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Winged<翼ある者>  作者: 仙堂ルリコ
46/50

長野1

長野に着いた。


青司の眼下に

銀色の大きなドームの屋根。

碧い翼がちらほら。

ミュータントらしい。


距離が縮まると、一人のミュータントが

近づいてきた。

そして、いきなり頭を蹴った。

青司は学園長の身体を抱えている。

空中戦は不利だ。

急降下する。

ところがなおも、攻撃される。

顔面を狙って蹴ってくる。

条件反射で青司は片方の翼で払った。


……すると、どうだ、

攻撃していたミュータントは

胴体が、二つに裂けた。

何が起こったのか分からなかったのか、

一瞬、

首を傾げ、

切り離された腹から

飛び散る自分の内蔵を見ていた。

やがて翼は動きを止め、地上に落下した。


「ひい、」

学園長が悲鳴を上げる。


「なんで? 切れ味、凄いじゃん」

青司は

自分の羽根を見る。


いつからか、徐々に硬くなってるのは分かっていた。

羽根だけで無く、

皮膚も硬い。

だが、自身の感覚では若干硬い感じだけで

何の不便も不快感もない。


「そういえば、学園長室の窓ガラス割るのも簡単だったな」

と、

やっと、自分の身体の変化を認めた。


地上に降りる。

足下は芝生。

十メートル先に、

真二つになった名前も知らないミュータントの死骸が落ちている。


ドームの上にミュータント達が居る。

仲間の死に驚き、そこらを意味なく飛び回っている。

……でも、

降りて来ない。

巨大なドームの左側には、見覚えの或る建物が並んでいる。

青司が育った施設が、そのビルのどれかに

違い無かった。


「おーい、矢沢か、山田礼子を呼んでこい。このオッサンはカストロ学園の学園長だ」

青司はミュータント達に叫んだ。

何度も、何度も叫んだ。


窓の無い、イカツイ車がドームの向こうから姿を現したのは

およそ二十分も経ってからだ。


<××式砲側弾薬車>は

かなりのスピードで現れた。

ひき殺すつもりかと身構えるほど、

接近して急停車。


山田礼子、矢沢建一、矢沢浩一、

見知ったカストロ学園関係者三人が

重装備の戦闘車から降りてきた。


三人もイカツイ車に劣らず重装備だ。

香川幸と同じように黒い戦闘服。

銃も装備している。


苦しげな息づかいで

リカルド・カストロは<部下>の居る方へ這っていく。


山田礼子は、学園長の存在に目もくれない。

左手を腰の銃に置いて、

青司をまっすぐに見る。

涼しげな切れ長の瞳が徐々に大きくなる。


矢沢兄弟は、胴体で切断されたミュータントに駆け寄り

ぐしゃぐしゃした切り口を眺めて何やら小声で話し出した。


「奥地青司、君が来た目的は何?」

礼子が側に来て聞く。

左手は銃に、

金属の義手の右手は青司の頬を撫でる。

返事しだいで左目は潰されるそうだ。

相変わらず、おっかない。


「……偵察ですよ」

青司は指一つ動かさないで答えた。

余計な動きをすれば

望みもしない格闘になりそうなのを警戒した。


一人でサイボーグの山田礼子と

矢沢兄弟、三人相手はキツイ。

手加減の余裕無く殺してしまいそうだ。

青司は、

この三人の死を望んでいなかった。


「学園長を連れてきたのは……盾かしら? この人と一緒なら攻撃されないと考えたのかな?」

「当たり」

「では自分が攻撃対象になっている可能性は、考えたのね」

「当然だろ? 世界はカオス状態だ。人殺しに規制はない」

「確かにそうだけど。此処はまだ無法地帯じゃないのよ。だから、私は君に危害を加えないと約束できる」

指が、青司の頬から逸れた。

先に無防備になったのは、

言葉とは裏腹に、青司に<危害を加えないで>と

頼んでいるのだ。


礼子は、

青司の<変化>に驚いていた。

羽根が硬化している。

背中の翼は研ぎ澄まされた刃と化している。


「了解。じゃあ俺も平和にしてる」

青司は微笑んだ。

礼子も緊張を緩めて微笑んだ。

鋭い目つきで

二人とも口の端だけに

笑みを浮かべている。


「ところで、君。翼が光ってるね。青い羽根に金色のが、混じってる、ようだね。……その変化は君だけ? タワーの寮生も皆同じように変化しているのかな?」


さほど重要事項ではない風を装って、聞く。


「へえー、金色なんだ」

青司は

初めて気がついたように自分の翼を見る。

変化には気付いていた。

でも、

あえて確かめなかった。

羽根の硬化が

自分にとって

良い兆候ではないと何となく分かっている。


「……俺だけだよ。翼の変化を自覚した頃……幻聴みたいな、タナトスの言葉が聞こえてきた。……それも、俺だけなんだろうな」

山田礼子が黙って優しい目で見るので、

つい、

誰にも喋っていない気がかりな体験も言ってしまう。


「『セイジ、……そん時は、お前、頼むな』と、鷹志様の声が聞こえたのね」

礼子は

青司の言葉を

矢沢兄弟に聞こえるように復唱した。

矢沢浩一は学園長を背負っていた。

兄の矢沢建一は

ドームの上を飛び交い地上の様子を伺っているミュータント達に

何やら身振り手振りで合図を送っていた。


「君に地下のシェルターを見せるわ。……国の中枢部が全て、この下に居る。尤も今や何の機能もしていない。かつて霞ヶ関のトップに居た連中の生き残りが、ただ居るというだけ」

礼子は、続きは移動しながら、と

青司に<××式砲側弾薬車>に

一緒に乗るよう促した。


地下の巨大シェルターは、17年前の超地震の時から建設を始めた。

再びの超地震に備えて

国家の重要人物の為に極秘で造った。

<聖カストロ学園>のある、瀬戸内海に浮かぶ人工島と、同時期のプランニングだ。

独立した電気の配給

およそ三千人が五年生活できる空間と設備、保存食が有ると言う。


「つまり、超地震でビビッた権力者達が、この先どんな自然災害があっても自分たちだけは生き延びる、その為の施設なんだ」

「そういう事。でもね、例の突然死に貧富の差は無かった。総理大臣はじめ政府の首相人物は半分以上、死んだ。……今こうして話してる間にも誰かが死んでる。そんな状況。生きている者も怯えてる」


「じゃあ、なんで天皇陛下は生きている、ってビラを撒いてんの?」

青司は、瀬戸内海の島から

此処長野に来る途中で

名古屋で見た行列の話をする。


「それはね、地下のシェルターで特別な人たちの、身の回りの世話をする人が必要だから」

「使用人?」

「まあ、そうね。……実際見れば分かるわ。彼らは、この世に産まれてから、生きる為に基本的な身の回りの事を、誰かに委ねていたの。三度の食事、清潔な衣類、風呂やトイレの掃除、自分でした経験は無い。……当初は確保していたスタッフも大半が死んでしまった。残ってる人達は職場放棄。当然でしょ? 労働力の報酬として得る<円>に、もう価値はないのだから」

「つまり、<召使い>を補充するために、嘘っぱちのビラを、ドームにいたミュータントに撒かせたんだ」

「嘘、でも無いの。天皇は健在。それは真実」

「……生きてるの? 儀式でタナトスが喰ったのに?」


 礼子はため息と共に、首を横に振る。


「あれはダミーよ。整形した若い自衛官。特殊任務って事。鷹志様は彼を口に含んで無事に、ここまで運んだ。……でも例の病で亡くなった」

「成る程。あの儀式は政府の考えた、他国に天皇とタナトスの存在を関連付けアピールするデモストレーションだったんだ。天皇のリスクを考え、ダミーにやらせたんだ」

「そういう事。姑息すぎて呆れるでしょ。政府が考えた事よ。天皇の意思では無かった」

テンノウ、と礼子が何度か声に出すのを聞いて

青司は、

<天皇>は死者では無いと感じた。


「ご存命よ。……正確には、天皇一族は、どなたも、亡くなってないのよ」

まるで……皆亡くなったと告げるように

悲しい知らせのように

低い声で

暗い目をして

礼子は言った。



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