長野へ
体育館の入り口には武装した二人の自衛官が立っていた。
一人は、青司を見て、腰の銃に手をやった。
しかし、里奈が近づき何か囁くと、警戒態勢を解いた。
一人は壁にもたれ掛かったように立ち静止している。
瞳は閉じ、呼吸している気配が無い。
既に死んでいるのかもしれない。
「あ、リナさん、来て下さったんですね」
ガラスの扉を開けると、
離れた場所から一人、小走りで……側に来た。
顔立ちが、翔太の妹に似ていた。
田坂祐子は娘達と同じ目で、突然現れたミュータントを
眩しそうに魅入っている。
微笑んで、里奈が話すのを待っている様子。
薄化粧で、セミロングの髪はさっぱり結っていた。
紺と白のギンガムチェックのエプロンは清潔そうに見えた。
例えば他急便の荷物を受け取る平和な家の主婦のように
翔太の母は<日常的>だった。
比べて、祐子の背後の風景は……おぞましい。
青司はまず、臭いに、たじろいた。
広い体育館の半分は死体置き場であった。
一部はシーツで覆われているが、大半は死臭を放つ状態で重ねて置かれていた。
里奈は、教頭をはじめ見覚えのある教師達が、すでに死者であると教える。
「平川君の両親も……映研の、七海の一家も、あの中にあるのよ」
生きてる者は二百人程はいた。
しかし、それも生気が無いか
……狂っていた。
ボンヤリと座ってるか横になっているか。
走り回るか奇声を上げるか、歌うか
男と女がセットで絡み合っていたりとか。
まさに地獄絵巻だった。
だが、祐子が、
「急ぎの用はないんですね」
と里奈に確認してから、向かった先は違っていた。
地獄を視界から遮断するように仕切られたエリア。
その中には、子供達が居た。
「里奈お姉ちゃんが、ミュータントのお兄ちゃんを連れてきてくれたよ」
祐子が笑顔で子供達に語りかけると、
歓声を上げて、青司に纏わり付く。
段ボールで囲んだブースの中には、本やらオモチャやらが沢山あった。
「減ってますね」
と、里奈が祐子に言う。
「ええ。……でも、この三日は誰も死んでません。あの病気もピークを過ぎたんじゃ無いでしょうか。……私は、そんな気が、してるんです。そう思いたいんです」
話ながらも、祐子は乳児にミルクを与えていた。
「なんで、死体を片付けないの?」
狭い空間で子供が閉じ込められているのが不思議で青司は聞いた。
悪臭を放つ死体が無ければ、元気な子供は体育館を走り回れるのにと。
「自衛隊員は、規則上、検死が終わってない遺体に触れないと言うのよ。同じ理由で自分たちの仲間の遺体も校庭に放置したまま」
「成る程。……取りあえず、俺たちが片付けたらいいんだな」
ミュータントが死体を海に捨ててくれたらいいと、里奈は考えていた。
体育館に誘った目的はコレだった。
分かっても青司に不快感は無い。
里奈は人間に対して優しい心を持っているのだと再確認する。
死に囲まれた子供は、可哀想な存在だと認識した。
「セイジ、ラボのスタッフが食べていた赤いゼリー。あれを生き残っている人たちに食べさせてはどうかしら? 子供達にも。効果があるんでしょ?」
「いや、それは止めた方がいい」
「なぜ?」
「副作用がある。麻薬のように人間の精神に作用するようだと、聞いてる」
香川幸の言葉を伝える。
「そうなの。……それで、ラボのスタッフの様子が変だったのね」
里奈はがっかりしたようだ。
「なあリナ、首輪も外れた事だし、俺は長野の様子を見てくる」
長野にチョーカー作動装置が設備されている可能性がある。
今まで近付かなかったのは、それを用心しての事だ。
「鷹志の元に集まったミュータント達と合流するつもり?」
それは無いと分かっていて里奈は聞く。
「長野に移る気は無い。俺たちの巣はタワーだ、そんで、今から、この島を縄張りにする」
青司は足早に体育館を出ると。ふわりと身体を浮かせた。
「長野に学園長も連れて行く。無能な学園のボスは居らないだろ?」
青司は垂直に飛び、本館最上階の学園長室の前で静止した。
そして、窓から部屋に突入した。
割れた窓ガラスが、校庭にキラキラ光を放ちながら落ちてきた。
その次に里奈は
青司が学園長リカルド・カストロを抱えて飛びたつのを見た。
瞬きする間の
本当に一瞬のコトだった。
校庭では、(ロボット化して持ち場に立ってるいるだけの)自衛隊員が、
(自分の意思で)一カ所に集まり顔を寄せている。
「今の、見たか?」
「あの階は最強の防弾ガラスなんだ」
「あのミュータントは……簡単に突破した」
彼らと同じように里奈も、今見た光景が信じられない。
あのガラスを生身の人間が突き破るなど、物理的に不可能だ。
それが何故?
……考えられる理由は多くは無い。
青司の翼の強度が上がっている。
青司の翼は硬化している。
青司は……変化しているのか?




