上に、ミュータントという現実的な脅威だ。

「ミュータントを制御できる新しいリーダーが必要だったの……Bフロアはかつて国の上層部だった連中の居住エリアよ」



地下とは思えないほど天井が高かった。

エレベーターホール正面に広い通路。

壁に絵が飾られている。


「高級ホテルみたいでしょ。」

ドアの間隔から、部屋の広さが分かる。

食事を運ぶスタッフが五十メートル先に見える。

突き当たりに厨房があるという。


「ちゃんと働いてるヤツ、いるじゃん」

「無理やりね。銃で脅してるの。そうでもしないと、もう人を動かす事はできないのよ」

「面倒だな。人間は」

ミュータントに、他者を脅して支配下に置くという発想はない。

強い者に付いていくのは身を守るための本能でしかない。



「静かだな。皆部屋から出ないのか?」

「毎朝の会議以外、出て行く用事がないわ」

「会議? 政府はまだ機能しているのか?」

「一応ね。……空席は増え続けている。まだ死者の数は増え続けている。誰が生き延びるのか分からない。自然淘汰の後に、自分がこの国のリーダになるかも知れない。まだそんな野心を持っているの。尤も、それが支えで平常心をたもってるんでしょうけど」

「で、実際、今此処を統括してるのはアンタなんだろ。いまだに特権階級のポジションにしがみ付いている連中を守る必要があるの? 」

「人間社会が崩壊してしまえば、国も存在しない。

 そうなんだけど……、天皇は存在してるのよ。Aフロアに一族、一人も欠けずに無事よ」

「儀式で天皇はタナトスに食われた事になってるよな。そんで生きてるなら、死んだはずのが生きてるから……復活なんだ。生身の人間じゃない。天皇イコール神ってイメージだ」

 青司は、政府が書いた筋書きに若干、感心した。

 

 先々の混乱を予想して<神>を用意しておいたのか。


「それは違うわ。政府は鷹志様と天皇が一体化したと、国民にも他国にも思わせたかった。黒い神を所有しているのは日本だというアピールね。超地震の後、ミュータントを発生させ、地軸が動いた今、巨大な新種をも発生させた。この国が世界の中心だと」

「科学的じゃないな。オカルトだ。解明不能の現象は<神>の存在に結び付くのか」

「<神>の存在など信じていない連中が<神>という言葉の力を利用したのよ。……儀式で政府が用意した天皇のメッセージには、<黒い神>を所有している日本は唯一無二の国家だとか、書いてあったけど、あの若い天皇は、ご自分の意志で短いメッセージに書き換えられた」


『<くろい神>が

お生まれになりました。

<青い使者>と共に

お生まれになりました。

この国に

お生まれになりました』


「天皇自身の言葉がね、今となっては重いのよ。権力者達の政治的解釈じゃないからね」

「作り話が、本当だったかもって、思ってるんだな。生き残ってる天皇一族は、やっぱり特別な存在だったかと」

「特別な存在だと、私も思わざるをえないわ」

「へえ? 山田先生もいよいよ現実逃避か」


 馬鹿にして、青司は笑う。

「生身の人間には違いないわよ。例の病から免れている理由は私たちと同じでしょう。元々抵抗力のある遺伝子を保有してただけ。血族で遺伝子が近いのは当然。天皇家がご存命は大きな神秘ではない。

私が感心しているのは、あの方たちが全く動揺しておられない点よ。

……食べ物は少しでいいと言われて、いたって粗食で……穏やかなお顔で公務をこなしておられる」

「公務? 何かする事あるのか?」

「お弔いよ。朝晩、Dフロアに行かれて、亡くなった人を弔ってる。誰がお願いしたわけでもないわ」


礼子は一つのドアの前で足を止めた。

そして指紋認証でロックを解いた。


「……いい部屋じゃん」

 

「この部屋の住人は皆死んだの。……座って話しましょう」

 リアルレザーのソファに黒檀のテーブルを挟んで座る。


「喉が渇いた。何か飲み物を持ってくるわ」

 礼子は、そう言って席を外す。


「君は島の仲間と、ここに来る気はないのか?」

 初めて矢沢建一が喋った。

 イカツイ顔に、多少の懐かしさを覚える。


「ないよ。何もメリットは無さそう。……ミュータントに不自由してないだろ?」

 ドームにいた、ミュータントの数はタワーのミュータントより遙かに多かった。

 しかも、あれが全部では無いはずだ。


「あれは、留守番組。他のはそこらを飛び回ってる」

「タナトスに付いて行ってるのか?」

「いいや。もう鷹志様には近づけない。風圧と磁気で、周辺3キロは飛べないらしい」

「どこで何してるか、把握はしてるの?」


「人工衛星からの画像でね。見るか?」

矢沢は、自分のスマホを見せる。

青司のスマホはとっくに死んでいるのに、コイツラのは、使えてるんだと

感心する。


「拾える電波は少ない。通話できる範囲も狭い。でも……情報通信システムは完全に崩壊したわけじゃないんだ。鷹志様の磁気で乱れは大きいがね。

機能していないのはスタッフが消えたからだ。<無人>基地は仕事を続けている」


「雲の中に、黒く、見えるだろ……」

 拡大した画面では、両翼の形がわかる。


「デカいな。……それで、タナトスは何してるんだ?」

「ひたすら破壊行為」

「へっ? 黒い神サマが破壊行為かよ」



「鷹志様は世界中の主要な都市と軍事施設を破壊しているの」

 礼子が戻ってきて、話に加わる。


「……なに、これ?」

 青司は目の前に置かれた見たことのないドリンクに気がそれる。

 赤い液体の底にゼラチン状の粒が溜まっている。

 ラボで見た「赤いゼリー」を思い出した。


「ナタデココいりのイチゴソーダよ。怪しげなモノじゃないから安心して」

 礼子は青司が何を訝ったのか分かっている。

「どうせ飛んでくるなら、例のゼリーを運んできて欲しかったわ」

 と言う。


「そうか、アンタは学園で何が起きてるか知ってるんだ」

「通信手段はあるのよ。<軍>の秘密だけど」

「成程ね。じゃあ破壊神タナトスとも連絡取り合ってるんだ」

「いいえ。無理なの」

礼子は、大きなため息をついて、

赤い液体を、半分飲む。

本当に喉が渇いていたらしい。


「我々の予想を超えて巨大化したの。当初用意した此処の巣はサイズに合わない。……鷹志様を追尾していたミュータントたちも、今では近付くことさえできないし」

「想定外に巨大化してからの破壊行為も、想定外なんだな」


青司の脳裏に、また鷹志の大きな目が浮かんでくる

 ……セイジ、もう少しだ。

 ……お前は、俺を終わらせる。

 ……お前が、リセットするんだ


声が聞こえる。

幻聴のように、

聞き取る時間を省いて

一塊で頭に入ってきた。










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